第七十一層目 兄と妹
ところ変わって、体育館で行われている魔工学科の実技試験。
ここに集められた者はやはり受験生の傾向からか、あまり運動が得意という者は多くなく、『覚醒』を得ている者は目立った動きをしていた。
とは言っても、魔工学科の実技試験は別段そこまで重きを置かれていない。学園長の意向で『覚醒』の有無を確認する為のものだ。基本的に学力テストが主に採点される。
「では、受験番号322番。神園早織さん、握力測定からお願いします」
「はいッ!」
元気な返事をして、握力測定器を握り姿勢を正す早織。そんな妹の様子を心配そうに覗う兄の姿が、体育館の入り口にはあった。
(早織も頑張っているみたいだな。とりあえず今の所は問題もなさそうだ)
先の真治を使った早織誘拐未遂。なんとか事なきを得たが、もしも発見が遅れていればどうなっていたかわからなかった。現在では一応、源之助からも警戒の人員が割かれているが、もしも一輝の事を知っている者が犯行に及んでいるのであれば、その辺りの人ではどうにもならない可能性も高い。警戒するに越したことはない。
(しかし......やはりと言うかなんというか、身体測定はボロボロだな)
身体能力が向上している一輝は視力も高い。かなり離れている場所に居るのに、早織の手元にある握力測定器の数字が見えるのだ。その数値はずいぶんと低い。
しかし、それも仕方のないことだろう。早織はついこの間まで心臓の病気で伏せていた。特にこの五年程はベッドで過ごす時間の方が多いくらいだった。いまでも普通に生活していて息切れを起こす場面もある。低くて当然だ。
けれど、どんな数値であったとしても......いや、もはや受験の結果にかかわらず、一輝は今の状況それ自体がうれしくて仕方なかった。
あの体の弱かった早織が、こうやって身体測定を受けていること自体が、一輝にとっては感動ものなのだ。
(この点は間違いなく会長に感謝だな。よし、その感謝を返すためにも、働きますかね)
一輝は傍らに置いていた飼い葉ロールを担ぐ。その重量、300㎏。一輝にとっては屁でもない。むしろ、ルーゼブルの生徒にとってはちょっと重い程度のものだ。
無事Aコースの実践試験を終えた一輝は、悠々とCコースの実技試験会場に戻るのであった。
◇◇◇◇◇◇
「はい、手を止めてください。現時点より記入した人は問答無用で不合格となりますよ。それでは、解答用紙を集めます。神園くん、向こうからお願いします」
「わかりました」
一時間に及ぶCコースの実技試験が終わる。
いくつかある受験コースの中で、実は一番時間と集中力が必要なのはCコースだったりする。戦闘系の実技試験であるAやBは自分の番が終われば終わりであり、いわば泣いても笑っても五分で決着がつくのだ。
斥候系を対象としたDコースも十分の『かくれんぼ』が逃げる側と鬼側の二回で計二十分。そんな中でCコースは一時間の時間を要する。
これは、探索師育成においてそれだけ重要視している部分を見るからでもある。よく探索師の花形は戦闘職と勘違いされやすいが、実際はCコースで試験内容とされるモンスターや罠を見極める力というのはかなり重要だ。
ダンジョンにおける探索師の死亡要因の第一位はモンスターであり、第二位は罠によるものだ。ちなみに第三位は人だったりもするが、それは今は置いておく。
一位のモンスターについての内訳では、そのほとんどが油断によるものが多い。しかし、無視が出来ない比重であるのが『未確認モンスター』によるものだ。年々、未報告のモンスターが出現し、その度に探索師達は大きな怪我を負ったり、命を落としてしまう。
それを未然に防ぐため、各育成校では必ず『モンスター学』を履修させている。これは既存モンスターの習性や行動原理などを知ることで、初見のモンスターに対してもある程度対応が出来るよう訓練をしていく為だ。
一輝の様に相手の特徴が見える目を持っている者は本当に稀である。ましてや、その能力まで把握できる『解析』能力が如何にぶっ壊れていることか。
しかし、時たまそういう能力がなくとも、観察眼に長ける者は現れる。数年前、侵入者の存在を察知した受験生の様に。
(こ、これは......!!)
集まった解答用紙をザっと見返していたモンスター習性学の教師・畠平は、とある解答用紙にくぎ付けになる。
『ペープ・ピープは尾の付け根が弱点であり、握りしめる事で大人しくなる。
しかし、このモンスターはその傾向が見られなかった点。舌の裏に備わっている味覚器官が四つではなく六つだった点。そして、網膜内に若干の濁りが見られる為、寄生型モンスター・ネムロンの感染の可能性が高く、弱点部位の変異が考えられる。早期の対処が必要だ』
「神園くんッ! 先ほどのペープ・ピープはどうしました!?」
もしも本当にネムロンの感染があれば、大惨事が起こる可能性が高い。
ペープ・ピープは大人しい性格のモンスターだが、その体はとてつもなく巨大で、力も強い。もしも暴れだせば、等級でいう所のD級の上位に位置する。そして、ネムロンとは宿主の脳内に侵入すると特殊な物質で宿主を酩酊状態にし、暴れる様に仕向ける習性がある。
自身に力を持たないネムロンは、凶暴化した宿主が殺した生物を糧として成長するのだ。
そんな危険な生物が感染していることは考えられない。畠平は毎朝、飼育小屋でモンスターの一体一体を検査しているからだ。今朝のチェックでも、今回試験に使用したペープ・ピープは健康そのモノだった。
どこで感染したかは判らないが、いまはそんな事を言っている場合ではない。場合によっては殺処分もしなければいけない。
「あ、さっきの子でしたら、なんか体調悪そうだったのでルーナヨーク剤を飲ませておきましたよ。すっきりした顔をしていたので、大丈夫かと思いますが」
「そ、それは本当ですかッ!? 神園くんも、あの子の不調に気がついたのですか?」
「え、えぇ、まぁ」
実際は『解析』能力の賜物だが。それでも、なんとなく調子が悪そうだなと一輝も感じており、『解析』で見てみたのだ。
普段、学園に居る時は畠平の手伝いで世話をしていたモンスターであるし、いつもと違う事には気がついていた。その手伝いの目的が、『もしも殺処分されたら食べてしまおう』という恐ろしい事を考えているとは誰も気がついていないが。
ちなみに、ルーナヨーク剤は飼育モンスターにとっての薬であり、大概の病気はこれで治る。寄生型モンスター・ネムロンにとっても効果が高く、投薬後一時間以内に100%ネムロンが死滅することも確認されている。
「た、助かりました......先ほどのペープ・ピープにはネムロンがついていたようなんです。受験生の一人がその可能性を指摘する解答をしていましてね」
「それは凄いですね! もしかして、鑑定系の能力が?」
「いえ......恐らく違うと思います。鑑定系の能力がある人は隠そうとする傾向がありますから。この様な指摘をすれば目立つことは一目瞭然なので、もし鑑定系の能力があるのならもっと無難な解答をするでしょう」
「と言うことは、観察してその解答に至ったわけですね。それはなかなか素晴らしいですね!」
一輝は能力で補っているが、実際モンスターの知識を学び始めたのは学園に入ってからだ。それまでは潜るダンジョンのモンスターしか知らなかったし、そもそも頭の出来も凡庸だ。
やはり、ルーゼンブルを受ける者の実力は高いと感心するばかりだった。
「そうですね......でも、神園くんもいい観察眼が育ってくれているようで、私としても嬉しい限りです。それに対し、私は......」
「他に兆候も無かったですし、先生もお忙しかったのですから仕方ありませんよ」
ネムロンを見逃していた自分を責める畠平。慰めの言葉をかけつつ、一輝は先ほど自分が見た『解析』の内容に眉間にシワを寄せる。
ペープ・ピープに寄生していたネムロン。
その名前の後ろに、『模造傀儡』の文字があった。
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