第129話 誠に申し訳ありませんでした


(僕の"暴威矢雨"を耐え切れば勝ちとでも思ってるのかな? 君たちは本来、僕を叩きのめして衆目に晒さないといけないのに……いつの間にか僕の大技を耐えられるか、って話になっちゃってるじゃないか。所詮は子どもだね……)


 ダニエルの心中の通り、本来エドワル達は彼を倒して他の者達に事情を説明して始めて勝利となる。


 しかし今の彼らは、ダニエルの大技を耐えることしか考えていなかった。


 なまじ二度もできてしまったが為に、彼らの頭の中には頑張れば防げる、という意識が芽生えている。


 若干そう考えるように煽って誘導はしたとはいえ、ここまで上手くいくものかと、ダニエルは内心でほくそ笑んでいた。


(……ま。お遊びはこの辺にしておこうかな。次の"暴威矢雨"で決める。万一防がれたとしても、その後に追撃を入れれば、防ぐこともできないだろうしね。あんまり長引くと、戻って説明する時に疑われるし)


 弓の弦を引き絞りつつ、ダニエルはこの後の事を考えていた。言い訳の大筋は先ほど思い浮かんだ内容で良いが、細かいところはまだだ。


 自分に疑いが向かないようにするために。自分が良く思われるために。


「ッ! 来るぞ、チンチクリンッ!」


「わかっとるわッ!」


 対する二人は、既に受け止める気満々だ。やがて、ダニエルがその引き絞った弦を解き放とうとしたその時。


 何処からともなく彼に向かって一本の矢が飛んできた。


「なっ……ぐあああッ!!!」


 まさか攻撃されるなんて思ってもいなかったダニエルは、驚愕の声と共に苦悶の声を上げる。


 矢は彼の左肩を正確に射抜いており、持っていた弓は地面に落ちてしまった。


「な、なんや一体……?」


「だ、誰、が……?」


「……あっぶねー、間に合ったぁ。頼んでおいて正解だったぜ……」


 対峙していた相手が急に矢で射抜かれて苦しみ出したかと思えば、今度は後ろから知った声がした。


 二人が振り向くと、そこには黒髪で外側にはねる形の天然パーマを持つ背の高い人間の男、オーメンがいた。


「オーメンさんッ!」


「な、なんでアンタがここにおるんやッ!?」


「二人とも無事みたいだな。いやぁ、ちょっと前を思い出すなー。あの時も俺が助けに来たんだったよな」


 オーメンは驚く二人に向かって、よっ、っと手を上げていた。


「空から矢が降るのが二回も見れたお陰でここが解ったわ。お疲れさん。よく頑張ったな二人とも。後は俺に任せな」


「貴様ッ!」


 エドワルとシマオを労って前に出たオーメンに、ダニエルが敵意剥き出しの顔で吠える。


「よくも僕を傷つけてくれたなッ! 人間風情が、僕が誰だか解ってるのかッ!? ディグレー家の当主にして、エルフの長の一族、トレフューシス家にも属しているんだそッ!?」


「いんや。アンタが誰だか知らないけどよ。アンタを撃ったのは俺じゃないぜ? 見な」


 ダニエルの怒声にも怯まずに、オーメンは右の親指で後ろを指した。エドワル達もそれに合わせて目線を送ってみると、向こうには小高い丘がある。


 その丘の先端に立って月を背負い、弓を引き絞っている一人のエルフの姿があった。それは、その場にいる全員がよく知っている人だ。


「あ、あれは……」


「き、昨日、ワイらに弓を教えてくれた……」


「……カァァァトウッドォォォォォォォォッ!!!」


 小さな身体と大きな瞳で真っ直ぐにこちらを見据えている、カートウッドであった。


 誰にやられたかを理解したダニエルは、怨念を込めに込めた声色でその名前を叫んでいる。


「お前! お前ェ! やっぱりお前は僕の邪魔をするのかッ! いつだってそうだッ! いつもいつもいつもいつも! 大会でも僕を差し置いていっつも優勝しやがってッ! そんなにチヤホヤされて嬉しいのかッ!?

 どいつもこいつもカートウッドカートウッドカートウッドカートウッドッ!!!

 ウンザリなんだよ、ホントによぉ! お前さえ居なければ僕はこんな思いをせずに済んだッ! 挙げ句お前は僕を傷つけただとォ!? 家族だからと見逃してやっていたが、もう限界だッ! 殺すッ! お前を殺すッ! 殺してやるゥッ!!!」


 積年の恨みが爆発したのか、ダニエルは今までにないくらいの勢いでそう怒鳴り散らしていた。


 その余りの豹変ぶりに、エドワルとシマオはビクッと身体を震わせる。その声色には、先ほどまで見せていた余裕さや嫌みさが一切含まれていない。


「……お兄様」


 その叫びは届いていたのだろうか。カートウッドは離れた丘の上で引き絞った弦をそのままに、そう呟いていた。


「……そうだ。オーメンさん。あいつ、パツキンにかけた呪いの解呪石を持ってやがる」


 呆気に取られていたがふと正気に戻ったエドワルが、オーメンに向けて情報を渡す。


 元々彼らの目的には、ダニエルが持っているそれを奪い取ることもあったのだ。


「呪いの解呪石だって? ……っておいおい。それってもしかして……」


「お姉さまがそれにやられたんや。なんか、人国の軍人も一発でダウンさせたとかゆーてたで……」


 シマオも口を出した。彼の言葉を聞いたオーメンは、今の話ととあることが、頭の中で急速に結びついていく。


「……なるほどな。こりゃ思わぬ収穫だ」


 それはもちろん、妻であるアイリスの事であった。彼女はエルフの襲撃の際に呪いの矢を受けて、今もなお目を覚ましていない。


 そして今のこの話だ。ダニエルが持っている物が、アイリスを救う道筋を見出せる可能性は少なくない。


「気が変わったぜ、ダニエルさんとやら。元々やる気が無かった訳じゃねーが、アンタが持ってるそれには興味がある。大人しくお縄についてくれるってんなら、俺も上に取りなしてやるんだが……」


「うるさいッ! 人間風情が、偉そうに僕を見下すなッ!」


「……聞く耳なし、と。そんなら」


 ダニエルの反応を見たオーメンは、空中に指を踊らせた。手慣れた様子で魔法陣を描き、それをそのまま発射する。


「"炎弾"ッ!」


「ク……ッ!」


 それを見たダニエルは、焦りながらも動く右腕を突き出した。


「"守護壁"ッ!」


 オドの適正持ちである彼は、魔法陣を描く必要のないままに、魔法を展開する。


 薄緑がかった透明の壁が展開され、オーメンの放った"炎弾"を防いだ。


「ハッ! この程度で僕をやれると……」


 ダニエルはそこで言葉を切りました。何故なら、オーメンが既に目の前に迫る勢いで接近していたから。


 気づいた時には既に手遅れであり、ダニエルはオーメンによって負傷していない方の腕を捻り上げられる形で地面に倒され、身動きが取れなくなった。


「くそッ! 離せッ! 離せよォッ!!!」


「えーっと、解呪石とやらは……」


 地面でのたうち回ろうとするダニエルだったが、全く拘束が解けないでいた。


 オーメンに至ってはそれに構いもしないまま、空いている手で彼の衣服の中を漁っている。


「あったあった、これだな。ほう、見たことないタイプのやつだ。これならアイリスの呪いも……」


「お前ら全員地獄行きだッ! 僕をこんな目に遭わせた罰だッ! 屋敷とエルフの兵士全員に通達して、全員監獄に送ってやるッ! 一人ずつ死刑台に送って僕に惨めに命乞いをさせてやるッ! どいつもこいつも……」


「うるせぇ」


「ガッ……!?」


 喚きだしたダニエルに辟易したのか、オーメンは彼の首の後ろを強く叩いた。


 するとダニエルは変な声を漏らしたかと思うと、ガクンと首を力なく地面に落とす。


 意識がないと判断したオーメンは拘束を解き、手に持った解呪石に視線を移していた。


「……皆様」


 エドワルとシマオの二人が、終わったのか、と思いながらオーメンの方を見ていた時に、不意に声をかけられた。


 その場にいた気絶しているダニエル以外の全員が、声のした方を向く。


 そこには申し訳なさそうに頭を下げている、カートウッドの姿があった。


「この度はウチの兄が大変なご迷惑をおかけして、誠に申し訳ありませんでした。詳細については屋敷に戻りましたら、またお話させていただきます。迎えの竜車を呼んでおりますので、少々お待ちください」


 その声を聞いて、エドワルとシマオの二人は、この危機を乗り越えたことを悟った。二人は共に一気に身体の力が抜け、それまでの疲労感と合わせて、その場に座り込んでしまう。


 ようやく、終わったのだ。

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