第118話 解らない恫喝


「ハーハッハッハッ! 結局一発も当てられなかったなぁ、パツキンにチンチクリンよぉ!」


「や、やかましいですわッ!」


「自慢すんなどアホォッ!」


 弓練場にて、一回として的に当てることができなかったわたくしと変態ドワーフを野蛮人が笑っていますわ。


 現在休憩中で、ダニエルさんとグッドマン先生は別室に、カートウッドさんはお手洗いに行かれていて、わたくし達しか残っておりません。


 訓練している他のエルフ達が放つ矢は、綺麗な軌道を描いて的に吸い込まれるかのように当たっております。


 わたくしもああなりたいと思ってダニエルさんのセクハラまがいの指導を受けたというのに、その成果は全く得られませんでしたわ。


 ちなみに先ほど音もなくオーメンさんが現れ、ここでの調査結果を報告してくださいましたわ。


「よっ、三人ともお疲れ様。ここを調べたんだが、どうもオトハちゃんは見つけられなかったな。誰かを監禁してそうな部屋はあったが、もぬけの殻だった。本命は、あっちの研究所かもしれないな。という訳で、俺はここで帰るぜ。後は普通にしてくれてていいから」


「わかりましたわ。ありがとうございました」


「りょーかい。ありがとな、オーメンさん」


「おおきに!」


 そう言って、オーメンさんはいなくなりました。結局、わたくし達の方は空振りでしたわ。


 そうなると、マサトとウルリーカがキイロさんと共に向かったあちらの研究所に、オトハがいる可能性が濃厚です。


 後はわたくし達が何食わぬ顔でこの屋敷を去れば、ミッションコンプリートですわ。


 それはそれとして。


「いやー、まさか俺に剣だけじゃなく弓も向いてるなんてなー。中心はまだ無理だったが、結構近くには当てられたし……なにより、どっかのパツキンとチンチクリンは一発も当てられなかったしなー。やっぱ俺って才能あるんだなー」


「「~~~~~~~~ッ!!!」」


 目の前で勝ち誇って調子に乗っているこの野蛮人を屈辱的に葬る方法を、わたくしは脳内で検索していますわ。


 す、少しできたくらいでいい気になって……。


「あのー……」


 寛容なわたくしでも流石に我慢の限界が来そうになったその時、不意に声をかけられましたわ。


 声のする方に顔を向けて見ると、そこにはカートウッドさんが立っています。


「あ、あらカートウッドさんではありませんの。どうかなさいまして?」


「いえ、その……宜しければぼくが、マグノリアさんにもお教えしようかと思いまして。それに、シマオさんもまだ直せるところがありますし」


 するとカートウッドさんが、こんな申し出をされました。わたくしにも、教えてくださると?


「ま、マジか? まだワイも行けるんか!?」


「い、いいんですの? 今、休憩中とかでは……?」


「いいえ。ぼく自身は鍛錬していた訳ではありませんから大丈夫ですよ。それこそお二人がお疲れでなければ、なんですが」


「是非、お願いいたしますわ!」


「頼むわ! このチョーシこいてるノッポに一泡吹かせたいんやー!」


 その申し出にわたくし達は、一も二もなく了承しましたわ。カートウッドさんは、あの野蛮人が一発で当てられるようになった程の教え上手。


 ここでわたくしも教えを受けて、必ずあの天狗になっている野蛮人を見返してやりますわ。


「おいおい大丈夫かテメーら? どーせできねーんなら、無理にやんなくてもいーと思うぜ?」


「だまらっしゃい!」


「黙っとれやぁ!」


 ええ。野蛮人ができたのはひとえにカートウッドさんのご指導あってのもの。こんな風に図に乗っている野蛮人に弓の才能があるとか、そんなことあってたまるものですか。


 わたくしは信じませんことよ。そして変態ドワーフは、単純に無能なのでしょう。だって変態ドワーフなんですもの。


 そう意気込んだわたくしは、早速弓を持ち、ダニエルさんから教わった形で構えました。


「……んー、やっぱりそうだ。マグノリアさん。宜しければ構え方から、少し直してみませんか?」


「えっ?」


 しかし、構えをした瞬間にカートウッドさんから指摘が入りました。


 あれ、わたくし、何か間違ったでしょうか。ダニエルさんからはこうした方が良い、と聞いていたのですが。


「そ、そうなのですか?」


「はい。お兄様の形は、なんと言いますか独特で。あの形で的に当てられるのって、お兄様くらいしかいないんですよ。あの人は天才肌ですので」


 なのでエルフの里に伝統的に伝わっている形を試してみましょう、とカートウッドさんはおっしゃいました。その上で、やりやすい方でやっていただけたら良いから、と。


 確かに、先ほどダニエルさんから教わった構え方は、なんというか少し窮屈に感じるものもありました。


 別の方法があるのなら、そちらを試してみるのも良いでしょうと思ったわたくしは、カートウッドさんから指導を受けます。


 その隣で、変態ドワーフも構え方を細かく修正していましたわ。


「……こんな、感じですか?」


「……あー、こうすりゃ良かったんか……」


「そう、二人ともいい感じです。そのまま肩の力を抜いて、目線は……」


 先ほど見ている時も思いましたが、カートウッドさんはとても解りやすく教えてくださいました。


 ダニエルさんみたいに変に身体を触ってくることもなく、目の前で形を実演してくださるので、自分との比較もやりやすいです。なんと丁寧なご指導。


「……うん、二人ともいい感じです。そのまま撃ってみましょう」


「は、はいですわ」


「おっしゃ!」


 そうして形を直されたわたくし達は、試しにと一発撃ってみましたわ。矢は曲線の軌道を描いて、的の隅っこに直撃します。二人とも、ですわ。


「あ、当たった……? 当たり、ましたわ!」


「当たっとるやん! あれワイの矢に間違い無い!」


「ウッソだろお前らッ!?」


 野蛮人が驚きのあまり目を見開いています。


 わたくしも変態ドワーフも何度も的の方を見ましたが、それぞれが放った矢が隅っことはいえ、しっかりと的に刺さっていることが確認できます。


「お見事! 凄いですよマグノリアさん、シマオさん!」


「……おーっほっほっほっほッ!」


「なーっはっはっはっはッ!」


 カートウッドさんの称賛の声で更に確信を深めたわたくし達は、高らかに笑いました。


「やはりわたくしにも才能があったのですわ! と言うか、野蛮人には才能なんてないことがこれで証明されました! 凄いのはお教えしていたカートウッドさんの指導の方……それを受けて勝手に勘違いしていたのは野蛮人だったと、そういう訳ですわね!」


「チョーシこいてたんも全部この人のお陰やないか! これで鼻高々とか、よーできるわホンマ!」


「んだとコラァ! もういっぺん言ってみろテメーらァッ!」


「皆さんの仲が良さそうで何よりです」


 悔しそうに声を上げている野蛮人が目に映って、更に愉悦。


 ああ、笑いが止まりませんわ。人の功績をまるで自分の才能であるかのように語っていたこの野蛮人の姿が、今となっては滑稽にしか見えません。


「それだけ言うんなら、もっかい撃ってみやがれ! それで当てられなかったら、さっきのはただのマグレだよな? あああッ!?」


「ええ、構いませんことよ。カートウッドさんのご指導のわたくしの腕、とくとご覧あそばせ!」


「ワイの華麗な弓捌き、もっかい見せたるわ! 目ン玉かっぽじってよぉ見ときッ!」


「あっ。マグノリアさん。次撃つ時は引き絞る時にもう少し……」


「何をやっているんだカートウッドッ!!!」


 もう一回やれと言われたわたくしが、カートウッドさんの教えの通りの形で再度構えたその時、弓練場に怒声が響き渡りましたわ。


 ビクッとしたわたくし達が恐る恐る顔を向けてみると、そこには怒りの形相をしたダニエルさんがいらっしゃいました。


 その後ろには、わたくし達と同じようにびっくりした表情のグッドマン先生もいらっしゃいます。


「お、お兄様……」


「僕が教えていたマグノリアちゃんに何変なことを吹き込んでいるんだ! お前の担当はそっちの二人だろう!? 余計な事をするんじゃないッ!」


 声を荒げているダニエルさんですが、一体どうしたと言うのでしょうか。


 たまたま休憩中にカートウッドさんが善意で教えてくれただけのことで、ここまでお怒りになる理由がよく解りません。


 呆気の取られたまま、ダニエルさんがこちらに向かって謝罪を始めました。


「ごめんね、マグノリアちゃん。愚弟から変な事を教えられたんだろう? また僕が丁寧に教え直してあげるから、それで許してくれないかな? そうすれば、ちゃんと的にも当てられるようになるから」


「え、えーっと、その……」


 わたくしはどうして謝られているのか、さっぱり解らなかったため、上手く言葉を出すことができませんでしたわ。


 野蛮人も変態ドワーフも、いきなりの剣幕にポカーンとした顔をしています。


「グッドマン先生も、申し訳ない。愚弟がせっかく来てくださった学生に、変なことを吹き込んでしまったみたいで……」


「い、いえ、その。気になさらないでください」


「本当ですか!? ああ、なんと懐の深い方なんだ!」


 そのまま一緒にきたグッドマン先生にも謝罪し、事態がイマイチ飲み込めておらず戸惑っている先生が曖昧な返事をすると、ダニエルさんは大げさに両腕を広げて感謝の言葉を述べました。


「カートウッド。後でお叱りだよ。今日はもう戻りなさい。後は僕がやっておくから」


「……はい。申し訳ありませんでした、お兄様。そして三人とも」


 ダニエルさんに出ていけと言われたカートウッドさんが、わたくし達に向かって頭を下げます。


 えっ、どうしてカートウッドさんが謝られているのでしょうか。あの方は、こちらの迷惑になるようなことなんて何もされていなかったというのに。


 そうして弓練場を去っていくカートウッドさんの背中を満足そうに眺めたダニエルさんが、再度口を開きました。


「……いやいや。この家を預かる当主としては、恥ずかしい限りです。弟の教育も満足にできない無能と、笑っていただいていいんですよ?」


「い、いえ、そんなことは全然……」


「なんと! 先生だけではなくマグノリアさんにまでそう言っていただけるとは! ああ、やはり貴方達は素晴らしい方々だ! こんな方々に愚弟が迷惑をかけたなんて、本当に心が痛むよ! 愚弟にはまたビシッと言っておくから、安心してくださいね!」


 まるで舞台役者であるかのように振る舞っているダニエルさんでしたが、わたくしはその姿を見て、こう、なんて言ったら良いのか、言いようのない複雑な感情を抱いていましたわ。


 やがてダニエルさんによって仕切り直され、わたくし、野蛮人、それに変態ドワーフの三人で彼の指導を受け直すことになりました。


 しかし、ダニエルさんのやり方に直したわたくしは、結局一回も的に当てることができませんでしたわ。


 そしてそれは、先ほど筋が良いと褒められていた野蛮人も変態ドワーフも同じでした。


 構え方をダニエルさん流にした途端に、的に当てることができなくなってしまったのです。


「……あれー? こんな筈じゃねーんだけどなぁ……」


「……んんー? さっきワイが外したとこと全く同じとこに当たってないか、あれ……?」


 と二人とも首を傾げていました。それでもダニエルさんは、慣れたら大丈夫だから、とずっとこのやり方でやるように言ってきましたわ。


(……執拗に自分のやり方にこだわる様子……そして、先ほどのカートウッドさんに対する態度……これでは、まるで……)


 そんな様子を見たわたくしの勘が、あることに気がつきました。


 勘違いかもしれませんし、それこそダニエルさんの本心を聞いた訳ではないので、確証なんてどこにもありません。それでも。


(……ダニエルさんがカートウッドさんのことを、妬んでいるようではありませんか……)


 そうして、わたくし達のディグレー家の訪問は終わりましたわ。

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