第五十八層目 食べられない焼きガニ祭り


 弾虎の一撃で鳴き声を上げるグランド・シザース。しかし、それは決してダメージが大きいというものではなかった。むしろ堅牢な外骨格は弾虎の打撃を何千発与えても揺らがない。


「うおっ!? なんだいったい!」


 とりついたグランド・シザースの頭部。全長で2kmは越えるグランド・シザースは頭部の上だけでもちょっとした広さがある。

 そこに現れた、大型犬程のサイズの蟹型モンスター達。


「中から出てきたのか? だが、この程度でッ!」


 気合いを入れて大跳躍を見せる弾虎。振り上げた拳に力を込め、鋏を振りかざす蟹モンスターの甲羅を叩き伏せる。

 粉々に砕ける甲殻。青い血液と中身が飛び散り、弾虎の身体を汚していく。しかし、そんなものは気にしないと、弾虎は次々と湧いてくるモンスター達を粉砕していく。


「でりゃあ! おらぁ! 砕・け・散・れェ!!」


 殴られ、蹴られ、投げられ。蟹モンスターは弾虎に足一本触れられないまま命を落としていく。

 それから十分ほどか。ようやっと後続の蟹が出てこなくなったのを確認した弾虎は、蟹が湧いてきていた穴に向けて『月詠』構える。


「入るにしても、まずは年末の大掃除からだッ! 唸れ、『月詠』ッ!」


 トリガーワードによって砲撃形態へと変化する『月詠』。反応炉が甲高い音を発しながら高速稼働し始め、漏れ出す魔力の色が紫色に変化していく。


「行くぞ、フレイム・バーストッ! 焼き蟹祭りダァあああッッ!!」


 放たれる熱線。それは、以前ツイントゥースドラゴンを貫いたただの魔力のビームではなく、火魔術の属性を持つまさに『熱線』。

 弾虎として活動することとなった一輝は、すぐにボブへと依頼して追加して貰ったギミックだ。

 一輝が弾虎と言うことを知っているボブは、そのまま源之助との契約のもと、一輝をサポートする事になった。素材や資金は協会持ち、好きな様に改造をしても良いとなって、ボブは自重なくスーツや『天照』などの改造を施した。

 新しく搭載されたギミックの一つに、属性魔術をビームに変換する機構がある。これは元々、デバイスの核となっていたゴーレム・マジシャンの持っていた『魔力変換』能力を応用した技術だ。そのギミックの可能性は源之助も知ることになり、近々新技術として開発が進むとの事だ。

 ただし、この機構の弱点はその消費される魔力がかなり大きいという点。今後の課題のひとつである。


 『月詠』から放たれた熱線は内部へと続くグランド・シザースの穴を焼いていく。これには流石のグランド・シザースも驚いた様子で、鳴き声をあげながら爪を振り回し始めた。


「うわわっ!? やっべ」


 幸いにもグランド・シザースはまだ湾内にいたので街に被害は無いが、暴れたことによって高波が発生。湾内の港が次々と波に飲まれていく。

 そして、その余波を受けた海自の軍艦は流されたりお互いが衝突するなどの被害が出始めていた。さらには、その巨体から発せられた鳴き声は衝撃波となって戦闘機やヘリを襲い、こちらも少なくない被害が出た。

 その様子に一瞬戸惑う弾虎。だが、すぐさま通信が入ってくる。


『気にするな、弾虎ッ! やつの足を止めることが最優先だ!』

「クッ! わ、わかった!」


 ヘルメットに備え付けられた通信機から源之助の声が聞こえる。これも新たに付けられた機能であり、有事の際に源之助から様々な指令が飛んでくる。

 源之助本人はまるでヒーロー物の指令役の様だと、案外まんざらでないのは秘密であるが。


 『月詠』の熱線が収まり、穴は赤熱してポッカリと口を開く。はじめは蟹が通れるほどしかなかった穴の広さも、熱線のお陰で人がひとり余裕で通れそうだ。

 外がダメなら中からだ。弾虎は内部への侵入を試みる。


「これより、蟹の内部に突入するッ!」

『了解。無事を祈る』


 ひとつ深呼吸をしてから、穴に飛び込む弾虎。

 しばらくは何も出てこない光景が続いた。ただし、蟹の焼けるいい匂いが充満しているが。


(クソッ……食いたい……通信切って食っちまうか? いや、でも時間もないし……)


 所々に、熱線でいい感じにこんがりと甲羅が焼かれた蟹モンスターが転がっている。それらを横目に進んでいくと、また奥の方からゾロゾロと蟹型のモンスターが現れ始めた。

 しかも今度は先程と違い、海老の様なモンスターも加わっていた。


「何体来ようがッ……うわぁ!?」


 行く手を阻む蟹を殴ろうとした途端、物凄い勢いで水の刃が飛んでくる。内部の甲殻を切り裂くあたり、かなりの切れ味を誇るようだ。

 それを放っているのは蟹の後方に居る海老モンスター達であり、蟹を盾にして一斉に刃を飛ばす。


「まさかの水魔術かよ……だが、その程度で俺を崩せると思うなッ! 『天照』、コード・八咫之鏡やたのかがみッ!」


 背面から離脱した『天照』は、防御機構を展開しつつ弾虎の前方に陣取る。そして、いくつかの小さな『珠』を射出すると、それらを魔力で繋いでいった。すると、点は線に。線は面になり、赤く半透明の多面体シールドへと姿を変えた。

 海老モンスターの放った水の刃がシールドへとぶつかり、消滅していく。と同時に、シールドの中から『まったく同じ』水の刃が現れ、モンスターへと放たれる。

 魔術反射フィールド。『天照』に搭載された、ボブ考案の新たな防御機構だ。魔術を受け止めたり、打ち消すようなシールドは現在でも存在する。それだけであれば、開発も容易だ。

 しかし、弾虎の持つ膨大な魔力なら、まだ効果を付随して性能もあげられると、ボブは尋常ではない魔力消費量の機構を開発したのだ。弾虎以外が使おうとすれば、十秒も展開していられないだろう。


 これにより、まさしく『天照』と『月詠』は弾虎専用の兵器と化したのだ。


 反射された水の刃が蟹を斬り刻んでいく。

 水の魔術と聞くと、使用する蟹や海老に効くのかという疑問が生まれるだろうが、端的に言えば効く。

 勿論、水で溺れさせようとしてもエラがあるので死なないし、多少の抵抗もある。が、水で作った刃は物理的にその効果を発揮しているだけであり、鋭利であれば斬れるのだ。

 むしろ、ゲームの様に効かないだろう、良く効くだろうと勘違いして魔術を使い、命を落とす若者も少なくない。まさかのゲームによって本当に現実への弊害がでるとは、その昔に『ゲーム脳』だと、したり顔で語っていた者も思うまい。


 前衛の蟹達が総崩れになり、さらには自分達の魔術が通用しなかった事に動揺を隠せない海老モンスター達。


「無駄に賢すぎるってのも、時には考えもんだなぁ! セイッ!!」


 なまじ状況判断が出来てしまうが為に怯んでしまう。もしも思考を捨てて特攻を仕掛けていれば万が一……いや、弾虎を前にすれば、それすらも可能性として生まれはしない。

 この一ヶ月。隠れて各地のダンジョンに潜ってきた弾虎のステータスはさらに上昇していた。グランド・シザースを全力で殴った時に、弾虎の存在を気づかれたのもそのせいだ。

 小さな、極々小さなハエに止まれたところで気にするものはいない。ただ、それがもしも蜂であれば?

 グランド・シザースにとっての弾虎は、それほどの存在なのだ。残念ながら、自衛隊は鬱陶しく足止めをされる蚊柱のようなモノだが。


「片づいたか……いや、まだだな」


 通路の先にある開けた場所。

 そこで弾虎を待ち構えていたのは、ヤシガニのようなモンスターだった。ただし、サイズはフォークリフトほどの大きさがある。


「第2ラウンドって感じか……だが、急いでるんだ。推し通るゾッ!!」


 『天照』と『月詠』を背面に収納した弾虎は、推進機能を解放してモンスターへと突っ込む。

 先の被害で、自衛隊の足止めの手は緩んでしまっている。

 一秒でも早く、グランド・シザースの核へと到達せねばならない。


 弾虎は焦る気持ちを胸に、ヤシガニモンスターへと飛びかかった。

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