第35話 騎士科編:学院2年生秋⑧とう様とアリスン

衝撃的な曝露があってアリスンとキファーにハムスターの執着という呪いがかかったが、概ね無事に乱戦が終わり、本戦トーナメントに進む選手が決定した。


アリスン、ハスウェル、アイザックが2年。

キファーが、3年。

4、5年生がいなくて残り6人が6年生だった。

計10名で本戦が行われる。

順番は、実力を鑑みて教師陣によって振り分けられるようだ。強いもの同士が初戦で当たらないように配慮されているらしい。

その会議がこの後行われる。

それまで約一時間、休憩になった。


(あちゃー、ハムスター先輩ついてないね。

キファー先輩に挑まなければ本戦進めたんじゃないかな。第漆なな席の先輩がいるもん。)

アリスンは、結果を見てジャンガリアンを憐れんだ。


本戦までの時間、アリスンはキャスのところで休憩をすることにした。

キャスがいるのは舞台横。

パラソルがさしてありテーブルセットが設置されている。そこの一角だけが、異空間ガーデンパーティー状態である。

キャスに手招きされて椅子に座ると、すかさずお付きのメイドさんが冷たいお茶を淹れてくれた。


「ふぅ〜。美味しい〜。生きかえる〜ぅ!!」

アリスンは、目を閉じて満面の笑みでお茶を飲み干した。


「お疲れ様、アリスン。かっこよかったですわ!!

本戦も頑張って活躍してくださいませ!応援してます!」

キャスは、グッと拳を握ってフンスフンスと興奮気味だ。


「ありがとう〜。優勝して来るね♪

勝利を願って、乾杯〜ぃ!」


チーンと、カップを合わせて2人で和やかにお茶会をしているとアリスンにメイドさんから声がかけられた。


「アリスン様。アリスン様に御用があると言う方が来られてます。」


「ふぇ?誰?」


「アリスン様のお父上と名乗られてます。」


「!?!?!?」

アリスンは、びっくりして息が一瞬止まった。


(わ、忘れてたよ!とう様がきてたんだった!ハムスター先輩が、印象強すぎて忘れてた!!)


「あちらにお付きの方がいらしてますが、お席を用意してご一緒なさいますか?」


「....あー....。ううん、いいや。

ちょっと込み入った話になるから私が行く。」

アリスンは、椅子を引いて立ち上がりキャスに手をひらひらと振って席を辞した。


通路の方にスタスタとすすむと、とう様付きの従僕、チャールズが立っていた。


「久しぶり。とう様はどこで待ってるの?」


「お久しぶりでございます、お嬢様。控室を一つお借りしましたので、ご案内いたします。」

従僕は、丁寧に腰をおりアリスンを先導する。


スタスタ スタスタ


足取りは優雅に進むが、心は重くずっしりとのしかかって、延々と廊下が続くようであった。

しばらく歩くと、一つの部屋の前で止まった。


「こちらでございます、お嬢様。

私は、外で待機するように言われておりますので。」

従僕は、言い終わるとカチャリとノブを回してドアを開けた。


中を見ると、窓際にとう様が立っていた。

とう様は、ドアが開いた音でアリスンが来たことがわかったようでゆっくりと振り向いた。


「久しぶりだね。我が娘よ。」

逆光で、よく顔は見えないが声だけ聞くと悪い邂逅ではなさそうだった。


アリスンが近づいていくと、顔がはっきり見えた。

いつものとう様がそこにはいた。

多くも少なくもない髪は、後ろにぴっちりと撫でつけてオールバックにしてある。

アリスンの特徴的な赤毛の遺伝子の片鱗が見られる赤茶色の髪だ。

ついで視線を落とすと、苦笑いを浮かべた顔が見えた。

アリスンの特徴がない顔の片鱗が見られる、埋没するような普通顔だ。

背も中肉中背で、これまた普通。

自分の父だからわかるが、3度くらいじっくりと会わなくては覚えられないだろうと思われる影が薄い人物だ。


(うん、いつものとう様だ。相変わらず薄い存在感。騎士の家系なら諜報員になれるね。)


「久しぶり、とう様。元気だった?」

アリスンは、久しぶりに会えた嬉しさと類い稀な剣の才能を隠していた複雑な気持ちが混ざり合い、泣き笑いのような表情で再開を喜んだ。


「あぁ。胃が少し痛いが、概ね元気だったよ。アリスンも元気そうで何よりだ。」

その瞬間、とう様は、ふわりと笑顔を浮かべて慈愛に満ちた目でアリスンを見た。


アリスンは、ひゅっと息を吸って胸をうたれた。


(あぁ、よかった.....。

どこにも、私を疑うような視線や嫌悪感がない....。

変わらず、私を愛してくれてる....。

ありがとう、とう様。)


アリスンは、とう様を見て胸がいっぱいになり泣きそうになった。

本当に、不安だったのだ。

化け物のように見られるのではないか、昔の使用人たちのように奇異の目で見られるのではないか、嫌われてしまったのではないかと、悪いことばかりが浮かんで会うのが怖かったのだ。

数十もあった人生では、親に愛されなかった人生が何度もあった。

別の人格もある自分だから虐待に耐えられたということもあるが、別の人格があるが故に異常な知識・行動が出てしまい愛から嫌悪に変わった親もいた。

今世は、たくさん愛情をもらって育ててもらったから、急に冷たくされたらどうしようとずっと思っていて怖かった。

赤ん坊の時満面の笑みで抱っこされた記憶も、初めて歩いた時の嬉しそうな顔も、なんでもない日常に頬にキスをくれたことも全てアリスンは覚えている。

今まで、親の愛を惜しみなく、雨のように降り注がれながら生きてきたのだ。

今のアリスンの根本を作ったのは、紛れもなく両親の愛である。

前世がいくつもあっても自分は、今はアリスンであり、親の愛はアリスンのものであり、その愛は暖かく穏やかな安心をアリスンにもたらしてくれていた。


怖かった、怖かった....。


思わず感情が漏れ出し、涙が一筋流れてしまった。


とう様は、そっとアリスンに近づいて抱きしめてぽんぽんっと背中を優しく叩いてくれた。

もう、胸がいっぱいで苦しくてアリスンは思いっきり泣いた。


「う”、う“わーーーーーん!!怖かったよう〜〜!!

とう様やかあ様に嫌われてたらどうしようって、何度も何度も.....。

うわぁーーーんっ!!とう様ぁぁぁ、私のこと嫌いになってない??ふっ、....うわぁーーん!

とう様ぁ、とう様ぁ!!嫌いにならないでぇ!

ふぇぇぇっ、ぐっ.....。うぁーーーんっ!!」

幼な子のように思いっきりアリスンは泣いた。


とう様は、ぽんぽんと背中を優しくたたき続けながら話し始めた。


「嫌いになるわけないだろう?かあ様もとう様も、お前が大好きだ。

ちょっと、剣の腕が立ちすぎる可愛い娘だよ。

安心しなさい.....。

...........................。

...昔話を少ししようか.....。

お前は、赤ちゃんの時からあまり泣かなかったね。

マナーも教えていないのに当然のように振る舞っていたり...、そうかと思えばワザと悪いことをして目をキョロキョロさせて居た堪れないって顔をして小さくなっていたりしてね。

ふふふ、懐かしいね。

そんなお前のことをかあ様とよく話していたよ。

『今日は、ワザと壁に落書きしてたね。落書きする前に、クレパスをギュッと握って気合を入れてから描き始めてたね、馬鹿だねぇ。子どもらしいことを無理やりしてるなんてね。でも、馬鹿な子だけど愛しいねぇ』って。

毎日毎日、可愛い娘を観察してたんだよ。

使用人たちがヒソヒソ噂してた知り得ないことを知ってる不気味さ?なんて、私たちには全くなかった。

当然、今もない。

愛しい娘だよ、お前は。

そういえば、『きっと私たちの娘は神様が多めに祝福してくれたから夢の中で色々学んでるんだね』ってかあ様と話すこともあったなぁ。

ふふ、我ながら親バカだろう?

だからね、アリスン?お前が、ものすごく強くても驚かないよ?

それに小さな時から屋敷を脱走して、木に登ってたりしてたじゃないか?今更なんだよ。

まぁ、今回は偉い人から声をかけられ続けたから、とう様と〜っても居心地悪かったけどさ、ふふふ。些事だよね。

大丈夫だ、アリスン。

お前の思うままに生きたらいいっていつも言ってるだろう?

結婚もしてもしなくてもいいって言ってただろう?

アリスンは、アリスンだからね。

生きづらいことは我慢しなくていいんだ。

とう様もかあ様も、お前の幸せを見続けて最後まで生きるのが幸せなんだよ。」


「....ふぅ....えぐっ、ほ、ほんとに?...とう様幸せ?」


「あぁ、勿論だとも。アリスンは、私たちが親で幸せかい?そうだといいんだけど。」


「勿論だよ!とう様大好きだよ!かあ様も大好きだよ!」

アリスンは、ガバッと泣きじゃくった顔を上げて即座に言い切った。


「おやおや、ありがとう。

すごい顔だね、鼻水も涙も出てぐちゃぐちゃだ。

仮にも貴族令嬢なんだから、少し感情を抑えなきゃダメだねぇ。」


とう様は、ひだまりにような笑顔でアリスンを見つめ涙をハンカチで拭いてくれた。そして、アリスンが泣き止むまでずっと背中をさすってくれた。


ベラルフォン家は、貴族の家では珍しいほど家族の距離が近かった。

アリスンの普通とは違う雰囲気と行動があったために両親は共に見守り、考え、協力をしながら子育てをしたからこそ、絆が強くなったのだ。


「子はかすがいと言うが、ほんとだねぇ。お前が生まれてきてからの方が、とう様とかあ様は仲がいいんだよ?知ってたかい?

アリスンという娘が、いろーんなことを引っ張ってくるから仲違いしている暇がないんだ。

お前のおかげで毎日が色鮮やかに進んでるよ。

ありがとう、アリスン。私たちの元へ生まれてきてくれてありがとう。」


ハンカチでアリスンの顔を拭きながら、安心させるための言葉をとう様は紡ぐ。

涙が止まりそうになっても、またとう様が優しい言葉をかけるのでまた涙がとめどなく出てきた。

「ど、どうざま〜ぁ、涙が、どまらないでず〜。」


「あはは、一生分の涙が出ているようだ!

不思議だね、どこからこんなに涙が出るんだろうね。そろそろ止めないと干からびちゃうんじゃないかな。ふふ。

あ、そうだ!じゃあ、ちょうどいいからびっくりさせちゃおうかな!

...ふふふ実はね.....



アリスンに弟ができたんだよ!

いや〜、お前の赤ちゃんの時の分も代わりに泣く子でね。ぎゃあぎゃあ泣いて屋敷の使用人たちを困らせまくってるんだ!

かあ様は、ぐったりしながら育児をしてるから今日来れなかったんだ。」


アリスンは、驚愕して涙が引っ込んだ。


「へ?おとうと?育児をかあ様が既にしてる?

へ?いつできたの?トツキトウカは?お腹にいつ居たの?こないだ帰った時、そんな話してなかったし....。かあ様お腹出てた??」


「そうだよね、僕もびっくりしたんだよ。

お腹が全然出てなくて、かあ様も気づかなかったんだ。聞いたら『そういえば最近月のものが来てなかったような...。最後に来たのはいつだったかしら?』ってメイドに確認していてね。

ちょっと食べ過ぎで太ったと思ってたって。

かあ様も変わってるから、安心しなさい。」


「いつ生まれたの??」


「10日前だね。元気な男の子だよ。名前は、ノアだ!」


(弟が急にできてるなんて嘘でしょう!?こないだ帰った時、めちゃくちゃかあ様動いてたし。)


「いつ気づいたの??」


「うん。

びっくりだよ?かあ様に急に激しい腹痛が襲ってきたから、慌ててお医者様を呼んだ時さ!

かあ様なんてね、激痛だったから死ぬと思って遺書まで書いてしまったんだよ。そしたら陣痛でね、ははは。

僕なんて、城に出仕してたら早馬が来てね。

いや〜、あれはびっくりしたよ。人違いでは?って聞いちゃった☆」


「とう様、私驚きすぎて何を言ったらいいのかわかりません....。」


「そうだよね〜、とう様もね、放心したというか理解できなくて思考が止まったっていうか....。

とにかく、ノアを抱っこするまで実感なくてね。

結局、驚きという驚きがないまま驚いた?って感じだったよ。何言ってるのかわかんないな、ははは。」


「とりあえず、おめでとうございます?」


「うん、ありがとう。ようやく、涙が止まったね。

チャールズ!冷やしタオル〜!」

とう様は、ドアの向こうにいる従僕に大声で声をかけた。


カチャリと開いて、従僕が部屋に入ってきた。


「はいこちらにご用意しております。

お嬢様、よかったですね!後継ができましたので、思う存分自由に生きれますね!」

チャールズは、清々しい笑顔で冷やしタオルをアリスンに渡してきた。


「...うん。ありがとう。」

なんとも言えない気持ちで、アリスンは無の表情になりながらタオルを受け取った。


「さぁ。アリスン、本戦頑張るんだよ。応援してるからね!これ、かあ様からお守り預かってきたから渡しとくね。じゃあ、観覧席で見てるからね〜。」

とう様は、颯爽と控室を後にした。


「お嬢様、こちらに氷水を置いておきますのでお使いください。では、私は旦那様について行きますので。

本戦出場おめでとうございます。ベラルフォン家の誉でございます。」

チャールズも深々とお辞儀をして去っていった。


アリスンは1人泣き腫らした目で控室に残された。


「えー、なんなの?これ....。

私、前世がいっぱいあるって説明しないといけないんじゃないかと緊張して来たのに.....。

かあ様の出産の方が、驚きすぎる.....。

私のことなんて、それこそ些事な気がして来た....。

はぁ〜、心配して損した気分.....。」

アリスンは、ほんのちょっとの間にジェットコースターのように感情が起伏してぐったりとした。

その場でうずくまり、ふぅーっとため息をついて気持ちを落ち着かせ、目に回復魔法をかけた。

ふわっと手のひらが光り、じわぁ〜っと目があったかくなって目の腫れがひく。

いつもの平凡顔のアリスンだ。


いよいよ本戦の組み合わせが発表される時間が迫って来たので、アリスンもパンっと頬を叩いて気合を入れてから立ち上がり、控室を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る