第231話 魔族となった彼はこのまま


 私、マサトが目を開けると、そこには見たことないたくさんの人が、こちらをのぞき込んでおりました。その内の一人は、王冠のようなものを頭にのせております。


 びっくりした私が身体を震わせると、のぞき込んでいた方々もびっくりしたのか、身をのけ反らせました。


「……おや、起きたのですか。皆さん、申し訳ありませんが、見学はここまでで。医者に診せなければいけませんからね」


 そして、聞き覚えのある声が耳に届きます。この喋り方は、ベルゲンさんでしょうか。


「……解った。しかしベルゲンよ、この元人間の処遇については……」


「解っておりますとも、国王陛下。またいくつかの案を提出しますので、目を通していただければ……」


「……解った。頼んだぞ」


「もちろんですとも」


 私が身体を起こすと、ちょうど皆様がこの部屋から退出されるご様子でした。時折こちらをチラチラと見ながら、何かを小声で話しているようにも見えます。一体なんなのでしょうか。


 首を傾げつつも周囲を見渡すと、だいたい部屋の中の構造が解ってきました。教室くらいの広さのこの部屋で、私は丁度真ん中くらいの所にあるベッドに寝かされていた。


 その周囲にいらっしゃるのは、人国軍の方々。ベルゲンさんにキイロさん、イザーヌさん、白い仮面をつけている方々。そしてオーメンさんにアイリスさんでした。


「……やれやれ。わざわざ見に来るとは、また面倒なことを……ああ。気分はどうですかな、マサト君?」


 出ていく方々を見送った後、一つ溜息をついたベルゲンさんが、私の方に視線を向けて笑いかけてくれます。


「はい、その、大丈夫です……」


「それは良かったですね。大変だったんですよ? 身体に新しいオドが入ったばかりで、それがなじむ前に無理なんかされるから、身体のあちこちがボロボロになっていましたからね」


「……無事でなによりよ、マサト君」


 ベルゲンさんに続いて、アイリスさんが声をかけてくださいました。


「もし身体の調子がおかしいと思ったら、すぐにでも言ってね」


「は、はい……ありがとう、ございます……」


「……時に、マサト君。君の話は、ノルシュタインさんから聞いたのですが……」


 すると、ベルゲンさんが少し厳しい目つきのまま、私に問いかけてきました。


「……君が魔族によって異世界から呼ばれ、前魔王ルシファーに身体を乗っ取られ、現魔王として生きていた……という話は、本当ですかな?」


「…………は、い……」


「……そのお話を、詳しく聞かせていただけませんか?」


「……話してあげて、マサト君」


 投げられた質問は、私の境遇の核心でした。周囲を固められているこの状況で嘘を吐ける自信もなく、アイリスさんにも促された私はゆっくりと、今までを思い出しながら口を開きました。


 私自身がこの世界の人間ではなく、魔族の都合によって呼び出されたことから、順番に。私は一切を包み隠さずに、全てお話しました。


「……以上、です」


「…………」


 私が話し終わった時に、ベルゲンさんは考え込むような表情をされておりました。これが、私が隠していたことの全て。これ以上は、もう、なにもありません。


「……ベルゲン大佐。報告書にも上げましたが、彼は被害者です」


 少しの沈黙の後、口火を切ったのはオーメンさんでした。


「彼は望まずにこちらの世界に呼ばれ、魔族の都合で動かされていたに過ぎません。事実、魔王ルシファーに身体を乗っ取られていた為、彼は魔王の血筋でしか扱えない筈の黒炎を持っておりました。しかも、彼は種族を変えてしまう禁呪まで使われて、挙句魔族にまでなってしまいました。被害者であることは明らかだと……」


「で、でもさ。そ、それだけじゃないよね?」


 そのオーメンさんをキイロさんが遮ります。


「の、乗っ取られてたっていう証明はできないし、か、彼が自分自身で望んで魔族になったり、魔王をやっていた可能性だってある。そ、そこは立証できないよ」


「ッ!? だ、だがキイロッ! こんな子どもがそんなことするなんて……」


「こ、子どもだからって考えがない訳じゃないんだ。じ、自分でそうしたいと思って協力してた可能性だって大いにある。こ、この子は良い子だから悪意なんて持たない、な、なんていうのはただの決めつけさ……」


「…………それに、異世界から呼ばれたというのも、私は信じられません」


 キイロさんに続いて声を上げたのは、イザーヌさんです。


「…………こことは異なる世界等、見たことも聞いたこともない。彼自身に何か特別なものがある訳でもなく……単に戦闘によって孤児となり、魔族に捕まったという方が、まだ信じられる。なので、彼の言っていることを、全面的に信じることはできない」


「それはッ! ……そう、かもしれないけど……」


 イザーヌさんの言葉に一度反論しようと声を上げたアイリスさんでしたが、結局、何も言い返すことはありませんでした。そう、ですよね。私が異世界から来た証明なんて、できる訳がありません。何せ、この身一つで来てしまったのです。


 この世界の事を知らないのは、単純に田舎者か記憶喪失にでもなったかで説明できてしまいますし、私自身がこの世界の人間と自分の区別がついておりません。マナの修行によって、魔法も使えるようになってしまいましたし。


「そ、それに、ま、魔国で起きてる内戦の関係上、き、旧政権派の方から狙われる可能性もあるよね。ば、バフォメットを主軸としている新政権派とは違って、む、向こうは担ぐ神輿がない状態だ。い、一応は現魔王となっていたマサト君を、ま、また狙ってくる可能性は十分にある」


「ま、魔国で、内戦が……?」


 キイロさんのお話に、私は思わず声を漏らしてしまいました。魔国で、戦いが起きている。しかも、魔族同士で。一体なぜそんなことに。


「…………あるいは、新、旧政権派どちらともの交渉のカードに使える。キイロが言ったように、旧政権派からしたらマサト君の身柄は喉から手が出る程に欲しい筈だし、新政権派だってその身柄を押さえることで牽制ができる……両陣営から価値があるのであれば、いろいろな譲歩が引き出せる」


「イザーヌッ! あなた、何を言っているのか解ってるのッ!?」


 アイリスさんが声を荒げます。無表情のイザーヌさんに向かって、キッと視線を突き刺します。


 そんな中でも、私は魔国での内戦の理由が何となく理解しました。あの時、バフォメットが言っていた言葉。次期魔王になると言っていた、あれです。


 おそらくですが、彼は私から奪った黒炎を持ってして、新たな魔王になろうと、クーデターを起こしたのでしょう。多分ではありますが、何となくそんな気がしています。


「勝手な都合で連れてこられて、ひどい目に遭って、挙句、自分とは全く関係のない交渉のカードとして、その後の生活すら自由にできないなんて……あんまりじゃないッ!!!」


「…………それは私が決める話ではない。あくまで、彼の立場ならそうすることもできる、という可能性を提示したまで」


「……お前もそう思ってんのか、キイロ?」


 どこ吹く風といったご様子でアイリスさんの剣幕を受け流しているイザーヌさんを後目に、オーメンさんがキイロさんに問いかけています。


「そ、そうだね。そ、そうできるなら、い、一考はすべきだ。ぼ、僕らは人国の安全を第一に考えるのが仕事だ。し、少数の犠牲で大多数が救えるのなら、そ、その選択肢を選んで少数を切り捨てることだって、し、しなくちゃいけない。か、彼の安全を第一にして、ほ、他の不特定多数の国民に危害が及ぶなんていう事態は、ふ、防ぐべきだ。そ、そんなことは知っているだろう?」


「……ああ、解ってる。解っちゃいるがッ!」


「そ、それに。き、決めるのはベルゲンさんだ」


 キイロさんはそうおっしゃると、ベルゲンさんの方を見ました。彼の言葉に、オーメンさんは苦虫を嚙み潰したような顔をされていましたが、それでも何とか私を救おうとしてくださっているのが、よく解ります。


 しかし、キイロさんやイザーヌさんがおっしゃることも、また解ります。私の立場は、相当にややこしいものになってしまいました。こんな私一人で何か利益が出るのであれば、それを迷う必要もないのかもしれません。そうなってしまえば、私が、どうなるのかも……。


 ああ、やはり。私は誰かの都合で、今後も生きていかなければならないのでしょう。どうなるのかは解りませんが、少なくとも士官学校には戻れませんし、もう皆さんに会うこともできないのでしょう。


 最初に魔国に召喚された時と同じ。今度は人国内で、似たような軟禁生活を送り、時期が来たら魔国にでも送られてしまうのですね。なんだかんだありましたが、結局は魔国と人国で環境が違えど、前と同じ状況に戻ってきたと、そういうことですか。


「…………」


 そしてそれを決めるのは、話を聞いている感じだとどうもベルゲンさんみたいです。彼らのやり取りを黙って聞いていた彼でしたが、その一言で、私の今後は決まってしまうのでしょう。


「……このままで良いでしょう」


 やがて口を開いたベルゲンさんは、そうおっしゃいました。

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