第127話 危なかったですな
オトハさんは、魔導手話ではっきりとそう言われました。
『わたしは人間やドワーフの方が、エルフを見下す人ばかりでないと、知っています。人国では、元奴隷で喋れないわたしにも、良くしてくれる人はたくさんいらっしゃいました。お爺さまの言うことも確かかもしれません。
でも、それでもわたしは……それだけではない、と思っています』
するとオトハさんは私に近寄ってきました。
『それに……わたしには誰かと一緒にいるあたたかさを、優しさを教えてくれた人がいます。あなた達が教えてくれなかったことを。だから、わたしは生贄になるなんて……この人達とお別れするなんて、嫌です』
「……そうか」
はっきりとしたオトハさんの魔導手話に、ルーゲスガーさんは声を漏らしました。
「なるほど。お前は連れ去られてから、ワシらがあえて教えなかったことを知った訳じゃな……それでも、ワシのことをお爺さまと呼んでくれるのか……」
『……はい。例えどんな方であろうと、あなたはわたしのお爺さまですから』
「……優しい子になったんじゃのう」
ルーゲスガーさんはそう言うと、私とウルさんの方を見ました。
その視線に少しビクッとした私でしたが、なんとルーゲスガーさんはこちらに向かって頭を下げてきました。
「……ありがとう、人国の学生さん達。オトハがこんなに大きくなったのも、お前達のお陰じゃ」
「い、いえ、その……」
「え、えーっと……」
二人揃って口籠ってしまいます。何と言いますか、こういう事を言われるという想定をしていなかったので、戸惑いが凄いですね。
私たちが戸惑っているそんな中、ルーゲスガーさんは再び杖で地面を叩きました。
「いや、本心じゃよ。孫娘がしっかりした子になってくれることは、嬉しいものじゃわい。ワシにも、まだそんな感情が残っておったんじゃのう」
『お爺さま……』
「……じゃが」
そして、一際大きくルーゲスガーさんが杖で地面を叩いたかと思うと、急に私たちの足元に魔法陣が展開されました。
「所詮は、まだまだ子どもということじゃ。叩くこと六度。その者達を閉じ込めたまえ。"六角呪縛ノ檻(ヘキサバインドゲージ)"」
「な……ッ!」
「な、なんだよこれ!?」
声を上げた私とウルさん。魔法陣から光の線が伸び、それは私たちを取り囲むように光の檻が展開されました。
光の檻は下が六角形の鳥籠みたいになっており、私たちを取り囲んでいる光の格子は、叩いたり蹴ったりしてもビクともしません。
「"炎弾(ファイアーカノン)"ッ!」
「だ、駄目だ。ビクともしないよ、これ……」
「……せっかくフランシスが上で、ワシ以外を足止めしてくれていたというのにのう。さっさと逃げれば良かったものを……」
『お爺さまッ!』
私とウルさんが魔法を撃ったりして檻をなんとかしようとしている中、オトハさんはルーゲスガーさんの方に寄っていきました。
『騙したんですか!? あんなことを言って、マサトやウルちゃんをその気にさせて……』
「騙したとは心外な。さっきの言葉は、偽りのないワシの本心じゃとも」
詰め寄るオトハさんに向けて、飄々とした態度のルーゲスガーさんです。
「本心なのは間違いないが……それはそれ。これはこれじゃ。お前の成長は嬉しいことじゃが、かと言ってお前を逃す等とは一言も言っておらんじゃろう?
逃がさんぞオトハ。お前はワシの言うとおり、第二神の生贄になるんじゃ」
「ッ!?」
目を見開いているオトハさんです。これは、完璧にハメられたというやつでしょうか。
興味のある話でこちらの意識を逸らし、こっそりと魔法を展開し、捕縛する。その企みに、私たちはまんまと引っかかってしまったのです。
「オトハ以外は正直どうでもよいが……捕らえておけば、オトハへの人質にできるのう。こいつらもひっ捕らえてダニエルの屋敷にでも……」
『……お願い、します。お爺さま』
それを聞いたオトハさんは、震える手を使って話し始めました。
『……わたしはどうなっても構いません。だから、この二人だけは、見逃してください。お願いします。お願い、ですから……ッ!』
その魔導手話から伝わってくるのは、震えでした。オトハさんは私たちの身を、とても案じています。
「ダメじゃ」
しかしルーゲスガーさんは、その申し出を一蹴しました。
「そんな言葉は信用ならんのう。何故ワシがさっきの話をしたと思っておる。聞かれたからには二度とは帰さんからじゃよ。第一、こいつらは交換留学生と言っておきながら、オトハを探しに来たんじゃろう? このまま帰したら、また来るに決まっておる。
オトハ。お前に対する人質として、この二人の身柄はワシが預からせてもらおう」
『そ、そんな……』
その時、先ほど私たちが出てきた三階から、誰かが飛び出してきます。空中で一回転した後に着地したのは、フランシスさんでした。
「ッ!? あ、あんたら、何で逃げてないのよッ!?」
その白衣もボロボロになっており、隙間から覗くお腹や足の一部には火傷したような跡がありました。
上の階で一人で、何人もの相手を抑えて戦っていたのだと、はっきり解ります。
「なんじゃフランシス。まだ生きておったのか。全く。親衛隊の連中は、何をしておるのやら……」
「くっ……待ってなさい。そんな檻、さっさと解いて……」
「させんわ。"炎弾"」
フランシスさんがこちらに手を伸ばそうとしたその時、ルーゲスガーさんから魔法が放たれました。
よく見る"炎弾"なのですが、そのサイズに目を丸くしてしまいます。
私たちが撃っているものよりも、二回り以上大きい炎。これって、こんな威力が出せる魔法でしたっけ。
「あぁあああああぁぁぁああああッ!」
『お母さんッ!』
その直撃を受けたフランシスさんが絶叫します。オトハさんが彼女の方に駆け寄りましたが、二人の間を光の檻が邪魔します。
檻の隙間から母親に手を伸ばすオトハさんですが、その手はうつ伏せに倒れているフランシスさんに届きません。
その内に、建物内から続々と弓を構えたエルフ達が押し寄せてきました。先ほどまでフランシスが抑えていた、親衛隊というやつでしょうか。
彼らは檻の中の私たちと、そして倒れているフランシスさんを囲むように並び、手に持つ弓を構えています。
鋭い矢の先がいくつもこちらに向けられて、私は心臓が震えるのを感じました。
「これで終わりじゃ。大人しく、ワシの言うことを聞け。このたわけ者共が」
どうしましょう。絶体絶命というやつです。
このまま私たちは捕らえられ、オトハさんは生贄となり、フランシスさんも何をされるか解りません。
檻の中に閉じ込められ、物理的にも、そして魔法すら通用しないこの状況。打破するためには……。
(……使うしかない。黒炎を)
私は心の中で、そう思いました。以前、みんなで遊びに行った時に発作が出て以来は、何ともなかった私の身体。
私にかけられた呪いは、この力を使う程に進行していくもの。呪いの全貌は明らかではありませんが、おそらく力を使えば使う程、私は私でなくなっていくのでしょう。
今までの経験からして何となくではありますが、そんな気がしています。自分の身体のことですしね。
だけど。それでも。
(私はオトハさんを、諦めたくない……ッ!)
そう思って私が息を吸い込み、解放の言葉を叫ぼうとしたその時。
オトハさんとウルさんが私の口を塞いできました。
『駄目ッ! マサトやめてッ!』
「ここでは駄目だッ! これだけの人の前で使わせる訳にはいかないッ!」
「……ッ! は、離して、ください!」
私に抱きつきながら口を塞いでくる二人を、私は引き剥がそうとしますが、二人とも離れてくれません。
「こ、このままではオトハさんが……私が、なんとかしないと……ッ!」
「気持ちは解るッ! でもここにはエルフの里の長がいるんだぞッ!? ここでバレたら何をされるか解んないッ! 絶対にさせないよッ!」
『それに、マサトの身体だってもう危ないんだよッ! わたしの為に危ないことしないでッ! お願い……お願い、だから……』
とうとう、オトハさんは泣き出してしまいました。それを見た私は、込めていた力を抜きます。
「オトハさん……私は貴女を、諦めたくないんです……」
『ありがとう、マサト。でも、わたしも同じ気持ちなの。わたしはマサトを諦めたくない。マサトが苦しむのは、我慢できない』
「ボクだって一緒さ。マサト、君がどうにかなっちゃうのなら、黙っちゃいないよ。君一人が犠牲なればいいなんて、ボクは絶対に認めない。ぶん殴ってでも、止めてみせる」
「オトハさん……ウルさん……」
「……何なら感動的なやり取りじゃのう」
そんな私たちを見て、ルーゲスガーさんが鼻で笑っていました。
「何を揉めとるのかは知らんが、そろそろ連れて行くぞ。親衛隊ども、こいつらを連行せよ」
「「「ハッ!!!」」」
そうして、取り囲んでいたエルフ達が一斉にこちらに歩み寄ってきました。最早、私たちに手は残されていません。
万事休す。
そう思った私が目を閉じた次の瞬間。聞き覚えのある中年男性の声が聞こえてきました。
「……おや。何やら危ないご様子ですな。キイロ君、やってしまいなさい」
「り、了解しましたッ! ご、"豪雨激閃"ッ!」
驚いて目を開けた私の視界に入ってきたのは、斬り裂かれたエルフ達と光の檻。
驚愕しているルーゲスガーさんと、私たちを連行しようとした周囲のほとんどのエルフを納刀されたまま(?)斬り裂いたキイロさん。
そして、
「やあ、マサト君。危なかったですな」
「べ、ベルゲンさん……」
スキンヘッドをキラリと光らせ、にこやかに手を上げているベルゲンさんでした。
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