第四十五層目 団結


 オルグの進行を防ぎつつ、迅速な撤退を進めていく俊哉達。

 幸いにもいまだ死者が二名なのは幸運としか言いようがなかった。

 その一番の貢献は、やはり鬼神の如くオルグを打倒したドン・勝本だろう。だが、流石の勝本をしても、大量のオルグによる激戦は心身共に疲弊を強いられた。


「はぁ、はぁ……やはり、階段まではこれないみたいだな」

「あぁ。安全地帯の役割だけは健在で良かった。だが、このままではじり貧だ。もう三十三階層に上ることは難しいだろうし、このまま下に行くしかないだろうな」


 撤退とは言ったものの、実際は逃げられる方向へと全員で移動しただけである。その結果、もと来た道である三十二階層とは逆の方向、三十四階層へと続く階段へとたどり着いてしまったのだ。

 このまま救援を待つにしても、先ほどのオルグの山を突き進んで来るしか救助の道はない。そして、いくらオルグ単体は一級探索師でも相手にできるとはいえ、あの量をさばける者は世界広しといえど少ない。

 なので、救助を待つのもまた困難な選択肢に思えた。


「…………皆さん、そのまま休憩をしつつ聞いてください」


 臨時クランのリーダーを務める俊哉が口を開く。

 本来であれば、この臨時クランで一番階級が高く、実力もある勝本がリーダーを務めるのが正しい。だが、当の勝本は前線で戦いたいという希望があり、それに加えて俊哉の持つ『覚醒』の能力、『指揮官』がこの人選の決め手となった。

 『指揮官』は、その能力を持つ者の命令に従うことで、能力の保持者と従者の両方に身体的向上効果バフがかかる。それは例えば口だけ命令に従えば良いと言う訳でなく、どの様な原理かは不明ではあるが、お互いが能力について納得、了承をしていないと効果は発揮されない。

 なので、この場において俊哉の命令に従う必要がある。とは言え、指揮官という者は別に絶対的な権力者ではない。他者に意見を聞き、協議の結果で舵取りを決めても良いのだ。

 ただし、舵取りの指針は指揮官が示さなければいけないという『ルール』が存在する。故に、俊哉は緊張をしつつも自分よりも目上の者に対しても、臆面もなく提案を投げるしかない。


「このまま帰還を目指しても、物資や戦力面において徐々に困窮していくのは目に見えています。救助の可能性に賭けるのも手ではありますが、自分が持っている情報では現在日本には特級探索師は不在にしているはずです」

「それはうちも聞いてるよ。瑞郭の爺さん、なんでもエジプトに行かなきゃいけないって言ってたしな」


 勝本は『原初の刃』・法皇寺 瑞郭の飲み仲間であった。今回の探索前日に飲んだ席でその話を聞いていたので、その情報の正確さは一同も納得がいく。


「そんな状況で、あのオルグの群を突破し、帰還することは不可能かと思われます。なので、提案なのですが……このまま最下層へ赴き、ダンジョンを閉じませんか?」


 俊哉の提案に対し、驚きの声は起こらなかった。

 皆、これでも日本の中ではそれなりに探索師として活動してきた者達だ。ある程度の状況判断と考察くらいは出来る。

 退くことが出来ないなら、押すしかない。例え協会からの処罰があったとしても、生きる道は先にしかないと思っていたのだ。


「まぁ、しゃあないわね。命あっての物種ってね」

「そうだな……俺たちはリーダーの判断に従うさ。つっても、この状況なら従わざるを得ないがな」


 自嘲気味にそう言ったのは、もうひとつのB級パーティー『地獄の壁』のリーダー、スイブンである。

 『地獄の壁』は専門職パーティーである。その名にもあるように彼らは壁……つまり、ブロッカー専門の探索師で構成されている。

 専門職パーティーはかなりの需要がある。ダンジョンから得られる『覚醒』はその希少さもあるが、なによりランダム性が強すぎて、望んだ能力が得られることがほとんどない。

 なので、お互いを補うようにパーティーやクランを組むのだが、中には親しい者同士で一斉に『覚醒』を得られたものの、その能力が似たような構成になってしまうことが稀にある。

 そこで、そういった者達は弱点を補うのではなく、長所を最大限に発揮できるよう鍛練を積み、専門職を生業として他の探索師パーティーやクランに雇われながら探索を行う。言わば、傭兵の様な立ち位置である。


 B級の専門職集団である『地獄の壁』はまさに金城だった。

 迫り来るモンスター達から一同を守り抜き、今回の依頼者である『思考する筋肉』の被害を最小に止めた。

 ただ、その犠牲は小さくはなかった。古参のメンバー二人が命を落としてしいまったのだ。

 だが、それでもスイブンは嘆くことはなかった。誰かの命を守りたくて始めた『壁』役。その望みの果てに散って逝ったメンバーを誇りに思う。

 しかし、それはそれ、これはこれ。

 メンバーが減り、しかも専門職の自分達だけでは帰還どころか、生存していくことすら困難である。その現実は、この中では最年長であるスイブンの気持ちに影を差すには十分過ぎた。


「そういわないでくれ、スイブンの旦那。あんたたちのお陰でうちの馬鹿どもは生き残ってる。あんたたちがオレ達の最後の砦だ。最後まで一緒に行こうじゃないか」

「ドン……ありがとう」

「では、このまま最下層を目指していく方針でいきます。休憩は一時間。その後フォーメーションの確認などをとって、三十四階層に行きます。皆、出来るだけ身体を休めるように」

「「「応ッ!!」」」


 俊哉の号令により、各々休憩をとり始める。

 食事を摂る者。

 武具のメンテナンスをする者。

 生き残るための語らいをする者。


 そして、最愛の人の無事に安堵の息をつく者。


「俊哉……」

桔梗ききょう……すまなかった。こんな事になってしまって」


 水分補給をする俊哉の隣に座るショートボブの女性、古泉こいずみ 桔梗ききょう。彼女は俊哉の恋人である。

 普段は別のクランに所属しており、今回は用事で抜けた恵の穴埋めに助っ人で参加していた。


「ううん、いいの。もしもここに居たのが私じゃなく恵ちゃんだったらって思うと、これでよかったのかなって」

「なんだ? 俺はいいのか?」

「そんなこと言ってないわよ。でも……」


 言葉を切って俯く桔梗。その横顔に見える長い睫毛が静かに閉じる。


「私ね、ずーっと妹が欲しかったの。ほら、私って兄しかいないじゃない? だからかなー……恵ちゃんが本当の妹になってくれたらなって思ってたのよね」

「桔梗……」

「恵ちゃんったら良い子だからさ、私の事もちゃんと『桔梗さん』って呼ぶじゃない? 一回でいいから、お姉ちゃんって呼んで欲しかったな……」


 パッと顔をあげてはにかむ桔梗。しかし、その表情は無理に作っているものだということは、誰の目から見ても明らかだった。


「呼んでくれるさ。だって、君は本当に恵の姉になるんだから」

「……え?」

「結婚しよう、桔梗。本当は旧墨田区を攻略したら伝えるつもりだったんだけどな。このダンジョンから帰ったら……ぶべぇ!?」

「ちょっとッ! リーダーッ!! こんな時に縁起でもない事を言わないでちょうだい!!」


 突然、俊哉の顔に飛んできた尻。

 『シルバーファング』のサブリーダーであるマサルがジャンピングヒップアタックからの華麗な着地を決め、倒れた俊哉の前に仁王立つ。


「そうだぜ、リーダー。それにキキョウが可哀想だ。こんな雰囲気も糞もない所でプロポーズされるなんてよう」


 マサルの隣で頭を押さえるのは同じく『シルバーファング』のメンバー、アメリカ人のハーフであるトムだ。騒ぎを聞きつけて、他のメンバーもゾロゾロと集まり始めた。


「まったく、これだから男は……もう少し女の気持ちを考えろ」

「おや? ドンは解るのかい? 女の気持ち……ヒィッ!?」

「おっと、こんなところにゴルフボールが二つもあるじゃないか。ちょっとドライバー練習をさせておくれよ」


 ドン・勝本をからかった男の股間すれすれを、オルグから奪い取ったこん棒が物凄い速さで通過していく。

 その光景に皆、ふっと緊張がほどけた笑いを浮かべる。


「私事ですまんが、俺は生きて帰らなければいけなくなった。だが……それは皆も一緒だ。皆にも帰りを待つ者がいるだろう。共に、帰るぞッ!」


 ニヤリと笑う俊哉の言葉に、皆力強く頷く。

 こうして団結が深まった一同は、最下層を目指して階段を降りていく。


 その先に待つ、忌まわしき存在に気づかずに。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る