第14話 朝と梓

「ねぇ、ねぇってば」


 悟はゆさゆさと眠っている体を揺らされる。

 いつもなら耳障りなアラーム音が鳴るはずが、今日はその音の代わりに、梓の声が耳へと飛び込んだ。


「もうちょっと……」

 床に敷布団をひいて寝ていたせいか、悟の体は痛みで悲鳴を上げていた。

体に痛みが走るたびに寝返りを打っていたせいか、睡眠をまともにとれておらず、体はまだまだ惰眠をむさぼりたいと、起きることを拒絶していた。

 彼の頭の中はいまだ夢現であり、自分の体を揺する人物が誰だか認識をすることが出来ていない。


 一向に起きない悟にしびれを切らしたのか、梓はついに彼の上に馬乗りになった。

 お腹の上に重さが急にかかり、「ぐへ」という変な声が悟の口から漏れる。


「おきろ!」

 梓は悟の顔の前で叫ぶと、手を高く上げそれを彼の頬めがけ振り下ろし、思い切りぶっ叩いた。

 バチンという音が部屋の中に反響し、強烈な痛みが彼の頬から奥歯を震わせ、痛覚へと直撃する。


「―――いってぇ!!」

 一瞬で夢の残り火が吹き飛び、無理やり現実世界へと引き戻された。

 何が起こったんだと錯乱した浮遊する意識を掴み取り、目を開けると、彼の眼前には美少女の顔が迫っていた。


「詩さ……あ、ちが、梓さん」

 一瞬、詩にたたき起こされていると錯覚したが、彼女はそんなことをするはずがないとすぐさま彼の頭は誤認であると判断した。


「おきろ!朝飯だ!」

 昨夜のしょぼくれた顔が嘘であったかのように、梓は溌剌な表情をしていた。


「朝飯って……今何時?というか重いからどいてよ……」

「起きるまでどかない!」

「どかないと起きれないよ」


 そんな意味のない問答を繰り返し、ようやく梓はその腰を上げた。


「あんたのお母さんに起こしてこいって言われたのよ。起きなかったあんたが悪いんだからね!」


 なぜかたたき起こされた悟はいつの間にか彼女に悪者にされてしまった。

 朝起きないことが罪だというのなら、今頃悟は執行猶予のつかない実刑判決で投獄されていたに違いない。梓の言動を聞くと、少なからず悪いことをしたという認識は彼女の中であるようであった。


 眠気眼をこすり、大きく伸びをして上体を起こす。閉め切られたカーテンの隙間からは朝の斜光が差し込み、光の筋道には細かな糸のような埃がひらひらと舞い、ダイヤモンドダストのような情景を描いている。


「あれそういえば学校……あ、今日休みか」


 目覚ましがなぜならなかったのかと不思議に思っていたが、そういえば明日は土曜日だからと目覚まし時計をかけずに寝たことを悟は思い出した。

 そんな呑気なことを考えていたが、冷静に冷めていく脳みそは次第に状況を飲み込んでいくと、彼の額から冷や汗が流れ出す。


「あ、梓さん」


 昨日の出来事が鮮明に思い出される。

 女の子と同じ部屋で寝ることなど悟には経験がなかったために、緊張と恥ずかしさが一気に高まり、彼は梓から顔を逸らした。


 双子というだけあって、詩とそっくりな梓は、たとえ違う人だと分かっていても健全な男子高校生には耐えられないものがあった。


「朝ご飯だってよ。いつまで寝てるの?」

「わかった!わかったから、ちょっと待ってて!」


 今起き上がるのは非常にまずかった。彼のお腹のあたりには梓の感触がいまだに残っている。


「えー、なになに。どうしたの?」


 梓はにやにやしながらからかってくるが、悟の尊厳にかかわる事態に、剥がされようとする布団を必死に抑える。

 とにかく今だけは本当にダメなんだと梓をさとし、あと5分で下に行くから先に行っててくれと説得した。


 その必死の説得に「しょうがないわね。先行ってるよ」と梓は扉を開け、下の階へと向かっていった。

 健全な男子高校生は5分もあれば十分だ。悟はガチャンと扉が閉まる音とともに、すぐさまことを済ませた。


 思考が明瞭となり、先ほどまでの緊張と恥じらいは嘘のように消えたところで、悟はリビングへと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る