第19話 幼馴染たちの計画(後編)
――――俺はいま茜さんと一緒に茜さんの家へと向かっている。
騒動の際に茜さんにも助けてもらったのだが、そこで久しぶりに家に来ないか?と誘いを受けていたのだ。
茜さんの母である
力に逆らわず、力に頼らず柔よく剛を制する柔術を教え、俺・天・楓・紅葉も小学生時代には籍を置いていた道場だ。
いまや茜さんは道場に顔を出せる時には、師範代として門下生への指導にあたる程の実力者だ。
ちなみに茜さんの父は、大手商社に勤める一般人である。
つまり南雲家では圧倒的な女性上位(物理的)の家庭である。
大地も小学生時代は共に学んでいたが、中学以降は野球に集中するために、現在は籍を置いてはいない。
茜さんが将来的に継ぐのかは分からないそうだ。茜さんの意志次第だが、頭脳明晰なうえ、何でもそつなくこなせる才女の茜さんを、家に縛る気は叶さんにはないそうだ。
「翼がうちに来るのは久しぶりだな。
どうだ?稽古でもしていくか?」
俺が茜さんの家に来たのは、確か高等部入学前なんで2ヶ月ぶりか。
「稽古は今度にしておくよ。
今日はいろいろ疲れたから、のんびりしたいな」
主に精神的な疲労である。本当に疲れた……
「フフ、確かにおまえにとっては、疲れた1日だったな?
よし!今日はお姉ちゃんが、甘やかしてやろう」
「じゃあ、たっぷり甘やかしてもらおうかな、お姉ちゃんに」
2人笑いながら、久しぶりの茜さんの家へと入っていった。
――――俺はいま茜さんの部屋で待たせてもらっている。話があると誘われたのだが、今日の騒動のことだろうか。
お茶を持って、茜さんが部屋に入ってくる。
「翼、待たせたな」
茜さんはお茶やコーヒーなどを淹れることにも一家言ある人だ。
基本的に何でもできる完璧超人のお姉さんである。
茜さんの淹れてくれたお茶を受取る。いい香りだ。
「茜さん、ありがとう」
「さて、お茶でも飲みながら、少し話そうか」
俺と茜さんは部屋の中央に置いてある丸テーブルを挟んで、床にクッションを敷いて向かい合って座っている。
「今日話をしたかったのは、いまの翼を取り巻くこの状況についてだ」
「あぁ、それですか……俺、今日で『ハーレム野郎』認定を受けましたね」
正直、どうすれば良いのか理解不能である。
「ふふふ……すまん。おまえには笑いごとではないものな」
「まあ、目立つ美少女が周りにこれだけいれば、やっかみも多いでしょうしね。
でも、『ハーレム野郎』って名はちょっとイヤなんですけど、気になっていることがあるんですよ」
「うむ、聞こう。どうした?」
「俺みたいな状況だと、普通はもっとネガティブな反応が強いと思うんです。
でも、周りの反応を見ると、生暖かい視線を感じると言うか……同情のような、何か優しい視線が多くて、逆に戸惑うというか……」
「……そうなら、概ね成功したか」
「どう言うことです?」
「私たちはおまえが好きだ。ここまではいいな?」
「いいな?と言われても返答には困りますが、はい。それは分かってます」
「うむ。それで私たちのような、目立つ女性たちがおまえの周りにいて侍っている。さらに明らかに好意を持ってる様を見せつける。そうすると、どうなると思う?」
「まあ、男子からは怨嗟が、女子からは軽蔑がみたいな感じで、いわゆる総スカンと言うヤツではないですかね」
「その通りだ。しかもおまえの場合は、クラスで妙なことをやっただろう?久遠に絶縁した!って痛いヤツだ。」
「い、痛いヤツって。そりゃ痛いヤツでしょうけど」
「あれは何でやったんだ?翼」
「ぶっちゃけ俺、あの日は少々壊れ気味でしたからね。
楓と何かあった?と、うんざりするほど聞かれるのも、しんどいと思ったんです。
いっそ悪目立ちして笑いものになってしまえば、もう深堀りもされないかなと安易にやったのがアレです。
あとは、あんな言い方をしておけば、俺へ振られた痛いヤツとして、みんなの関心が向くかなと。
まあ、あのやり方がいいかと聞かれたら、よく分かりませんけどね」
「それは久遠のためにか?しかし、あれでおまえの印象は悪いものになってたぞ。
振られた腹いせに、一方的に幼馴染を突き放して絶縁したとな」
「うーん、一方的に突き放した楓に、罪悪感が少しはあったもかもしれないですけど、基本は俺の独りよがりの暴走ですよ。
悪い印象持たれたのも、自業自得なんで仕方ないです」
「……実はおまえの暴走話。その話をしたのも関係があるんだ。
おまえの暴走があって少々おまえは目立ってしまった。しかも、おまえと久遠はある意味目立っていた男女だ。それが駄目になったらしいとの噂が広まるのは、時間の問題だった。
噂が広がった状態で、私たちがおまえに言い寄ると、いわゆるヘイトがおまえに集中してしまう。『幼馴染に振られた途端に、他の女に言い寄るろくでもない男』と。
おまえが学園でヘイトを集めるなんて、私たちが許容しない。
それに私たちにとっても困るんだ。一方的な悪いイメージを持たれてはな」
「茜さん、結局どう言うことなんですか?」
「今朝のクラスでの騒動は、私たちの計画だ。
最もこちらの計画だったのは、七海のクラスでの行動と、天と私の介入だ。
実は久遠のあの行動は予想外だった。事前に久遠には天から伝えてはいたが、私たちの計画にない行動だったんだ」
「えっと、ゴメン。全然意味が分からないんだけど?」
「ようするに計画はこうだ。
まずは、七海が『振られた腹いせに、久遠に当たって絶縁したイメージ』を払拭する役割を持っていた。あれの問題は、おまえが振られた腹いせと思われてるところなんだ。だから、そもそもおまえが振られたのは間違いなんで、七海が正そうとしたのだ。久遠にも協力を願ってな」
「楓が?協力を?」
「あぁ、久遠もおまえのイメージを払拭するのは、賛成との意見だった。なので、協力を願ったのだ。もっとも、ずいぶんと予想外のことをしてくれたが……
幸い当事者の久遠がはっきりと言い切ったことで、イメージを払拭する道筋ができた。久遠の宣言のおかげで『おまえは加害者から、実は被害者だった』との、イメージへと転換されたのだから。
次に、七海が公開告白したのは予定とは違う。だが、あれも結果オーライだった。私たちは順次、おまえに告白した事実を校内に広める予定だった『おまえに一度告白したけど断られた。でも、私たちは諦めない』そう広める予定だった」
「あの、俺のイメージ回復は分かりました。
自分への評価は甘んじて受けるつもりでしたが、ずいぶんと骨を折って頂いたようで、ありがとうございます。
でも、茜さんたちのそれを広めるメリットって何ですか?そんなの広めたところで、どちらかと言うと損しかないですよね?逆に振られたのに、付きまとうみたいな?」
「あぁ、そうだ。私たちは、おまえに『振られたのに、一方的に付きまとう。迷惑な女』を印象付けるのが目的だからだ。
こう言っては何だが、私たちは学園内でそれぞれ影響力がある。
自分で言うのも何だが、私たちは間違いなく学園でも有数の美少女と言われる類だ。成績も良く、クラスメイトの受けも良い。さらには教師の受けも良い。
はっきり言って、少々痛い女のイメージがついたところで、痛くもかゆくもない。
そして、おまえは私たちに付きまとわれても、被害者の一面がある。いわゆる美少女を侍らせても、通常よりはヘイトが向かいにくい。」
「つまり……」
「つまり、私たちがおまえの側で堂々と侍りながら、恋の戦いをするための舞台を整える。それが目的だ」
――――唖然とした。誰だ?
こんな頭の悪い壮大な計画たてたのは……
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次回予告:楓&七海視点です
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