第201話 現れた天才


 わたくしの悪い予感は、どうしてこうも当たってしまうのでしょうか。


 強烈な勘に苛まれて声を上げた直後。濁流のような蝙蝠の群れが飛来し、そこから沢山の魔族が現れます。


 全員。黒く長い髪の毛を持ち、真紅の瞳と口元には牙を持っています。


「な、なんだありゃあッ!?」


「こ、蝙蝠ッ!? あんな数見た事ないでッ!?」


「皆さまお気をつけをッ! おそらくは魔族の援軍でございますッ!」


 野蛮人と変態ドワーフが声を上げる中、イルマの鋭い注意が飛びます。


「これは……ッ!」


「蝙蝠でありますッ! と言うことはもしや、この部隊は……ッ!」


 あまりに急な展開に、ヴァーロックに向かっていたベルゲンさんとノルシュタインさんが、一度距離を取りました。


 状況もわからないままに攻め入る事は流石に危ない、と言う判断でしょうか。


「……まさ、か……この、蝙蝠はッ!?」


「……よー。ヴァーの旦那」


 やがて対峙する両者の間に、一陣の蝙蝠の群れが渦を巻いたかと思うと、それは人の形を作りました。やがて飛び去った後には一人の魔族の姿があります。


 何やら軽薄そうな声色で、その方はヴァーロックを呼んでおりました。魔狼部隊の部隊長である、あのヴァーロックを。


「ノーシェンッ!?」


「ひっさしぶりだなー、ヴァーの旦那。元気そーじゃん?」


 黒髪長髪で金色の瞳を持ち、軽い調子で話しかけているその魔族。口元の牙や先ほどの蝙蝠を見る限り、恐らく彼は……。


「……魔王直属。吸血鬼のみで構成された、汚れ仕事を請け負う蝙蝠と呼ばれる部隊」


「その頭目と言えば間違いありませんでありますッ! 吸血鬼のノーシェン殿ッ!」


 わたくしの予想を、ベルゲンさんとノルシュタインさんが肯定してくださいました。


 彼は魔族である吸血鬼……ノーシェン、とおっしゃるのですか。


「ノーシェンッ! お前、なんでここに……?」


「いやなんでは無いっしょ、ヴァーの旦那。バフォのオカマの動きを怪しんだウチの上司の命令でその内行くかもーって、ちゃーんと手紙で言ったじゃんよー、オレ。ホウレンソウは大事よ? ま、もう一人びっくりするゲストも来るんだが……」


 そいつはちと遅れてるみてーでな、とノーシェンは口にしました。


 敵側の援軍には違いないのですが、ヴァーロックの様子からはどうも予想外の救援であるようです。


 戦いの最中であると言うのに、まるで旧知の友に久しぶりに出会ったかのような調子のノーシェン。


 見たところ、隙だらけにしか見えませんが…….。


「…………」


「…………」


 ノルシュタインさんとベルゲンさんの両名が、黙ったまま仕掛けていないと言う事は。おそらくは見かけに反して、全く隙がないのでしょう。


「ちーとばかし遅れはしたが……間に合って良かった良かった。なーに一人でノルシュタインとベルゲンなんか相手にしてんだよ、ヴァーの旦那。おまけに仮面親衛隊までいんじゃん。そんな楽しそうなことなら……オレらも混ぜろよ、なあ? やれ、蝙蝠共……」


 その一言で、周囲にいた複数の吸血鬼達が一斉に襲いかかってきました。同調して生き残った魔狼達も士気を上げています。


「クソッ! やるぞキイロッ!」


「り、りょーかいだよ、オーメンッ!」


 それに対抗するのは、オーメンさん。そしてキイロさんと、彼の率いる仮面親衛隊の皆さんです。


 周囲が乱戦になった中。ヴァーロックとノーシェン。そしてそれに対峙しているノルシュタインさんとベルゲンさんは、まだ膠着状態でした。


「……すまん、な……お前にはいつも、助けられている……」


「気にすんなよ、ヴァーの旦那。助けられてんのは、お互い様さ」


「……ベルゲン殿ッ!」


「……ノルシュタインさん」


 やがて会話が一区切りした辺りで、お二方が駆け出しました。そのままヴァーロックとノーシェンに向かっていき。


「……やらせはせんッ!」


「おおっと。オレの相手はアンタかい? ベルゲン=モリブデン」


 ヴァーロックの相手をノルシュタインさんが。ノーシェンの相手をベルゲンさんが勤める事になりました。


「この状況で貴殿の"全感覚(ファイズセンス)"に対抗できるのは、私の"刹那眼(クシャナアイ)"だけなのでありますッ! 申し訳ありませんが、もうしばらくの間ッ! 私と戦っていただくのでありますッ!」


「相手にとって、不足なしッ! 来い人間、ノルシュタイン=サーペントッ! この私、魔狼ヴァーロックが相手だッ!」


「魔国の魔法の天才。吸血鬼ノーシェンですか……はっはっはっは。何とまあ、素晴らしい獲物ではありませんか」


「おー、怖。アンチ魔法使いのアンタ相手とか、マジ勘弁なんだが……舐めんなよ人間風情が。吸血鬼の恐ろしさ……そのハゲ頭の脳髄まで、しっかりと叩き込んでやる」


 そうして、一対一が二箇所で行われる事になりましたわ。


 ノルシュタインさんとヴァーロックの戦いは、基本的には剣戟です。互いに剣を振るい、相手の斬撃を受け止め、そして攻撃へと転じております。


「今でありますッ! "刹那眼(クシャナアイ)"ッ!」


「させんッ! "全感覚(ファイズセンス)"ッ!」


 しかし時折、全く目では追えないような攻防が繰り広げられていましたわ。


 お二方が消えたかと思ったらいきなり現れ、そして遅れて剣の打ち合う音がけたたましく響いてきます。


 あれが、お二人が持つ力なのでしょうか。一体、どんな……?


「"炎(ファイアー)"、"氷(アイス)"、"雷(サンダー)"、"闇(ダークネス)"、"光(シャイン)"……"五属連牙弾(マルチガトリング)"ッ!!!」


 対して。ベルゲンさんとノーシェンの戦いは魔法戦でした。


 ノーシェンが放ったのは、基礎と言われている"炎弾"等を、連続して解き放つと言う、全く見たこともない魔法ですわ。


「な……ッ!?」


「なんだありゃあッ!?」


「あ、あんなんあんのかァッ!? 教科書の何ページに載っとるんやァッ!?」


 わたくし達の驚きの中、ベルゲンさんは顔色一つ変えずに、自身の右手を真っ直ぐ横へと伸ばします。


「……"分割領域(スプリット)"」


 そうして彼が魔法陣を展開させると、薄青色の膜のようなものが彼の周りに展開されます。


 飛んできた炎や氷がそれに触れると、それはまるでバラバラに分解されたかのように細かく散っていきました。


「……噂どーり。スゲーなぁ、その魔法。魔力の分解なんざ、どういう原理でやってんだか……」


「……天才なんて呼ばれてる貴方が、そんな事も解らないのですか?」


「いんや? 解らなかった、が正しいけどな……直に見させてもらったお陰で、何となく検討はついたよ……」


「……やはり、貴方は危険ですね。ここで殺しておきたい程度には。"炎弾(ファイアーカノン)"」


 今度はベルゲンさんが魔法を放ちますが、ノーシェンはそれを見るとニヤリと笑います。


「……"吸収変換(アブソープション)"」


 すると、ノーシェンの前に回転する魔法陣が現れると、ベルゲンさんが放った炎の魔法がその中に取り込まれてしまいました。


 魔法陣はそのまま回転を続けながら光っており、やがてノーシェンが言葉を続けます。


「倍にして返すぜ。"五属連牙弾(マルチガトリング)"ッ!」


「…………ほう?」


 そしてその魔法陣から先ほどと同じ、無数の"炎弾"等が発射されます。しかしそれは、ベルゲンさんの"分割領域"で、全て散らされてしまいました。


「……参りましたねえ」


 それを見たベルゲンさんが、小さくため息をついています。


「私の魔法を魔力に戻し、それを利用して自身のオドを使わずに魔法を行使するとは……魔法を使えば、私の方が損をする、という事ですか」


「へー。一回見ただけで結構解ってんじゃん。やるなハゲ」


「いえいえ、それほど……でもッ!」


 ベルゲンさんは言葉と共に距離を詰めに行きました。


「"剣閃付与(ソードエンチャント)"」


 自身の手に剣を宿しながら。そうですわ、魔法が通じないのであれば、直接叩きに行く他ありません。


 幸い、ベルゲンさんにも"分割領域"がある為、魔法は通じません。距離を取ろうと魔法を使おうが、彼なら怯みもしないでしょう。


「……ったく、面倒くせぇなァ、ハゲがよォッ!」


「……それはこちらとて同じこと」


 やがて二人は接敵し、戦いは近距離での打ち合いへと発展しました。


 ノルシュタインさんとヴァーロックのやり合いにも匹敵する、ハイレベルな肉弾戦が。

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