第228話 貴方だけはッ!
痛い、熱い。そんな言葉だけでは済まないくらいの衝撃と熱量。制御不能となり、飛び散った一部だけだというのに、この威力。これが、私が扱っていた、黒炎なんですね。
私はノルシュタインさんから受け継いだ"刹那眼(クシャナアイ)"でもって加速し、マギーさんの元へと急ぎました。
それはもう本当にギリギリのところで、防御魔法を展開する考えも浮かばないままに彼女の前に立って、黒炎を身体で受け止めます。
身体を焼く、地獄の業火の威力。私は今、それを実感していました。こんな、恐ろしい力を、私はずっと他の方々に……。
「…………。ッ!? あ、貴方はッ!?」
「だい、じょうぶですか、マギー、さん……?」
「マサトッ!?」
呆然とされていたマギーさんでしたが、どうやら無傷のようですね。意識も戻ってきたみたいで、本当に、良かったです……。
「う、くぅぅぅ……ッ!」
「マサト、マサトッ!? しっかりしてくださいましッ!」
私は思わずうずくまってしまいました。黒炎を受けて深刻なダメージを受けただけではなく、意識が戻ったばかりで身体も本調子ではありません。
加えて、"刹那眼(クシャナアイ)"を初めて使用したことで、身体中がいつもとは比べ物にならないくらいの可動をした為に、悲鳴を上げていました。
「マサト、君……? 君、どうして……オドを全て、抜かれていた筈では……それに、先ほどの、魔法は、ノルシュタインさんの……何故……?」
状況はどうなったのか。身体の痛みを無視して無理やり顔を上げてみたら、信じられないものを見る目でこちらを凝視しているベルゲンさんの姿がありました。
その姿は怪我をされたからか、それとも返り血を浴びたからなのか、血で染まっています。しかし真っすぐ立っていらっしゃるところをみると、おそらく後者である気がしました。
「……あら。マサト、君……?」
やがて遥か上の方からも、声が落とされてきました。悪魔の胃袋(デビルモウ)と呼ばれたそびえ立つ船の上へと目を向けると、そこには驚いた表情でこちらを見下ろしているバフォメットがいます。
「……な~んで生きてるのか、し、ら? アンタの生体オドは、ぜ~んぶここに入れさせてもらったし、そもそも禁呪を使った代償はどうしたの……」
「貴方……だけはッ!」
そして、私はキッとバフォメットを見上げて睨みつけます。私にしたことに加えて、マギーさんを危険に晒したこと。そして皆さんを傷つけたことは……絶対に許しませんッ!
怒りのままに、私は体内に残った黒炎の残火を燃やしました。しかし、以前のように自由自在にとはいきません。体内の黒炎のオドはほんの一部であり、イメージとしては火種が残っているだけのようなものです。
「……ならば、こうすれば……ッ!」
「マサトッ!? 貴方、そんな身体で一体何を……?」
身体各所からの痛みとマギーさんの言葉を全部無視して、私は空中に魔法陣を描きました。残り火を体内のオドに引火して燃やし、更に自然界にあるマナを追加して補います。オドとマナを両方使って黒炎の熱量を上げ、魔法として機能させるッ!
「"黒炎噴(B.F.ブースト)"ッ!!!」
魔法陣に黒い炎が走った時、いける、と確信を持った私は呪文を叫びました。すると、足の裏からマナで燃やした黒炎を噴射して、私は飛び上がります。
「……は? 何、今の? アンタ、なんで黒炎を……」
「"黒炎剣(B.F.ソード)"ッ! オオオオオオオオオオオオッ!!!」
更に空中で魔法陣を描き、手の中に黒炎を固めた剣を出現させます。その勢いのままにバフォメットに斬りかかりましたが、
「……"蒼炎剣(サファイアソード)"」
バフォメットは青い炎の剣を出して、それを受け止めました。片手で黒炎のオドが入った水晶を持ったまま、もう片方の手で私の一撃に対応しています。
そのまま悪魔の胃袋(デビルモウ)と呼ばれた船の上で、剣戟へと移行しました。私はそれを、焦らずに、冷静に、攻めます。最初の一撃で決まるなんて、欠片も思っていませんでしたから。
「……アンタ。ど~いうことか説明しなさいな。何で生きてるのか。そして何で黒炎をまだ使えるのか……」
「教える、義理は、ありませんッ!」
前魔王ルシファーにお詫びとばかりに託された、黒炎の残火。そして、こんな私を助けてくれた、もう一人。威勢の良かった、あの人の力。
「オオオオオオオオオオオオッ!」
まだ、まだです。マギーさんを助けるのに一度使ってしまいましたから、次のチャージが終わっていません。もう少し、粘れれば……ッ!
「……"黒炎環(B.F.サークル)"」
「クッ……グアアッ!?」
しかし、バフォメットが展開した黒炎の炎によって、私は一度、距離を取りました。その瞬間、私の身体各所に痛みが走り、膝をつきます。
す、少しだけ耐えてくれたら、良いですから……持って、ください、私の身体……ッ!
「…………」
訝しげな様子でそんな私を見ているバフォメットでしたが、やがて声を上げました。
「……もう一回、アタシが直々に捕まえてあ、げ、る。気になることが多すぎるわ。"黒炎弾(B.F.カノン)"」
「くっ……なァッ!?」
放たれた黒い炎の塊を、私は必死こいて避けます。しかし次の瞬間。バフォメットはこちらへ向かって、突進してきておりました。
ま、不味いです。このタイミングでは、魔法陣を描いている暇も、ましてや避けることも……。
「……や~っぱり、まだまだみ、じゅ、く、ね~。ほうら、大人しくアタシに身を委ねなさい」
「……ッ!?」
丁度その時。私の瞳に魔力が満ちました。チャージ、完了ですッ!
「"刹那眼(クシャナアイ)"ッ!」
私は即座に、瞳に宿る魔法陣を展開させました。ノルシュタインさんから受け継いだ力。超々加速を可能にする刹那の眼。
魔法が発動すると同時に、周囲の時が止まったかのような世界に変わります。この中で私だけが、いつも通り動ける。
しかし、今の私の身体能力では、この中でひと動作するのが精一杯です。眼に残った記録では、訓練したノルシュタインさんは、三動作くらいまでなら行けたみたいなのですが、私ではまだ……。
この一瞬。ひと動作しかできないのであれば、ただ相手の攻撃を避けるのではなく。
「……ォォォオオオオオオオオオオオオッ!!!」
攻めるッ! 私はそのまま、私だけの時の中で、バフォメットの胸目掛けて黒炎の剣を突き立てようとし、
「ガァ……ッ!?」
二度目の"刹那眼(クシャナアイ)"の使用に身体が耐え切れなかったのか。強烈な痛みが身体に走って、手元が狂いました。
その結果、私が突き出した黒炎の剣はバフォメットの胸ではなく、腹部に突き刺さります。そして、時が動き出しました。
「……ぁぁぁああああああああああああああッ!?」
「や、やった……ガフッ!?」
ズレたとはいえ、あのバフォメットに一撃を入れられました。しかし、そんな喜びもつかの間。気が付いたら腹部に剣を突き立てられていたバフォメットは、叫び声をあげました。そして半狂乱のままに、私の顔面を殴り飛ばします。
勢いよく吹き飛ばされた私は悪魔の胃袋(デビルモウ)からも弾き出され、ルイナ川の辺りに叩きつけられます。
「く……ああああ……ッ!」
叩きつけられた衝撃に加えて、殴られた痛み。そして元々倒れていたことに加えて、二度の"刹那眼"の使用によって、最早立てませんでした。
あと魔法一発か、無理すれば二発いけるかもしれませんが……その前に、身体が言うことを、聞かな……。
「マサトッ! しっかり、しっかりしてくださいましッ! 貴方は、なんて無茶を……ッ!」
「ま、マギーさん。来て、くれたんです……」
「よくもアタシの身体に傷をつけてくれたわね、このクソガキがァァァッ!!!」
駆け寄って私の上半身を起こしてくれたマギーさんに感謝を伝えようとしたら、上から怒声が降り注いできました。
顔を上げてみると、黒炎で焼け爛れて血も流れていない腹部を押さえながら、悪魔の胃袋(デビルモウ)からこちらを見下ろしてきたバフォメット。その顔にはいつもの余裕そうな表情はなく、怒りを剥き出しにしていました。
「「バフォメット様、そろそろお時間で……ど、どうされたのですか、バフォメット様ァッ!?」」
やがて彼の元に現れたのは、あの双子の悪魔ことレイメイでした。彼が怪我しているのを見て、目を丸くしている。
「何よッ!? 報告ならさっさと上げなさいッ!」
「「お、お怪我の方は……?」」
「レイメイッ!?」
「「は、はい、バフォメット様……ひ、人国軍がルイナ川の封鎖を始めております。そろそろ出発しないと……」」
「……"剣閃付与(ソードエンチャント)"」
「「ああああッ!!!」」
「な……ッ!?」
その時。オロオロしていたレイメイの二人の背中から血飛沫が舞いました。倒れた二人の背後から姿を見せたのは、人国軍の軍服に身を包んだスキンヘッドの男性。
「……マサト君に気を取られ過ぎましたな。流石は魔族。脳みそが足りてない……お陰で、ここまで来ることができましたよ」
「ベルゲン=モリブデンッ!」
バフォメットが憎々しげにその名を呼んだ、ベルゲンさんでした。
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