第三十四層目 落とし処
眉間を撃ち抜かれ、力なく水面に沈むツイントゥースドラゴン。
跳ねる水しぶきもそのままに、一輝はじっとその死骸を見つめていた。
(いつの間にか、『
モンスターの中には、生涯で一度きり使う事の出来る能力を持つ種がいる。一輝はそのモンスターの能力も是非狙いたいと思っているのだが、如何せんそのモンスターが生息するダンジョンは海外の為、まだ実現できそうにない。
(それにしても……この魔導倶の威力は凄いな)
既に殲滅形態が解除され、通常の拳銃の姿に戻ったグラハムの魔導倶。消費される魔力的に一輝が運用するのは難しいが、それでも欲しいと思ってしまうのも無理はない。
そんな一輝の心中を察してかそうでないかはわからないが、グラハムが声をかけてきた。
「カズキ。直ぐにそいつを離せ」
つい先程まで上半身のみだったグラハムが、どういうわけか一輝の背後に自分の足で立っていた。
「勿論ですよ。ありがとうございました。お陰で倒すことができました」
例を言いながら銃を差し出す一輝。グラハムはそれを奪うように受けとると、そのまま背を向けて立ち去ろうとする。
が、それを瑞郭が止めた。
「まぁちと待ちなさい、グラハム。一輝の今後の事もある」
「……チッ」
「ほっほっ。さて、一輝よ。お主には命を救われたぞい。感謝の言葉を受け取ってくれんかのう?」
「い、いえ……! こちらこそ、生意気に指示なんて出してしまい、すみません」
「それこそ気にするでない。使えるものは敵であっても使え。それがダンジョンで生き抜く秘訣じゃて…………それにしても、お主は面白い能力を持っておるのう」
瑞郭は表情こそ笑っているものの、瞳の奥では一輝を見極めんとして鋭い視線を向けていた。
それはグラハムも同じで、いつでも二丁の魔導倶を抜けるよう姿勢を僅かばかり屈めている。
「はい。これは俺がダンジョンから……秘宝から得たものです」
「秘宝……ッ!」
ダンジョンから出土する宝物の中には、とてつもない力を持った物が極々稀に存在する。
そのどれもが強大な力を有するものであり、グラハムの持つ魔導倶の基となったものもその一つだ。
「少し前に俺はダンジョンの未踏の地に迷いこみました。その際、命からがらに逃げた先で、この能力を授けてくれた宝珠に出会ったのです」
ジェイに能力を説明する際、さすがにベルゼブブの事まで話すわけにはいかないと、一輝はそれらしい理由を考えた。その結果、ありえないけれども無くはないレベルの理由として、この秘宝による能力の獲得を選んだのだ。
「しかし、モンスターを食べるなんていう行為は社会的に言えば犯罪です。なので、出来るだけ隠すことにしていました」
「なるほどのう……この事を知っておるのは?」
「学園の担任のジェイ先生だけです」
「そうか……うむ、わかった。ジェイにはワシからも話しておくとしよう。一輝はそのまま、その力の事は他人には話してはならん。いいかのう?」
「わかりました……」
「なぁに、浮かない顔をするでない。お主の力はいずれ皆に知られ、讃えられる力じゃ。しかし、いまはその時ではない。わかっておるのう?」
ちらりと視線を向ける瑞郭。
その先にいた正宗は、神妙な面持ちで頷く。
「わかっております、瑞郭様。俺にとって一輝くんは友人でもあり、息子の様に思っていますから。一輝くんも。俺は口が裂けようと話すことはない。信じてほしい」
「正宗……はいッ!」
「ハッ! 俺はしゃべっちまうかもしれないぜ?」
一輝の事を鼻で笑いながら、グラハムが眉間にシワを寄せる。
だが、そんな瑞郭を見つめながら一輝は笑う。
「グラハムさん、貴方はきっと喋らない」
「……なんでだ」
「それは貴方自身が気づいてるでしょう?」
一輝がやって見せた殲滅形態の同時起動。
その姿を見たグラハムは、悔しさの中にも羨望の眼差しを湛えていた。一輝としてもそれがわかっていたので、今後グラハムが協力的になってくれるのではという算段があったのだ。
殲滅形態の同時起動を可能とする方法の確立。グラハムがもっとも欲することであるから。
「知った風な口で俺を語るなッ!! …………もういいだろ。俺は先に帰る」
今度は瑞郭も止めることはなかった。
一陣の風となったグラハムが消え去ったあと、残された一輝はツイントゥースドラゴンの死骸へと歩み寄る。
「瑞郭さん……あの、お願いがあるんですが」
「ふーむ……ワシは構わんが、お主はどうじゃ?」
「俺としましても、木戸さんの仇がとれた。それで十分です」
「だそうだ。じゃが、ある程度残しておかんとのう……恐らくもうすぐ他の者が駆けつけるじゃろうて。その時にまったく死体がないのも変な話になる」
「あ、それなら半分ほどで大丈夫です」
◇◇◇◇◇◇
「はぁ、はぁ……皆ッ! 居るかッ!?」
「魔術師組が遅れてるが、直ぐに追いつくだろう!」
「先に突入しよう!!」
「いや、小休憩だ。焦っていては勝てるものも勝てなくなるぞ。皆、十分間の休憩とするッ! 各自装備やフォーメーションのチェックを怠るな!」
旧世田谷区サブ・ダンジョン、三階層。四階層に続く階段でフォーメーションの確認をしつつ、ジェイ達は緊張の面持ちで唾を飲み込む。
瑞郭とグラハムが先行突入をしてしまったので、探索師たちの取りまとめはジェイが担っていた。
逃げてきた探索師たちの話では、一輝が何故か駆けつけて逃がしてくれたと言う。
先に潜った瑞郭とグラハムは通信機器を持たずに入ってしまったので連絡もつかず、現在の状況がわからない。
もしかすれば……嫌な想像がジェイの頭を過る。
(いや、きっと大丈夫だ。特級探索師が二人もいるのだ。あれは間違いなく『人間』というカテゴリーから足を踏み外した化物。簡単に負けるはずがない)
子供の前に立つジェイとて、聖人ではない。一輝という存在に価値を見いだし、今後どうやってあの能力を活かしていくかという打算的な気持ちはあった。
だが、それでも彼はやはり教師なのだ。わずか一週間とはいえ、教え子である一輝を心配する気持ちも確かに存在していた。
(待っていてくれよ、一輝君……!)
「よし、行くぞッ!!」
ジェイの号令によって隊列を組み直し、表情を引き締める探索師達。
彼ら一人一人が一級探索師であり、まさに関東の総力を結集した集団だ。並みの国家の軍隊にも匹敵する力を有する。
そんな彼らをもってしても、今回の討伐は緊張する。それほどまでに、ツイントゥースドラゴンの伝説は畏怖の対象なのだ。
そうして緊張の面持ちのまま四階層目へと突入したジェイ達。
目に飛び込んできた光景に、全員が息を飲む。
「凄まじいな……」
モンスターの血液や死骸の数々は勿論のことだが、なによりも一際目を引くのが破壊された森の爪痕だった。
普通になぎ倒された木々も多くあるのだが、その中でも異質なのが人ひとりが通れそうなトンネルが出来上がっていることだ。
近づいてよく見てみれば、それは何か超高熱なナニかによって抉りとられ、その断面は一瞬で炭と化したのだろう。あまりにも一瞬過ぎる超火力による燃焼で引き起こされており、その他の木々に燃え移っていない点から見ても、これが超常の力で行われたのだと推測するのは容易だ。
「もしや、グラハム・アーサーか?」
グラハムの使う二丁の魔導倶。その凄まじい火力と燃費の悪さは有名である。
「っと……噂をすればなんとやら、か」
前方から歩いてきた人影。その正体は、何故か下半身が布切れだけで覆われたグラハム・アーサーであった。
グラハムはジェイを見ると、不機嫌そうな表情のまま呟く。
「もう、終わった。帰るぞ」
「え? は?」
「…………」
グラハムはそれ以上なにも口にすることはなかった。ただただ不機嫌なオーラを放ちながら帰路につくグラハム。
声がかけづらいことこの上なく、ジェイはひとまずそのまま一人で帰せないと何名かの探索師を一緒に帰らせた。
「なんだったんだ? 終わったということは、勝ったんだよ……な?」
ジェイの問いかけに答えられる者は誰もいない。
そうしていても仕方がないので、一先ずジェイは湖畔へと向かうことにした。
そうして到着した一同。
彼らを迎たのは、巨大なツイントゥースドラゴンの頭部に腰かける瑞郭と、燃えるような赤い核であった。
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