第107話 黒い歓喜


「キイロ!」


「な、なんだいオーメン?」


 こちらが調べた内容をまとめてマサトらに渡し、彼らの協力を取り付けて帰した後。


 少ししてキイロの泊まっている部屋に、オーメンが荒々しく入室してきた。その顔は焦っているようにも、怒っているようにも見える。


「戻ってきた彼らに話を聞いてみりゃ、マサト君らまで作戦に入れるなんて聞いてねぇぞ!? 彼らはまだ士官学校の一年生だ! そんな彼らをなんでまた……」


「そ、それがベルゲンさんの、て、提案だからだよ」


 早口でまくし立ててくるオーメンの言葉を遮って、キイロはそう口にした。それが自分の上司であるベルゲンの指示であるからだ、と。


「ま、まだ素人に毛が生えた程度の彼らを、さ、作戦に入れるのは危険だっていう考えも解るよ。

 で、でもさオーメン。か、彼らに話をして後は大人しくしててねって言って、か、彼らが大人しくしていると思うのかい? と、友達のためにこんな所にまで来るくらいの、か、彼らだよ?」


「そ、それは、そうだが……」


「さ、最悪は向こうで勝手に動かれて、さ、作戦も失敗して彼らも怪我なんかをすることだ。だ、だったら予めこっちの作戦に混ぜて、め、目の届く範囲に置いておく方が、あ、安心だろ?」


「だったら報告なんざしなけりゃいいだろッ!」


 そう話すキイロの考えとしては、まずマサト達を自分たちの動きに組み込んでしまう。彼らにも助力をもらいつつ、同時にその動きを監視することであった。


 彼らの行動力の高さは、エルフの里まで来ていることを見ても明らかである。話を聞いて待っていてくれる素直な性格であるならば、そもそもここまで来ていない。


 どっちにしろ動かれてしまうのなら、こちらである程度把握できる位置に居てもらう方が合理的だと、そういう話だ。


 一方でオーメンの考えは、そもそもの前提から違うものであった。


「そこまで解ってんなら報告なんざするんじゃねぇよ! 話を聞いて動かずにいられないってんなら、そもそも話なんざしなけりゃいいじゃねぇか! 知らせずにいれば、ここまで来ることも無かったんじゃねーのかッ!?」


 マサト達の動きを知っているからこそ、オーメンは彼らに話をしないことで身の安全を確保しようとするものであった。


 危険があるのであればそれを知らせず、近づかないようにする。それもまた、一つの考え方である。


「そ、それは駄目だよ。べ、ベルゲンさんからちゃんと伝えろっていうのが、め、命令なんだからさ」


「クソがよッ!」


 キイロの言葉を聞いたオーメンは、ドンっと床を踏みしめた。上からの命令というのであれば、ここでキイロを糾弾したところで何にもならない。


 彼は上司の命令を忠実にこなそうとしているだけであり、それは上下関係が大切な軍隊という中では称賛されるべきことなのであるからだ。


 組織の中で働くには、下が上の命令を聞かなければ、組織自体が動かない。それをよく解っているからこそ、オーメンは何かに当たらずにはいられなかった。


「……キイロ。お前はマサト君達にわざわざ報告しなきゃならないことについて、何も聞いてねーのか?」


「ま、マサト君達についてかい? お、同じ学校の友達が居なくなって困ってる学生さんで、べ、ベルゲンさんがそれを手伝うことにしたっていう、き、基本的な話なら聞いてるけど」


「……なんでだ?」


 オーメンはその話の中で、一つ聞かずにはいられない内容があった。


「なんでベルゲン大佐はマサト君に協力することにしたんだ?」


 ここ、聞かずにはいられない内容はここである。最近、ノルシュタインの周りを嗅ぎ回っていたあの戦争狂が、マサトを見つけたのはまだ解る。


 しかし、戦争時の彼のやり口から考えると、さっさとマサトを捕まえて知っていることを吐けと尋問したりしてもおかしくないくらいだ。


 にも関わらず、そんな彼がマサトに力を貸すことにしたというのだ。しかも、こちらが関わらないように隠しておきたかった情報まで流し、更にはエルフの里まで来るためのお膳立てまでして、だ。


 お陰でマサト達はこの地と訪れ、ノルシュタインとオーメンの頭を大いに悩ませる結果となった。


 ベルゲンがマサトをどうしたいのかが、オーメンらはいまいち掴みきれていなかった。


「そ、そんなこと知らないよ。ぼ、僕は命令があった通りにやってるだけさ」


 そしてそれは、キイロも同じであったようだ。命令こそ聞いているが、事情までは聞いていないみたいであった。


「ま、まあ……な、何となくこうじゃなかなくらいは想像できるけどね」


「ッ! どういうことだキイロッ!?」


 事情は聞いていないが、おそらくこうなんじゃないか、とキイロは言った。それを聞いたオーメンが声を上げる。


 彼からすれば、ベルゲンという戦争狂の考えることが、本当に解らないのだ。


 戦争時に無茶な突撃をさせて、それでも成果を上げてくるような奇人変人の頭の中を、彼は推し量ることができずにいた。


「……い、いや。や、やめておくよ。け、結局は僕の勝手な想像だしね。そ、それが的外れだったら、か、カッコ悪いじゃん?」


「~~~~ッ!」


 ヒントでももらえるかと思ったオーメンは、再度床を踏みつけた。床板が悲鳴のような軋む音をさせたが、幸い抜けたりまではしなかった。


「き、君も休んだ方がいいよ? あ、アイリスちゃんがやられてからの君は、き、気を張りっぱなしにも見える。し、心配ならまずは、じ、自分の体調くらい管理しておかないとね……」


「んなこた解ってんだよッ!」


 本当に解っているのかな、と荒ぶっているオーメンを見つつ、キイロは内心で笑っていた。同期の中で、自分よりも圧倒的に優秀であったオーメン。


 周囲からも一目を置かれ、ノルシュタインという有能な上司にも見いだされ、遂には美人で有名であったアイリスと結婚までしてしまった。


 同期の中でも解りやすい勝ち組として、よく話題に上がっている。細々とやってきただけで、剣の腕は確かなものではあったものの、それ以上は特に話題にも上がらなかったキイロとは大違いであった。


 そんな彼が今、自分の目の前で醜態を晒している。その姿を見るだけで、キイロは暗い優越感に浸ることができていた。自分よりも圧倒的に優秀なオーメンが、余裕を失って取り乱している。


 ああ、これ、良いなあと、彼は決して表には出さないまま、笑っていた。


(……そ、それにおそらく……べ、ベルゲンさんの目的は、ま、マサト君だろうしね……)


 そしてキイロは、ベルゲンのやり口についても思いをはせていた。なんだかんだ言って付き合いの長くなった上司についても、彼はよく知っている。戦争狂だなんだと言われており、それ自体も間違いでなない。


 しかしキイロは、ベルゲンという上司がそれだけではない人であることも解っていた。彼の知るベルゲンという上司は、周りが思っている以上に知恵が回る人物だ。


 よく彼の立案する作戦は無茶苦茶だと周りから口うるさく言われていたが、その作戦が失敗した試しはほとんどない。


 何も考えていないように見せてはいるが、内心では彼にしか解らない緻密な計算があり、それに基づいて行動を起こしていることを、作戦に参加したキイロは体感している。


(こ、ここまで飴を与えて……よ、良くしてもらって……あ、あの人が良さそうなマサト君が、お、落ちない筈がない……)


 そんな上司をよく知っているからこそ、キイロはマサトに対するベルゲンの助力は、マサトの籠絡のためだと思っていた。


 厳しい尋問をして情報を聞き出すと思われがちであるが、ベルゲンの尋問はそんな単純なものではない。


 ゆっくりと話しながら相手の心に入り込み、望みや不安を汲み取られていくうちにいつの間にか、相手はベルゲンの都合の通りに喋り、行動している。酷い時には、相手自身にその自覚がないことすらある。


 実際にキイロ自身も、同期のオーメンに対する劣等感を早々に見抜かれて刺激され、気がつくと彼の下で働くことになっていたのだ。戦争狂と言われていた、彼の下でだ。これも既に、自身で実体験済みだ。


(ま、マサト君に何があるのかは知らないけど……お、おそらくエルフの里に僕が派遣されたのも、え、エドワル君がいたからだろうしね……)


 ベルゲンから仕事の命令が来た際に見た書類で、最初にキイロは顔をしかめた。何故ならそこには、自分を目の敵にしているエドワルの文字があったからだ。


 面倒になるのでなるべく会いたくないと、それを上司であるベルゲンに報告したのだが。


「ああ、そのことは知っていますよ。それでも大丈夫です。何故ならその時になれば、オーメン君が助けてくれますからね」


 と言って取り合ってもらえなかった。あのオーメンがわざわざ自分を助けてくれるなんて思いもしなかったが、実際に来てみればそれは本当であった。


 それを見て、ああ本当にこの上司についてきて良かったと、キイロは再度認識した。


「……そろそろ戻る。邪魔したな、キイロ」


 彼が自分の頭の中から戻ってきてみると、ようやく落ち着きを取り戻したっぽいオーメンが、部屋から出ていくところであった。


「そ、そうかい……か、身体には気をつけるんだよ、オーメン」


「……ああ、ありがとな」


 そう言って、オーメンは部屋を後にした。残されたキイロは少しの間彼が出ていった扉を見つめていたが、やがて、堰を切ったように笑い出した。


「ぷぷぷぷぷぷぷぷ……ッ!」


 愉快だ。いい気味だ。自分よりできる奴が苦しんでいる姿を見るのは、実に良い気分だ。あの人についてきて本当に良かった。自分は間違ってなどいなかった。


 いくつものどす黒い歓喜が自分に押し寄せてきて、キイロはそれを抑えきれずにいた。彼はそうして、人知れずに笑い転げていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る