第139話 体育祭前日
「そっちやそっち! だーかーら! そっちやゆうてるやろッ!」
「うっせーなチンチクリンッ! これ重てーんだから、そう簡単に方向転換なんざできねーってのッ!」
やがて練習期間も終わり、気がつけば体育祭前日となっていました。
体育祭は実行委員の指示の元、各クラスに仕事が割り当てられてそれに従って設営、そして終わった後の後片付けをすることになっています。
ちなみにシマオがあーだこーだ言ってますが、彼は実行委員でも何でもない目立ちたがり屋なのでスルーしましょう。
私達のクラスは入退場ゲートの設営と片付けです。男子数人がかりで大きなゲート用の看板を運び、女子が飾りつけをしています。
隣のクラスのウルさんは、グラウンドに置く生徒達の椅子の用意みたいです。
「やはり中央には大きな一輪の華が良いですわッ! 華麗な華が、生徒達を送り出すのですわー!」
『い、いや、マギーさん。そんな華なんて用意されたやつの中にないんだけど……』
「なら摘んできましょう! 行きますわよオトハッ!」
『えっ、ちょ、えええッ!?』
「よし。ボクも行くよ~」
なんかオトハさんがマギーさんに連れて行かれている気がするのですが、気のせいでしょうか?
あと何故か隣のクラスの筈のウルさんも見えたのですが、気のせいでしょうか。おそらく気のせいでしょう。
「……元気に、見えますね」
「そーだな」
独り言を呟いた私に、兄貴が合わせてきました。
「まさか嬢ちゃんのお袋さんが保健室の婆ちゃんの代理たぁ、思ってなかったしな」
「せやなー」
シマオもやってきます。
「……でもオトハちゃん、里で母さんになんかされてたんやろ?」
「ええ、まあ。そう聞いていますが……」
彼の言う通り、オトハさんはエルフの里で、あのフランシスさんによって教育を受けていました。彼女の魔法に対する知識の深さと腕は、お母さんによる英才教育の賜物です。
しかし、それは彼女にとって良い思い出ではありません。ずっと閉じ込められ、無理矢理覚えさせられていたのは、悪い記憶に分類されると思います。
私もジルゼミの記憶は、この世界の事を知るよい機会ではありましたが、かと言って良い思い出ではありませんから。
「……でもあのお袋さん。嬢ちゃん助けてくれたんだろ?」
「……そう、なんですよね」
そして、ここがややこしい所です。兄貴の言う通り、以前のエルフの里でフランシスさんは私達を、オトハさんを逃す手伝いをしてくれました。
何かの都合があったとか、こっちの方が待遇が良いからとか断片的な事しか言ってくれないので、彼女が何を思ってそんなことをしたのかは、未だに解りません。
だからこそ、
「……オトハさんも、どうしたら良いのかわからないんじゃないでしょうか?」
「……そーだろーな。微妙だろーよ」
「悪い思い出の一つなのに、助けてくれたんやもんなぁ……まー、人には色んな面があるっちゅーけども……」
最近少し元気のなかったオトハさんについて、私達は勝手にそうなんじゃないかと思っていました。実際に本人に聞いた訳ではないので、真意は不明です。
しかし、私とウルさんと三人で保健室に行ったあの日から、彼女の気持ちが沈んでいるように見えたのも事実です。
状況的には、そうとしか考えられませんでした。それを気遣ってか、マギーさんやウルさんも、オトハさんを連れ回したりしているみたいです。
「……つってもパツキン。嬢ちゃんの事振り回し過ぎじゃね?」
「……それもせやな」
「……昨日も女子会とか言って、放課後に何処かに行ってませんでしたっけ?」
とは言え、マギーさんも少々やり過ぎなような気がします。あの人は体力が有り余っていますので無問題なのでしょうが、連れて行かれるオトハさん達は大丈夫なのでしょうか?
まあ一応ここは士官学校ですし、体力作りの授業も多めなので、多分大丈夫だと思います。
「……にしても、ビビったよな」
「……せや。まさか、やったからなぁ……」
「? 何の話ですか?」
すると、兄貴とシマオがうんうんとうなづいています。一体何の話でしょうか。
「そんなもんオメー、嬢ちゃんのお袋さんに決まってんだろ?」
「せやせや。何てったって、あのオトハちゃんからは考えられんようなスタイル! そしてそれを惜しげもなく見せるあの服装!」
ああなるほど、その話でしたか。それなら私も加われますね。
ちなみにフランシスさんの服装についてはグッドマン先生が幾度となく説教しているのですが、彼女は全く意に介していないのだとか。いや肝が太過ぎませんか、あの人。
「あんなボンキュボンがエロ装束とか反則やろ~……」
「スタイル抜群ですよね、あの人。それこそマギーさんに負けないくらいの」
「そーだな兄弟。で、どっちがデカいと思う?」
「うーん、悩みますねぇ……両者共に大きいですから……」
「ワイ的にはお姉さまの方がデカいと思うんやけど、どーなん? あの海で見た衝撃が忘れられへんのや」
「あれはマジでタプタプだったよなぁ……また見てー」
「衝撃で言えば、私はフランシスさんについて凄い事があったんですが……」
「おっ? なんだなんだ? 聞かせてもらおうじゃねーの」
「そーいや、兄さんはエルフの里であの人に会ってたんやったな。何があったん?」
「実はあの時ですね……」
『楽しそうなお話してるね』
私があの肌色の思い出を語ろうとしたら、不意にそんな魔導手話が聞こえてきました。
ビクッとした私達が振り返ると、そこには先ほど出て行った筈の女子三名がいらっしゃいます。
『さっきから何のお話してたの? わたしも聞きたいな』
笑顔ですけど、何処か影のあるオトハさん。
「って言うか貴方達ッ! わたくしがタプタプですってェッ!? 最近間食が増えたからか色々と危ない事を何故知って……んんんッ! 女子に対して失礼ですわよッ!!!」
普通に怒っているマギーさん。しかし、何処か違うとこを気にしているような気もします。
「マサト。まさかとは思うけど、あの話しようとしてなかった? もしそうだとしたら、ボクも色々考えなきゃいけないんだけどなぁ」
そして真顔のウルさんです。うん、これ、もう駄目かもしれませんね。
「……兄貴、シマオ」
「……おう」
「……わかっとるで」
私達は三人で顔を見合わせて、うん、と頷きました。そして声を揃えて、
「「「逃げる、全力でなッ!!!」」」
全力ダッシュを決めます。三十六計逃げるに如かず。ヤバくなったらすぐ逃げる。うん、生きるコツですね。
『あっ、逃げた』
「このわたくしが逃がすとお思いでッ!?」
「お灸が必要だね、絶対。追うよ二人とも」
当然、追っ手が来ました。さあ、ここからです。私達が生き残れるのか、それとも葬られるのかのチキンレースが……。
「お前ら設営サボって何をやっとるかァッ!!!」
その鬼ごっこに鬼面ことグッドマン先生が加わり、本当に捕まってはいけない鬼ごっこになってしまいました。
うん。これ捕まったら折檻だけじゃなくて、生徒指導室行きもセットでついてきますね。わぁ、お得だぁ……よし。
捕まってたまるかァァァッ!!!
私は全力ダッシュを止めないことを、心に決めました。
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