第226話 起きた彼と危機の彼女


『マサトッ!』


「マサトッ!」


 気がつくと、私は名前を呼ばれていました。ハッと意識が戻ってきて目を開けると、そこには心配そうな表情でこちらをのぞき込んでいる、何故か懐かしく感じる、彼女らの姿が。


「オトハ、さん……ウル、さん……」


『ッ!? ま、マサトーッ!』


「マサト~ォッ!」


 私が二人の名前を呼ぶと、彼女達はこちらに抱きついてきました。あたたかい彼女達の体温を感じ、私は現実に戻ってきたんだ、ということを再認識します。


『目を、覚まして、くれて……また、会えて……本当に……本当、に……ッ!』


「ボクを置いていくなんて、絶対に許さないんだからねッ! バカ、バカッ! 心配させて……このバカマサト~ッ!!!」


 涙ながらにそう声を上げているお二人を見て、私はいかに皆さんに心配をかけてしまったのか、という事を再認識しました。私を、ここまで心配してくださるなんて……。


「……ありがとう、ございますオトハさん、ウルさん……もう、大丈夫ですから……」


「お、起きた、のか……兄弟……?」


「に、兄さんッ!」


「マサト様ッ!」


 やがて、別の場所からも声がしました。私が身体を起して見ると、少し離れたところにボロボロになっている兄貴と、彼を起こしているシマオ、そしてイルマさんの姿があります。


「よ、良かった……ヘッ、あのオカマ野郎、終わったなんて、嘘八百だったじゃ……ねぇか……」


「む、無理すんなノッポッ! お前だってボロボロなんやから……」


「エドワル様、無理はいけないのでございますッ! 威力が低かったとはいえ、黒炎をモロに受けたのでございますッ! 安静になさってくださいでございますッ!」


 彼らの言葉から、少しずつですが、状況が掴めてきた気がします。皆さん、私を助けに、来てくださったんですね……こんな私を、そんなになってまで……。


『……本当に、ありがとうございましたッ!』


「マサトを助けてくれて、本当にありがとうノルシュタインさんッ!」


 ふと気が付くと、私達の傍らにはあの威勢の良い人国軍の軍人、ノルシュタインさんがいらっしゃいました。片膝を地面につけた体勢のまま固まり、目を閉じていらっしゃいます。


「ノルシュタイン、さん……」


 私は恐る恐る彼に手を伸ばしました。先ほどの精神世界か夢か知りませんが、その場所で彼はまるで今生の別れであるかのような事を言っておられました。しかし、もしかしたら、あれは嘘だったのではないかと、淡い期待を込めて彼の頬に手を伸ばしますが、


「う、うーん……ハッ! こ、ここは一体……ッ? き、君、どうして起きられてるんだいッ!?」


 すると、何故か私の近くで倒れていた人国軍の男性の方が目を覚ましました。その声に、私はビクッと身体を震わせ、ノルシュタインさんに向けて伸ばしていた手を止めます。


「ちょ、ちょっと失礼するよ……嘘、だろ……オドが回復してる……今何時……この短時間でッ!? ノルシュタインさんッ! 貴方一体何を……?」


 そして、私に向けて魔法陣を展開し、信じられないといったご様子。そのまま近くで固まっているノルシュタインさんを見た人国軍の方が、言葉を切りました。彼をみて、顔を真っ青にしています。恐る恐る彼の頬に触れ、慌てて魔法陣を展開して……。


「……急げッ! 急患だッ! 大佐が……ノルシュタイン大佐が不味いッ!!!」


 やがて周囲に向かって声を荒げました。その勢いに私達三人は、身体を震わせます。戸惑っているオトハさんとウルさんですが、私はその様子を見て、ああ、と納得してしまいました。


 そう、ですか……ノルシュタインさんは、やは、り……。


『い、一体、どうしたの……? ノルシュタインさんに、何が……?』


「な、何がどうだって言うのさ……? ノルシュタインさんがオドを使いすぎて、不味い、とか……?」


「早く運べッ! テステラまで連れて行ければまだ……ッ!」


 数人の人国軍の方々がノルシュタインさんを担ぎ上げて、運び出しました。竜車に彼を乗せ、そのまま勢いよく走り出します。


「……君は、大丈夫なのか?」


「えっ? ……あ、はい……」


 呆然とその様子を見ていた私でしたが、ふと、先ほどまで倒れていた人国軍の方が私に向かって尋ねてきました。いきなりだったので、少し間が空いてしまいましたが、私は大丈夫です、とお返事をします。


「そう、か……それなら、良かった……大佐も、喜んでくれるだろうさ……念のために再検査はするよ……」


「……はい」


「か、各隊魔法用意ッ! も、目標は魔国の船の悪魔の胃袋(デビルモウ)……」


 そうして彼に魔法陣を展開されて身体を診てもらっている時に、キイロさんが声を上げる様子が見えました。


「……い、いや、魔皇四帝バフォメットだッ! は、放てーッ!!!」


「「「"炎弾(ファイアーカノン)"ッ!!!」」」


「そんな程度じゃアタシの黒炎は破れないわよぉッ! "黒炎壁(B.F.ウォール)"ッ!!!」


 離れてはいますが、まだ戦いは終わってはいませんでした。キイロさんの号令に続いて放たれた複数の"炎弾"は、悪魔の胃袋(デビルモウ)と呼ばれた相手の船の天辺にいるバフォメットによって防がれていました。彼が展開した黒い炎の壁が、炎の塊を次々と飲み込んでいきます。


「お、か、え、しッ! "黒炎弾(B.F.カノン)"、"七星(セブンス)"ッ!!!」


「そ、総員防御陣形ッ! だ、"断魔・流刃一閃"ッ!!!」


「「「ぎゃぁぁぁああああああああッ!!!」」」


「く、ク……ッ!」


 やがては黒い炎の塊がこちらへと飛来し、各人国軍の方々が防御魔法を駆使して防いでいますが、"黒炎弾"はそう易々と止められる事もなく、一部の方々は黒い炎に焼かれています。斬り裂いたキイロさんですら、その余波を受けてよろめいていらっしゃるのですから。


「……"剣閃付与(ソードエンチャント)"」


 その下では、船から降りてきている悪魔族の兵士と白兵戦を演じているベルゲンさんの姿がありました。淡い光を宿した両腕で、次々と魔族を斬り裂いていきます。そして少し離れたところにいらっしゃるのは……。


「"花は風をいなす(パリィ・フレクション)"ッ!」


 金色の髪の毛をなびかせながら、見たこともない真剣を振るって悪魔族の相手をしているマギーさんの姿がありました。どうして、どうしてマギーさんがあんな所に……?


「ッ!? お嬢様、いつの間にあんな所へッ!? いけませんでございますッ! お嬢様に何かあれば、ご主人様に顔向けが……クゥッ!?」


「あ、あかんってメイドさんッ! 足の傷、まだ癒えてないんやから……」


 イルマさんもびっくりされていますが、何故か足を抑えていらっしゃる彼女ですが、これももしや、私の関係で怪我をされてしまったのでしょうか。気になりますが……それ以上にマギーさんが、どうしてあんな最前線に立たれているのか。そちらについても、物凄く気になります。


 あそこは、文字通りの鉄火場、戦場です。今までの相手を殺さないような模擬戦などではなく、本当の命の奪い合いをする場所。そんな所に、どうしてマギーさんが……。


「ァァ……アアア……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 やがて、マギーさんが絶叫している声が聞こえました。そのままやたらめったらに自分が倒した筈の相手に斬りかかっており、とても正常な状態には見えません。


「い、行かなきゃ……」


 状態を診てくれていた軍人の方が、報告の為にいなくなったその時、私は痛む身体に鞭を打って、立ち上がろうとしました。どれくらい寝ていたのか、身体の節々がビキッっと痛みますが、そんなもの気にしている場合ではありません。


 戦っている彼女を、私は助けたい。いえ、助けなければいけません。まだ、彼女には、何も言えていないのですから。こんな所でお別れする訳には……。


「グゥゥゥ……ッ!」


『だ、ダメだよマサトッ! まだ起きたばっかりなんだよッ!?』


「そ~だよッ! 無理したら駄目だって、また倒れたらどうするつもりなんだいッ!?」


「で、でも、マギーさんが……」


「ッんとにじゃじゃ馬ね、黒炎ってのはッ!!!」


 すると、バフォメットの苛立ったような声が聞こえてきました。


「アタシの言う事が聞けないってのッ!? これだから地獄の業火は……きゃぁあああッ!!!」


 すると、バフォメットが持っていた黒炎のオドを閉じ込めた水晶から黒い炎が溢れだし、四方八方の滅茶苦茶に飛び散り始めました。


「「「ぎゃぁぁぁああああああああッ!!!」」」


 幸いにして私達がいる方までは飛んできていませんでしたが、船の元で白兵戦をしていた彼らはそうはいきませんでした。敵味方関係なく焼いていき、人間が、魔族が、黒い炎に飲まれて苦しみの声を上げています。


「お、お嬢様ァァァッ!!!」


 イルマさんが声を上げています。その黒い炎の一片が、いつの間にか座り込んでいるマギーさんに向けて飛んでいっていたからでした。


「ッ!?」


 駄目、です。あのタイミングでは避けられません。間に、合わない……?


「……いえッ! 諦め、ませんッ!!!」


 私は一度目を閉じると、カッと目を見開きました。

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