第十五層目 大人の責務
「そうか……一輝くんは妹さんの為に」
旧世田谷区サブ・ダンジョンのベテラン探索師・正宗達にエイリアンフィッシュの釣りかたを習っている時。
あまりにも見た目が若い事に気がついた正宗が、一輝に年齢を尋ねた事から世間話が始まった。
何故そんな若さで、命の危険がある探索師を目指しているのか。もしも、ただ単に危険に身を置く快楽、いわゆるスリルを求めての蛮行であるなら、きちんと叱ってやるのも大人の役目だと、正宗達は考えたからだ。
しかし、一輝の口から何でもない様に語られる兄妹に振りかかった不幸を聞いて、大人達は暗い表情で一輝を見つめる。
「い、嫌だなぁ、みんなして……確かに、キツいことも嫌な事もありましたけど、こうやって妹の為に頑張れる事が出来るのは幸せな事です」
「うぅ……ぐすっ……」
「うぇ!? え、えっと、確か木戸さん、でしたよね? そんな、泣くことも無いじゃないですか。ダンジョンが生まれた時なんて、もっと酷かったんですよね?」
「あぁ、ちげえちげえ。木戸っちは、おめえさんに昔の自分を重ねちまったんだよ」
「んだんだ。こいつも昔は体の弱い妹さんがいてなぁ。俺たちも可愛がっていたんだが……薬を手に入れようと頑張ったけど、間に合わなかった」
「そ、そんな……」
ダンジョンが現界した時、世界は崩壊レベルの災厄に見舞われた。
それこそ一輝の様に、『死んだ両親の亡骸と最後の別れ』が出来るなんて事は、むしろ幸運な事だ。
多くの人がダンジョンに飲み込まれたり、ダンジョンから溢れてきたモンスターによって命を落としたのだ。亡骸もみつからないまま。
なので、当時は世界的にかなりの数の孤児が居たとの報告があった。
ちなみに、ほとんどのダンジョンで出現するスケルトンは、その時に亡くなった骨がモンスター化したのではないかと言われている。
「一輝よぅ……妹ちゃんを、大事にしてやるんだぜ。ぐすっ」
「勿論です。その為にどんなことをしてでも、頑張って稼いでみせます!」
力瘤を作って見せる一輝。
正宗達はその様子を温かな眼差しで見つめる。
しかし、その心のなかでは、様々な不安がよぎっていた。それは、一輝の妹の早織もそうなのだが、何より一輝の事だ。
(彼は妹さんに人生を捧げようとしている……しかし、そうなった時、妹さんは自分の人生を投げ出してまで頑張った一輝くんに報いようとするだろう。だが、それはいけない。お互いがお互いの人生の枷になってしまうのではないか……一輝くんには一輝くんの人生と幸福を求める権利がある)
親兄弟をダンジョンで失った正宗達の世代にとって、自由に勉強が出来る環境など夢のまた夢だった。
生きるためには、働かなければならない。
しかし、肝心な職につくのに、学が無いということは大きな損失だった。
結局のところ、学も経歴もないままに、探索師として生きていく他に道はなかったのだ。そして、その道中は血塗られたものであり、多くの仲間を失ってきた。
若い者に、そんな苦労をさせてはいけない。
正宗は一輝に気づかれない様、周りの皆にアイコンタクトをとる。他の大人達も気持ちは同じだったようで、一様に静かに頷き返す。
「一輝くん……君はもう一度、高校に通いたいとは思わないかね?」
「高校、ですか? まぁ、正直な所を言えば、行きたいとは思います。でも、妹の命には代えられませんから」
「そうか……おぉ、そういえば俺は少し用事があったんだった。すまないが、木戸さん。後を頼むよ」
「あいよ! 任された! 一輝、まずは針の選び方から行くぞぅ!」
「はい! お願いします!」
先程までのしんみりとした空気が嘘の様に、湖畔には明るい声が響き渡る。
そんな中、スマホを取り出した正宗は、一人何処かへ電話を掛けるのであった。
◇◇◇◇◇◇
「今日はありがとうございました!」
「なんのなんの。しかし、一輝はなかなかいい腕をしてるじゃねえか! エイリアンフィッシュは俺たちでも釣れない日があるからな!」
「んだなぁ。かずっちは覚えもはええ。頭が良いんだわ」
「そんな……」
バシバシと一輝の背中を叩く木戸。
うっ、と息を詰まらせながらも、一輝も嬉しそうに目の前の獲物を見る。
名称:エイリアンフィッシュ
種族:水棲種肺魚科
年齢:5歳6ヶ月
健康状態:活き〆
体力:3
筋力:18
俊敏:1(水中時68)
頭脳:7
魔力:23
能力:『水鉄砲』、『噛み砕く』
釣り上げて直ぐに木戸によって活き〆の状態にされたエイリアンフィッシュは、ピクリとも動かない。
活き〆は通常の魚等にも用いられる手法で、エラや太い血管を切って水と一緒に血液を出し、鮮度が悪くなるのを防ぐための物だ。
ただ、普通であれば肉などは捨てて素材の剥ぎ取りのみをすれば良いので、活き〆にする必要など無いのだが。
「しっかし、一輝も変わった奴だなぁ。エイリアンフィッシュの活き〆の方法が知りたいだなんて」
「しょ、将来、普通の魚を釣った時とかに使いたくて……大きい魚だったら、覚えやすいかなって」
「まぁそうだな。ちっちゃい魚だと、エラの付け根の位置とか分かりにくいもんなぁ。だけど、こいつは肺魚だから、あんまりあてにもならねえけどな!」
木戸達の笑いに合わせて笑う一輝。
だが、その真意は勿論の事、エイリアンフィッシュを食べるためのものだ。
出来るだけ最良の状態で手に入れ、最上の調理をしたい。
『調理』という才能を得たからには、その点で妥協することはできないのだ。
「それでは……そろそろ失礼します」
「おう。あっ! そういえば……連絡先とか教えて貰ってもいいかぁ? 妹ちゃんの治療で役にたちそうな話を聞いたら教えたいしよぅ」
「本当ですか!? 是非、お願いします!」
「じゃあ……えっと、おい、これどうやって交換するんだっけか?」
「近くで振りゃあいいんだよ!」
「あぁ、そうだったか。おっ、できたな。それと、正宗の奴にも教えていいか?」
「正宗さんですか? 勿論です。では、またお会いしましょう。いい探索を」
「おう、いい探索を!」
何度も振り返りながらお辞儀をする一輝。
いままで通っていたダンジョンが、人付き合いという点でドライだったこともある大きな要因だが、理不尽な目にあい、それでも妹を守ろうとする一輝にとって、大人という存在が冷たいという印象が強すぎた。
なので、両親の死以降あまり大人との関わりを持とうとしなかった一輝にとって、正宗や木戸といった温かい大人達の存在はとても大きいものだった。
最初こそ、何か裏があるのではというひねくれた考えもあったが。
「いっちまったか……」
「木戸っち、良いのか? アレの事を教えてやらなくて」
「良いんだ。ありゃあ人間が一人でどうにか出来る相手じゃねぇ。それに、奴はもう二十年前に討伐されたんだ」
「ツイントゥースドラゴン、か。なんでも最近、あれが出たって噂じゃねえか」
「それなら尚更言えねえ。もし言えば、奴の心臓を……『
遠ざかる一輝を見送る木戸達。
最後に見えなくなる前に振り向いた一輝に、大きく手を振り返す。
旧世田谷区サブ・ダンジョンで出会った、一輝と正宗達。
この出会いが、一輝の運命を大きく変えることとなる。
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