第五十一層目 『ルール』


 すべてのツイントゥースドラゴンを蹂躙した弾虎は、その死骸の山の上で一人佇む。

 破壊された天井から差し込む光が偶然にも弾虎を照らしており、血にまみれた凄惨な姿でありながらも、見る者に何処か美しさを感じさせた。


(月明かりにも似た光……いったいこれは何だろうな……)


 ダンジョンの中では太陽や月の光は基本的に届かない。一部、外界にそびえ立つ建築物型は別であるが。

 それでも、ダンジョンの中には昼と夜が存在する。

 昼間は明るく、夜はほの暗く。

 そのメカニズムは解明されておらず、ダンジョンの不思議のひとつだ。


「おーいッ!」


 一人で空を見上げていた弾虎のもとに、俊哉達が集まってくる。その中にはマサルやトムの姿もあり、見知った者が生き残っていた事に内心で安堵の息を吐く。


「ありがとう、ございました!」

『ありがとうございました!!』


 俊哉に続いて頭を下げる一同。弾虎……一輝としてはむず痒いことこの上ないのだが、いまは正体を知られる訳にもいかないと、毅然とした態度で振る舞う。


「すまない、助けに来るのが遅れてしまって……だが、私が来たからにはもう大丈夫だッ! 皆は動けるのであれば、回復を優先しつつ、上の階層へと戻って貰いたい」

「で、ですが、俺たちはこのままダンジョンコアを破壊し、ダンジョンを閉じようと思っています」


 マスク越しに俊哉の眼を見つめる弾虎。その瞳に宿る『覚悟』を感じとり、首を横に振る。


「ダメだ。特に君は、な。死ぬつもりだろう?」

「ッ!?」

「ダンジョンコアを破壊した時、ダンジョンは死を迎えてその口を閉じると言われている。階層の浅いダンジョンであれば少し急げば間に合うが、三十五の階層で構成される此処は脱出が難しい。しかも、怪我をしているのであれば尚更だ」


 ダンジョンを閉鎖出来ない理由。それは、資源的な理由も大きいが、なによりもその危険性が高い事があげられる。

 コアが破壊された瞬間より新たにモンスターや罠が発生しなくはなるのだが、既に生まれたモンスターは健在であり、脱出時に遭遇して逃げられなくなる事も過去にあったのだ。

 ダンジョン閉鎖に伴う探索師の死は、長年の課題として存在していた。そもそも、いくら資源があるからといって、世界中に点在するダンジョンの数を放置するのは、今回の『獣達の大行進オーバー・ラン』の様に外界への被害の可能性から見ても避けたい。

 しかし、それが出来ない理由。ダンジョンの最奥に辿り着くことの出来る有能な探索師を失いたくはないのだ。


「君たちは態勢が整い次第、上層で戦っている人たちの支援に向かって欲しい。オルグと救助隊が交戦している」

「あのオルグ達と……? でも、それなら尚更コアを……」

「コアは私に任せろ。直ぐに破壊してくる。君も見ただろう? 私の素早さを」

「だ、だが……」

「リーダー。この方に任せましょ?」


 なおも食い下がる俊哉の肩を、マサルは優しくも力強く叩く。


「あたし達にはあたしたちの出来る戦いがあるはずよ。なんとか命は拾ったけれど、まだ死地は越えていない。そうでしょ?」

「……そうだったな。わかった。俺たちは直ぐに上に戻る。だが約束してくれ。必ず、戻ると」

「当たり前だ。私が約束を違えた事があったか?」

「……え?」


 マスクの中でニヤリと笑う一輝。

 背面の『天照』と『月詠』を推進機として起動させ、そのままダンジョンの最奥へと向かって疾走する。

 まさに一迅の風。暴風を伴って去った『黒い虎』の背中を見つめながら、俊哉は気持ちを切り替えて声を張り上げる。


「これより二十分の小休止に入る! 戦闘が続けられそうな者は準備を。怪我をした者はヒーラーに治して貰えッ! 物資は惜しまずいこう。ここが天王山だ!」

『応ッ!!』


 再び炎が灯る一同。

 それに呼応するように、俊哉の『指揮官』の能力が発動するのであった。



 ◇◇◇◇◇◇



「なんだよッ! 弾虎って!!!」


 格好をつけ、颯爽と立ち去った一輝は、三十五階層へと続く階段の前で一人悶絶する。

 咄嗟とはいえ、あまりにも苦しすぎる。いや、誤魔化すという点では、見事なまでに『一輝』という人物を隠してはいたのだが。


「この歳でヒーローとか……ないわぁ……」


 頭を抱える一輝。だが、その実で少しだけ、ほんの少しだけまんざらでもない自分もいた。

 昔、テレビで見た変身ヒーロー。弱気を助け、悪を討つその姿に、胸が高鳴っていた。あの時の熱い気持ちが、不思議と蘇ってきたのだ。


「……とりあえず、今は置いとこう。まずは、ダンジョンだ」


 階段を降りていく一輝の頬を汗が伝う。念のためマスクはそのまま着けているが、正直暑いし外したい。


「最下層、か……昔の俺なら、そんなの夢のまた夢だったんだけどな」


 階段を降りきった先にそびえる巨大な『門』。天井まで延びるその高さは、ちょっとした雑居ビルほどにもある。

 一輝は何度か門の前で深呼吸をし、ゆっくりと門を押し広げていく。

 鈍い音と砂煙を伴いながら開く門。その先には市民ホール程の広さの部屋があり、中央部には祭壇らしき物。そして……。


「久しいな、カズキ。待っていたのであーる」


 浅黒い肌の紳士、暴食の悪魔・ベルゼブブが待ち構えていた。


「な、んで……? まさか、ダンジョンキーパーは……ッ!!」


 ダンジョンキーパー。ダンジョンの最奥でコアと共に侵入者を待ち構え、最後の砦として立ちはだかる。


「Non,Non,Non! 私がそんな面倒な事はしないのであーる!! 私は御相伴を預かりにきたのであーーーるッ!」

「……は? 御相伴? どういうこと?」

「カズキ……今日はモンスターを食べていないせいか、勘が鈍っているのであーるな?」

「なんでそんな事がわかるんです!?」

「そんなもの、『暴食の権能』の主であーる私が気づかぬわけあるまい。まったく、泣いておるぞ? 可愛い『権能我が子』が」

「あー、それは申し訳ありません。それで、御相伴というのは?」

「喰うぞ。コアを」


 まるで持ってきた土産物でも開けようかレベルで、あっさりと言い放つベルゼブブ。

 だがその内容は、大体の事を常識の外に置いてきた一輝でさえも目が点になるものだった。


「何を面白い顔をしているのであるか。というか、急ぐのであーる」

「急ぐ……あ、そ、そうですね。早くダンジョンを閉じないと皆が」

「違うのであーる。カズキにとってはあまり意識をしなくとも満たす条件だから忘れているのであろうが、最後に食料を食べたのはいつであるか?」

「え……? それは……」


 大阪に向かう朝。寝坊をしてしまった一輝は朝食を抜いていた。

 昼食は前回で和葉が教えてくれたように、大通りでとらないようにして、ボブのガレージに行ってから恵と食べるつもりだった。

 だが、そのままダンジョンに潜らなければいけなくなったので、結局ほぼ丸一日なにも食べていなかったのだ。


 そこで一輝は思い出す。


 『暴食の権能』の、ルールを。


「必ず一日一度は、何かを食べないといけない……」

「……本来であれば、この様な事をするのは『悪魔』として規律に反することなのである。しかーしッ! 自分が食べたいと望んで来たのであれば、問題ないのであーる!! さぁ、コアを一緒に食そうではないかッ!!」

「よ、よくわかりませんが、助かりました……すみません、今後は気をつけます」


 頭を下げる一輝に、ベルゼブブは気にするなと手を振って返す。


(それにしても、コアか……どうやって食べるんだ?)


 とりあえずベルゼブブから貰った包丁を取りだし、コアを前に考え込む一輝。

 その傍らで口髭を指で弾きながら、ベルゼブブはご機嫌そうに鼻唄を歌うのであった。

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