第160話 詰問は突然に
あれから少し経ち、お昼休みになった私は学校の屋上に向かっていました。何故かと言うと、マギーさんに呼び出されたからです。
「屋上でお待ちしておりますわ。一人で、来てくださいまし」
短くそう告げられた私の頭の上にはハテナマークが大量に浮かびましたが、まあ呼ばれたなら行きましょう。相手はマギーさんですし。
屋上へ続く階段を登りつつ、私は体育祭の帰り道。魔狼に襲われたあの日の事を思い出していました。
あの日。ボロボロになった皆さんを介抱し、事の顛末を皆さんから聞いた私はびっくり仰天でした。まさか魔国の軍人が私を攫いに来たとは。
気絶した魔狼はオーメンさん達に引き取ってもらいました。その際にノルシュタインさんも来てくれて、
「こちらの不手際で危ない目に遭わせてしまい、本当に申し訳ありませんでありますッ!!!」
といつもの威勢のよい声で、頭を直角に下げて謝っていただきましたが、私は大丈夫ですと返しました。
フランシスさんの助けもあり、イーリョウさんの時のように自爆されて、大事になることもありませんでした。
私を守ってくださった皆さんは病院にかかることになりましたが、そこまで大きな怪我もなかったので本当に良かったです。ただ、しこたま叩かれたらしい私の両頬はめっちゃ痛かったんですが。
しかし、連れて行かれた魔狼については、かなり気になります。イーリョウさんの時とは違い、この魔狼は最初から私の事を知っているようでした。
私が黒炎を解放して正体をバラした訳でもなく、普通にしていた所を襲ってきたのです。
それはつまり、魔国に私の事がバレている可能性がある、ということです。
「その辺りも調査中でありますッ! マサト殿は今まで通りに生活なさってくださいッ! 変にこちらが事を起こすと、逆に向こうが感づかれていると思われ、今回のように強硬手段に出てくる可能性もありますッ!」
その辺りをノルシュタインさんに相談したら、まだ今まで通りにしていてくれと言われました。おっしゃることは解るのですが、しかし不安は拭えません。
今回のように、私の事で皆さんに迷惑をかけてしまったこともあります。対外的には戦争時の魔国の生き残りが暴れた、と言う形で話がなされていますが、それでも真の原因は自分なのです。
今後、これ以上皆さんに迷惑をかけないように皆さんと一緒にいる為には、私は何をしたら良いのか……そんな悩みが、頭の中に残っています。
「……しかし。わざわざ私だけを呼び出すなんて、何の御用なのでしょうか?」
考えても考えても答えの出ない悩みで、もしかしたらこれは以前ウルさんがおっしゃってたような、自分だけでは答えが出ない類いの悩みかもしれません。
自分一人で答えが出ないなら、オトハさんやウルさん、そしてノルシュタインさん達ともう一度話し合ってみるしかありません。
一人では、無理なこともある。なら、これ以上無理やり考える必要もありません。
そう思って、私は回想から戻ってきました。階段もあと僅かとなっており、そろそろ屋上です。
扉を開けると高く昇った太陽からの眩い光と風が吹き込んできて、私は一瞬目を閉じました。
ちょっとずつ視界を開けると、少し離れた真正面の所に腕を組んでご自身の胸を持ち上げ、仁王立ちしているマギーさんがいらっしゃいます。
「来ましたわね、マサト」
「はい、今来ました……」
屋上に踏み込んだ私は扉を締め、マギーさんの方へと寄っていきました。辺りを見回してみても、彼女以外には誰もいなさそうです。
「どうしたんですか、急に?」
「……いえ。ただ少し、貴方とお話したいと思いまして」
マギーさんは少し目線を落としたかと思うと、まるで覚悟を決めたかのように私の方をキッと見てきました。その強い視線に、思わずビクッとしてしまいます。
「な、なんですかマギーさん? 私、何かしましたか……?」
まるで今から怒られる前みたいな雰囲気を感じて、私は声が上ずってしまいます。
何でしょうか。何かマギーさんの逆鱗に触れるようなことをしてしまったのでしょうか。
「いえ別に。わたくしは特に怒っている訳ではありませんわ」
「そ、そうなんですか……」
その割には剣幕が凄いと言いますか、真剣さが伝わってくるのですが。
「わたくしはただ、貴方に聞きたいことがございまして」
「は、はい。何でしょうか……?」
若干引き気味になりながらも、私はマギーさんの聞きたい事とやらを待ちます。これだけ真剣な表情でかつわざわざ単体で呼び出して聞くこととは、一体何でしょうか。
「マサト……貴方はわたくしに、何か隠し事がございませんこと?」
「ッ!?」
しかし次の瞬間にマギーさんから放たれた言葉に、私は自分の心臓が飛び上がる思いでした。隠し事がないかと、彼女はそう聞いてきます。
「な、なんですか藪から棒に……? わ、私は別に隠し事なんて……」
「この前の魔狼の襲撃について」
しどろもどろになりながら返事をした私に、マギーさんが被せてきました。
「貴方は気絶しておりましたが。あの日、あの魔狼はしっかりとした意志を持って、貴方を攫おうとしていました。つまり、あの魔狼には、マサトを攫わなければならない理由があった、ということです」
「は、はあ……」
マギーさんの言葉を聞きつつ、私の背中に流れる冷や汗が止まりません。
「詳しくは解りませんが、あの魔狼はおそらく、魔国の軍人ですわ。ヴァーロックという名を口にしておりましたし、イルマに調べさせたら魔国の軍隊に魔狼族で構成された部隊があること。そしてそこの長が、ヴァーロックという名前であることも判りました」
「そ、それが一体……」
「ヴァーロックという名の魔狼は、現在は不明ですが、以前はかなり偉い方だったという話です。そんな人の部下がマサトを攫おうとしていたなんて、よっぽどの事がない限りあり得ませんわ!」
「ッ!?」
ずい、っと私の方へと寄ってくるマギーさん。
「今までは貴方の事情もあるだろうと詮索はしませんでしたが……今思えばウルリーカの時も、あの魔狼はマサトを連れて行こうとしていました。二度目ともなれば、さしもわたくしも偶然などとは思えなくてよ」
「ま、マギーさん……私は、あの……ッ!」
「……わたくしは、マサトの事を、大切な友人だと思っておりますわ」
何か言葉を投げなくてはと声を上げた私を遮るかのように、少しうつむき加減になったマギーさんは続けます。
「貴方が隠し事をしているかもしれませんが……それはわたくしを、そして他の友人らを酷い目に遭わせようとか、そんな事の為ではないと思っております。だって貴方は……優しい、方ですもの」
「マギー、さん……」
「……マサト、わたくしは貴方を信じております。だからこそ、お聞きしたいのです」
顔を上げたマギーさんの目には、決意の色が見えました。
「貴方の過去に何があったのか、どうして魔族から狙われているのか、貴方は一体何を考えているのかッ!
……どうか聞かせて、くださいまし……」
「……………………」
真っ直ぐに、彼女は私の目を見てきます。その瞳には決意と、そして少しの不安があるように、私には思えました。
魔族の襲撃で危ない目に遭わせたのは、もちろん私の所為です。私が現魔王であり、そしてその力を持ち逃げして人国に来ていて、魔族が奪い返そうと私を狙っている。
この事実は、他の人にも散々言われておりますが、簡単に他の人に話して良い内容ではありません。知ってしまう事で、更に余計な事情に巻き込んでしまうかもしれませんから。
しかし今。マギーさんはあんな目に遭ったのは私が原因だと薄々感じているにも関わらず、おっしゃいました。
信じている、と。
彼女には、本当にお世話になりっぱなしです。オトハさんと一緒に拾ってもらい、この士官学校への入学だった、彼女がいなければなし得ないことでした。
他にも鍛錬してくれたり、海に連れて行ってくれたり……彼女には、借りばかりが積み上がっています。
そんな彼女に全てを打ち明ける方が良いのか。それとも巻き込まないようにと頑なに隠し続けた方が良いのか……解りません。正解がどちらなのか、それとも第三の選択肢があるのか。
解りません、解りません、解りません、解りません……頭の中がグチャグチャになっている感覚があります。
正解は何処だ、正しいとは何だ、何が一番マギーさんの為になるのか。
じっと見つめられるその黒い瞳に、吸い込まれそうな感覚を覚えます。私はただ、それを戸惑いながら見返すことしかできません。
一体、どうしたら良いのでしょうか……。
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