第25話 覚悟などもうに決まっている


「し、慎之介!そんなスピード出して事故らないでよ!」

「じゃあしっかりつかまってろよ!」


 原付はさらに加速する。

 霧雨が顔を濡らし、道路にたまった水が原チャリの車輪によって巻き上げられ、ピチャピチャとその後を撥ねていく。


 悟は原付の後ろになんて初めて乗せられたが、そもそも運転している慎之介は16歳である。

 しかも彼らの通う高校は免許の取得が認められていないため、どう考えても彼が運転できているのはおかしかった。


「大丈夫、二輪免許は持ってるよ」

 慎之介はにやりと笑い、そして車の隙間を縫うようにして走っていった。

 悟はそれに振り下ろされないように、ぐっと慎之介のお腹に手を回し、体を押し付ける。


 いままで何度も慎之介には助けってもらった。

 悟の見る姿はいつも彼の背中で姿で、その逞しさは何度も憧れを抱いたことだろうか。

 こんなにも温かく、浮き出た筋肉がごつごつとしていて、武骨ながらも優しさを帯びたその背中に、悟は思わず「ありがとう」と小さくつぶやいた。


「なんか言ったか?」

「ううん、何も」

「そっか」


 慎之介と悟は、雨降る夜の街を駆けて行った。



「相変わらず薄気味悪い場所だな」

 原付エンジンを蒸かしたままを無法区入り口で止める。


『おい、聞こえるか』

 耳につけたイヤホンから千葉の声が聞こえた。


「あぁ、聞こえてるよ」

『やつらのバンが乗り捨てられてるのが見つかった。ちょうど無法区手前の場所でだ。金髪の少女が担がれているという通報もあったようだから間違いないだろう。無法区にもいくつか監視カメラがセットされてるからそこから追跡したが、どうもHOTEL VISIOに入っていく姿が見えた。今ホテル側と連絡を取ってるから先に急いでくれ』

「わかった」

 アクセルをフルスロットルで回し、原付を走らせる。


「悟、道案内してくれ!」

「このまままっすぐ!」

 雨が降っているせいか、人はいない。

 ビルの間に潜む夜の街は、見えない手を伸ばしながら「こちらこちら」と手招きをしている。


 大した距離でない。

 そのはずなのに、たった1秒が重くて、永い。

 まるでコマドリされたフィルムの中を歩いて渡るような感覚に、悟の手のひらはじっとりと濡れる。


『―――ホテル側と連絡が取れた。ホテル最上階にやつらがいる。ライブで有栖川がベッドに運ばれている状況が映ってる。まずいぞ、急げ』

「うるせえ!わかってるよ!悟、あとどれぐらいだ!」

「もうあと500メートルぐらい!」

「飛ばすぞ!」


 エンジン音が雨音を切り裂いていく。

 車輪から巻き上がった水が足元を濡らし、スニーカーはその色を濃く染めている。

 ホテルの看板が次第に大きくなっていき、白く灯るエントランスの光が徐々にその照度を増していく。


 5分ほどで正面入り口まで到着し、入り口真ん前に原付を止める。

 ヘルメットをハンドルにかけ、ずぶ濡れのまま入口へと駆け込む。


 入り口に入ると、小さなフロントがあり、ちょうど顔の部分はシャッターで隠れており、下に空いた穴から皺の入った手がちらりと見えた。


「上の階の鍵だよ」

 その手はコトンと小さく空いた受け取り口から、401と刻印された鍵が出された。


「ありがとう!」

「それと、エレベーター前にあるバッド持ってきな。弁償は上のバカたちと千葉にやらせておくから、おっぱらっておくれ。私も気分が悪いが、暴れる年齢でもないからねぇ」


 シャッターの後ろで、はははと陽気にしわがれた声は笑った。

 自分のいるホテルで犯罪が起きようとしているのに、それに手慣れた手つきでいる様子に、悟は思わず別の意味で慄いた。


 フロントから狭い通路を通り、エレベーターの前につく。

 エレベーターの横には先ほどのフロントの受付で言った通り、金属バットが一本置かれていた。


 そのバッドの真新しい様子に、それがスポーツ用のものではなく、護身用のものだと一目でわかる。

 慎之介はそれを片手に取り、エレベーターに乗り込むと、4階まで上がっていった。

 言葉はない。緊張だけが支配する。


「久々だな、こういうの」

 慎之介がくすりと笑った。


「こんなことに巻き込んでごめんね」

 悟は俯ききながら答えた。


「しゃあねえだろ?ダチっていうのはそんなもんだよ」

 チンという音とともにエレベーターの扉が開く。

 4階には部屋が401しか存在せず、エレベーター降りたその目の前に扉が存在していた。


「おい悟、お前は詩ちゃんをとにかく奪還してこい。後ろは任せておけ」

「う、うん」

「なに怯えてんだよ。王子様になるんだろ?気張れよ、行くぜ。」


 悟は拳を握りしめ、拳を固める。

 大丈夫、きっと大丈夫だ。


 慎之介が部屋の鍵を回し、勢いよく欲望の巣窟へと飛び込んだ。

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