第232話 垣間見た一面は


「こ、このまま、とは……?」


 オーメンさんがおずおずと聞き返すと、ベルゲンさんはいつもの口調のまま、マサト君のことですよ、とお話を続けました。


「オーメン曹長達が身辺警護をし、士官学校に通わせる。ゆくゆくは我が人国軍に来てくれることが決まっているのです。なら、このままで良いでしょう」


「べ、ベルゲンさんッ!?」


「…………ベルゲン様、本気ですか?」


 その言葉にびっくりしたのは、キイロさんとイザーヌさんでした。お二方の方が目を見開いており、ベルゲンさんの方を注視しています。


「か、彼の身柄を使えば両者から何かしらを引き出すことができるんですよッ!? り、利益が取れるところをみすみす投げてしまうのは、も、もったいないと……」


「…………それに、ベルゲン様だけで決めることをしてしまえば、周囲からの目は冷ややかになります。せめて陛下や議会の方にも、判断を仰ぐべきでは……?」


「確かに。キイロ君やイザーヌの言うことも事実でしょうなぁ」


 反論する彼らに向かって、ベルゲンさんは調子を崩すことなくお話されます。


「マサト君の身柄は、未だに魔族からしたら価値のあるものでしょう。旧政権派は祭り上げる神輿として。新政権派、特にバフォメットはマサト君が黒炎を使えることを大層気にしておりましたから、彼を調べ上げることをしたいのでしょう。事実、マサト君にはまだ、黒炎のオドの一部が残っておりましたからな」


 あの魂の牢獄にて、前魔王ルシファーが私に託してくれた黒炎の残火。その話が出てくるということは、おそらく私が気を失っている間に調べられたみたいですね。まあ、魔族と化した人間なんて、調べられて当然かもしれませんが。


「それにイザーヌが言うように、私の一存で決めてしまえば、周囲が黙ってはいないでしょう。陛下から意見は求められておりますが、議会の方はうるさいでしょうなぁ……でも、まあ。そこまでするものでもないでしょう。それに」


 そこまで話したところで、ベルゲンさんは私の方を見てきました。


「アイリス君から提出いただきました、ノルシュタインさんが残した資料の中に、私宛に手紙がありましてな。その中にはいろいろ書いてありましたが、マサト君をよろしく頼むとありましてな……たまには同期の要望に応えてあげても、良いでしょう」


「「ッ!?」」


 それを聞いた瞬間。アイリスさんとオーメンさんが、揃ってベルゲンさんに向けて頭を下げました。


「「ベルゲン大佐ッ! ご配慮いただきまして、ありがとうございますッ!!!」」


「いえいえ」


 えーっと、どういうことなのでしょうか。私自身の立場が未だに面倒がありそうなもので、キイロさんやイザーヌさんはそれを踏まえて色々するつもりだったんですが。上司であるベルゲンさんはそれを聞き入れず、今のままで良いと。そして、それを聞いたアイリスさんとオーメンさんがお礼を述べている……ということは、つまり。


「わ、私……魔国に送られたり、しないんですか……?」


「しませんよ」


「い、今まで通り、学校に通っても、良いんですか……?」


「もちろんです。ああ、でも"偽景色(フェイクビュー)"等の魔法はかけておくべきでしょうなぁ。その魔族の姿のままでは、流石に混乱が起きてしまいます」


「あ……ああああ……ッ!」


 私の頬を涙が伝う感覚がありました。元の生活は望めないだろうと、もう諦めていました。みんなに会うことはできないだろうと、腹をくくることを考えていました。


 でも、そんな必要はないのだと。今まで通りに、皆さんの元で、生きていけるの、だとッ!


「ありがとう、ありがとうございますベルゲンさんッ! 私、私本当にもう、駄目かと……」


「なんのなんの。しっかり勉強していただき、ゆくゆくは私がいる人国軍でお待ちしております」


 ベルゲンさんは、笑顔で続けます。


「何なら、今のうちから推薦書でも出しておきましょうか? 魔王の黒炎とノルシュタインさんの"刹那眼(クシャナアイ)"を持っており、なおかつあの時。私の指示を忠実にこなし、バフォメットに一撃を入れたマサト君なら、大歓迎です。私の仮面親衛隊なんかでよければ、いつでも歓迎しますよ?」


 ベルゲンさんはそうおっしゃると、私の方に歩み寄って手を差し伸べてくださいました。


 なんと優しい方なんでしょうか。私を元の生活に返してくれるだけではなく、今後の道筋まで提示してくださるとは。


 この手を取れば、彼は私を導いてくださることでしょう。何の憂いもなく、心配もなく、ただベルゲンさんについていけば、何も……そう思って手を伸ばそうとした私でしたが、




「さあ、マサト君。私と一緒に……魔族を滅ぼしましょう」


「……ッ!?」




 その言葉を聞いた時、私はピタリと手を止めました。魔族を滅ぼそうと、彼は誘ってきました。笑顔の奥に、何か暗いものが垣間見えたような気がしたから……。


 同時に、頭の中に以前ノルシュタインさんから聞いた話が思い返されます。


『例え相手が誰であれ、その人の全てを信頼するという行為は非常に危険であるということ! その人なら安心だと思考を止めないでいただきたいということ! それを覚えておいていただきたいのでありますッ!!!』


 あの人は言っていました、思考を止めないで欲しいと。そして、それを聞いた私が出した答えというのが。


「……考え、続けること……」


「……どうかなさいましたか?」


 急に手を止めた私を見て、ベルゲンさんが声をかけてくださいました。相変わらず、口調は優しいままです。


「……いえ。遠慮、させていただきます」


「……おや」


 断られることは想定外だったのか、ベルゲンさんが驚いたような表情をされております。


「私の下では不満でしたかな?」


「い、いえ、そんなことはッ!」


 相変わらず柔らかく微笑んだままではありますが、残念そうな表情も伺えます。私は慌てて否定しました。


「た、確かに、ベルゲンさんの下に入れていただけるのは光栄ですが……えーっと、その……私、ちゃんと、頑張りたいんですッ!」


 何とかして失礼のないように、かつ断るに足る理由を。


「ここでベルゲンさんに任せてしまうと、私は苦労をせずに、人国軍に入れることになってしまいます。もちろん、こんな私を見出してくださったことには感謝しかありせんが……だからこそ、私は自分の力で、貴方の元にたどり着けるように頑張りたいんですッ!」


「…………」


 上手く、言えたでしょうか。ベルゲンさんに頼り過ぎず、自分で頑張っていきたいんだ、という内容にまとめたかったのですが。


「……わかりました」


 少しの沈黙の後、ベルゲンさんは差し出していた手を引いて、そうおっしゃってくださいました。


「私の力なくとも、自分で頑張りたいという心意気……確かに、受けとりましたとも。そこまでの思いがあるのであれば、私の手は余計ですな。是非とも、上がってきてください。お待ちしておりますよ」


「ッ! は、はいッ! ありがとうございますッ!」


 彼のその言葉に、私は勢いよく頭を下げました。良かった、何とか言いたい事も伝わったみたいです。


「……では、私達はそろそろ行きましょうか。マサト君も病み上がりですし、彼の今後についても、色々と取り決めが必要ですからな。はっはっは、忙しくなりそうです。行きますよ、キイロ君にイザーヌ。親衛隊の皆さんも」


「あ……ま、待ってください、べ、ベルゲンさんッ!」


「…………了解しました、ベルゲン様」


 そう言うと、キイロさんやイザーヌさん、その他の仮面親衛隊と呼ばれた方々を連れて、出て行こうとします。


「……ああ、忘れておりました。マサト君」


「は、はいッ」


 出て行く寸前に、ベルゲンさんはこちらを振り向きます。


「お友達のマグノリアさんにお伝えください。知りたければ、私の元まで来てください、と」


「えっ……?」


「……お願いしますよ」


 ベルゲンさんはそれだけ言い残すと、部屋を後にしました。残されたのは、アイリスさんとオーメンさん、そして私の三名です。


「良かったわね、マサト君ッ! 今まで通り生活できるわよッ!」


「しっかし、あの戦闘狂の変人がこんな事を言うとは……やっぱりノルシュタインさんの残した資料のお陰か? わざわざ個人宛てにも手紙を残してた辺り、やっぱスゲー人だったよ……」


 アイリスさんが喜びの声を上げ、オーメンさんはノルシュタインさんに思いを馳せています。私としても、今まで通りにしていただけるようで、万々歳ではあります。


 しかし。


(……あの時の、魔族を滅ぼそうと言った時のベルゲンさんの顔……そして、マギーさんへの言伝は……?)


 頼りになる、信頼できる方だと思っていたベルゲンさんの、見たことない一面を垣間見た気がして……私は、彼の手を取ることを、しませんでした。


(……これで、良かったんでしょうか?)


 アイリスさん達が今後について説明してくださる中、私は話半分に考え込んでいました。

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