第五十七層目 大阪カニ騒動


 大阪都、大阪湾。

 大阪平野(現在は消失)と淡路島の間に位置する湾で、別名・和泉灘と呼ばれる場所だ。

 過去に関東に現れたグランド・シザースが大阪に向かって移動したことで、その道中に新たな道が出来てしまったのは小学校の教科書にも載っている。

 俗にいう東西大街道という道だ。現在は舗装がなされ、巨大高速道路として日本の流通を支えている。

 全長数kmにも及ぶ巨体が動くことはまさに災害そのものであり、移動にかかった二週間は周辺で地震が絶えなかった。おまけに歩いた場所が街だろうが山だろうが崩壊したものだから、その被害も尋常ではない。

 富士山が標高を100m近く下げたのも、自衛隊の攻撃に怯んだグランド・シザースが挟みを振り回し、その結果頂上を吹き飛ばしてしまった為だ。

 人的被害は少なかったが、被害額だけで言えばグランド・シザースの移動が日本における最大のモンスター被害だろう。


 そんなグランド・シザースは、大阪湾の中央部の海底で体を沈みこませ、活動を休止。不思議な事に、活動が休止するとグランド・シザースはひとつのダンジョンへと変化していった。

 そうして出来たのが『城塞蟹ダンジョン』であり、大阪に存在するダンジョンでは『梅田ダンジョン』に次いで人気の場所だ。

 海底にダンジョンの入り口があるので、その上に人工島を建造してエレベーターを設置している。入り口には日本ダンジョン協会の支部もあり、普段であれば多くの職員と探索師が詰めかけている。


 だが、年の瀬である12月31日。そこには一人の男以外、誰も居なかった。


『聞こえるか、弾虎』

「こちら弾虎。聞こえている」

『今回のミッションは、内部に潜ってグランド・シザースの活動を止める事だ。最悪、コアの破壊も視野に入れる』

「了解。ちなみに期待はしてないけど、増援は?」

『無い。お前についていける探索師連中はまだエジプトから帰ってこん。一応呼び戻すようエジプト政府に要請はしているが、彼らが戻ってくる間に被害が甚大になる。速やかにグランド・シザースの動きを止めてくれ。

 海と空から自衛隊が足止めをするが、恐らく以前と同じで本当に足止めにしかならんだろう』

「わかった。俺もその方が動きやすい」


 支部の窓から外を見る弾虎。

 すでに動き始めたグランド・シザースは繋いでいたエレベーターを破壊して、その姿を大阪湾に見せていた。

 見た目は巨大なタカアシガニ。ごつごつの貝殻を背負っているのでヤドカリにも見えるが、ちゃんと五対目の足も立派なので蟹だ。

 12月30日深夜、突如としてグランド・シザースは活動を再開。幸いにも動きは鈍かったので、内部にいた者も含めて避難は全員済んでいたのだが、動き始めた巨大な蟹の姿に大阪の人々は恐怖のどん底に叩き落とされた。

 あんなに巨大な生き物が、動けるのかと。


 世界には多くの巨大生物が存在する。ダンジョン現界前にも、海には鯨という世界最大の哺乳類がいたし、陸には象なんかもいた。

 ただ、巨大生物というものは内骨格を持つものが常識だ。海などの身体が軽くなる場合を除くが、地上では重力による自重で身体を支える事が難しいからだ。

 身体が大きいということはその分パーツごとの重さも上がる。しかし、そうなれば外骨格の生物は身体を支える為の骨格そのものを重く、太くしなければならない。そうなれば、更に自重が増すし、なにより内部に入れるべきものが入らない。つまり、重くなった殻を動かす事が出来ないのである。

 これまでの世界で巨大な外骨格生物が地上にいなかったのはそんな理由があった。

 しかし、魔力という不思議物質を手に入れた世界では事情が変わってくる。身体の構造に魔力を構成する魔粒子が組み込まれた結果、魔力の限りいくらでも強度をあげることが出来るようになったのだ。


 そうして生まれたのが甲殻類系モンスターであり、その頂点に立つのがグランド・シザースだ。


「でかいなぁ……あれの何処から侵入するんだ?」

『いま其方に空自の戦闘機が一基向かっている。それに乗せて貰い、空から奴の甲殻に取りつくんだ』

「まさかのスカイダイビングかよ……了解」


 活動を再開したグランド・シザースは既にダンジョンでは無くなったのか、『ダンジョン渡り』を使っても内部に跳ぶことが出来なかった。

 なので、今回は外部からの侵入となる。


 待つこと数分。キーンッという甲高い音が聞こえてきたので外を見てみると、広場に一基の戦闘機がエンジンを可変させて垂直に着陸するところだった。

 コックピットが開き、中からパイロットが顔を覗かせて手招きをする。


「後ろに乗ってくださいッ!!」

「わかったッ!」


 弾虎は地面を蹴ってジャンプをすると、翼を踏み台にしてそのまま空中を一回転してみせ、パイロットの後部座席に滑り込む。


「すみません、有事なので丁重な挨拶はなしですッ!」

「大丈夫だ。行ってくれ!」


 コックピットハッチが閉まり、再びバーニアが点火する。

 滑らかな垂直離陸をした戦闘機は一定の高さまで上昇すると、一気にエンジンの出力を上げる。


「行きますッ!!」


 轟ッ!という音と共に発進する戦闘機。

 物凄い速さと、そこから生まれるGが弾虎の身体を襲う。が、そこは流石の弾虎。一切苦しげな様子は見せず、外の様子を窺う。

 既に空自と海自による攻撃は開始されており、その中を戦闘機は掻い潜りながらグランド・シザースへと近づいていく。

 一歩間違えればフレンドリーファイアに曝されそうなものだが、パイロットの腕前と補助コンピュータによる制御のお陰で一発も当たることはない。


「凄い集中放火だな」

「あれでも足止めしかできません。新兵器の開発さえ間に合っていればと思いますが」

「例のモンスター特化の弾薬だったか」


 先日、日本政府から発表された特殊弾薬『DM-03』。アメリカとの共同開発によって生まれたその弾薬は、従来モンスターに効果の薄かった銃火器に革命を起こす物として、世界中で注目されているものだ。

 まだコストや効果の程度により実用段階ではないが、もしも完成されれば世界は一変すると言われている。『覚醒』を持たないものであっても、モンスターへの対抗力を持つからだ。


「これまでは我々はモンスターに対して無力でした。ですが、これからは俺たちだって力になれる。弾虎さんばかりに負担をかけませんよッ!」

「頼もしい限りだ。是非頼む」


 切にそう願う弾虎の中身である一輝。折角、妹とゆっくりと年末を過ごせると思った矢先に掛かってきたSOSの電話。

 要請があれば行かなければならないので、泣く泣く早織を残して出動するはめになった。ちなみに一人にはしておけないと恵と楓に任せている。偶然にも恵の家に楓が遊びに来ていたのだ。


「ポイント、到着しますッ!」

「俺が出たら全力で離脱してくれ!」

「了解ッ! ハッチ、開きますッッ!!!」


 コックピットハッチが解放され、凄まじい勢いで吹き荒れる風の中に弾虎が躍り出る。残された戦闘機は緊急用防御シールドが展開され、再びコックピットが風から守られる。

 離脱していく戦闘機を背に、弾虎は手足を広げてダイブしていく。


「うおぉおおぉおおおおッッ! こえぇええええぇ!!」


 集中放火はまだ続いており、ヒュンッヒュンッという音と共に銃弾の雨が顔面の横を通りすぎる。

 当たった所で従来の火器では弾虎にダメージはほとんど無いのだが、それでも人間である一輝にとっては銃弾は恐怖でしかない。

 だが、足止めを続けないと街が壊される。砲撃を緩めることが出来ないのだ。


「『天照』、『月詠』、ブースト・オンッ!!」


 空中で二基のデバイスを起動させる。

 推進装置として反応炉を稼働させ始めた『天照』と『月詠』から青い粒子の翼が広がる。


「狙うは……蟹の頭ぁ! 行くぞッ! ブゥウスト、ナッッコウッゥゥ!!」


 推進器による超加速からの全力の拳。

 艦砲射撃でも怯む位しかしなかったグランド・シザースが、初めてその鳴き声をあげた。

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