第105話 ケリをつける相手


「……なかなか、手がかりが見つかりませんね」


 私はため息をつきながら、皆さんにそう告げた。丁度その時、誰かを載せた籠が私の前を通り過ぎます。


 このエルフの里では竜車もありますが、人力の籠を使っていることが多いため、特に珍しい光景ではありません。


 ただ、窓もついていないやたらと厳重そうな籠だなぁ、という印象はありましたが。


「そーだなー。俺達も聞き込んじゃいるんだが……」


「なかなかオトハちゃんを知ってる人がおらんくてな……」


 兄貴とシマオも、ため息をついています。それもその筈。エルフの里に来てから、もう一週間も経ってしまいました。


 その間の私たちはと言えば、軍の合同演習の見学、エルフの里の歴史的文化的遺産巡り、エルフの里の士官学校の案内や授業といったイベントが目白押しにであって、とてもオトハさんを探すような暇などありませんでした。


 個人で来た旅行等ではないため、学校の都合を優先しなければならないことは十分に解ってはいたのですが、こうも時間がないとは思っていませんでしたとも、ええ。


 最近色々していてあまり寝られていなかったこともあってか、思わずあくびが出てしまいます。


「ふあ~あ……あっ。す、すみませ……」


「ッ!? い、いえ! こちらこそ不注意でしたッ!」


 少し気を抜いた瞬間に、私は往来を歩いていたエルフの女性とぶつかってしまいました。そして私が謝るよりも早く、エルフの女性が頭を下げます。


「本当にすみませんでしたッ!」


「い、いえ……」


 勢いよくペコペコと頭を下げた後、エルフの女性は足早に去っていきました。


「……な~んか、変な感じだよね~」


「……そうですわね」


 その様子を見ていたウルさんとマギーさんが口を開きます。


 そうです。彼女達が言うように、エルフの里に来てからというもの、どうにも他のエルフの方々からも似たような扱いを受けています。


 最初に来た時にも思いましたが、ここのエルフの里の方々は、遠巻きに私たちを見ている時は険しい表情をされているのに、いざ話しかけてみるとやたらと丁寧に対応してくれるという、よく解らないことをされています。


 オトハさんはそんなことなかっただけに、私たちは少し戸惑っていました。


「……まあ解らないことは置いておきましょう。それよりもオトハについてですわ。確か今日、あのベルゲンさんという方の部下の方が、調査報告を持ってきてくださる予定なんですよね?」


「……そ~だね。やっぱプロの人の結果を聞くしかないんじゃないかな~」


 そんな多忙な中の久しぶり休日となり、私たち五人は早速外に出て手がかりがないか聞いて回ったのですが、結局は空振りでした。


 女子二人も、朝から歩き回っていたためか、少しお疲れの様子です。


 しかし、マギーさんがおっしゃった通り、今日はお昼にベルゲンさんの部下の方と会う約束があります。


 以前遠話石でお話した時もおっしゃっていた、ベルゲンさんがエルフの里に送ってくれた方です。


 私たちのような素人とは違うプロの方の報告を聞かせてくれるということで、空振りに終わってしまった今となっては、最早この報告だけが頼りになります。


 ちなみにこの報告には、オーメンさんも来るみたいです。エルフの里に行くことになったことを一応、オーメンさん伝手でノルシュタインさんにもご連絡したのですが、その際のお返事には、オーメンさんの言うことをしっかり聞くように、と念押しのような言葉がありました。どういうことなのでしょうか。


「……待たせたな、マサト君達」


 やがて少しして、オーメンさんが現れました。その隣には、見たことのない男性がいらっしゃいます。


 濃い紫色の長い前髪で目元を隠している中肉中背のこの人が、ベルゲンさんの部下の方なのでしょうか。


「は、初めましてだね。ぼ、僕はキイロ=ジュリアス。べ、ベルゲンさんの……」


「ッ! テメェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!」


「あ、兄貴ッ!?」


 すると突然。兄貴が激高しながら腰にある木刀に手をかけながら、紹介されたばかりのキイロさんに襲いかかりました。


 いきなりの事に、周囲にいた私たちは一人も反応できませんでしたが、そんなことはお構いなしと、兄貴がキイロさんに詰め寄ります。


「"流刃一閃"ッ!!!」


 そのまま腰の木刀を、居合抜きの要領で抜きながら斬りにかかる兄貴。


 不味い、と思った私でしたが、当の本人のキイロさんは全く調子を崩さないまま、腰に携えていた剣を鞘から抜かずに兄貴の攻撃を受け止めました。


「あ、危ないなぁ……な、名前を聞いてたからもしやとは思ってたけど……や、やっぱり君だったんだね……」


「テメー! どの面下げて俺の前に現れやがったッ!?」


「ひ、久しぶりになるのかな? ど、どの面と言われても、ぼ、僕にはこの顔しかないんだけどね……」


「うるせぇんだよッ!!!」


「止めろ、エドワル君ッ!」


 そうしてそのまま攻撃を続行しようとした兄貴を、オーメンさんが羽交い締めにしました。身体を抑えられた兄貴は、それでもなおキイロさんに向かおうともがいています。


「離せよッ! 俺ぁ、こいつと決着をつけなきゃならねぇんだッ!!!」


「事情があるみてーだけど、落ち着けってッ! ここは天下の往来だし、なんならエルフの里だからッ!」


 オーメンさんがそうおっしゃる通り、ここは人の往来が多い道ですし、なんならエルフの里でもあります。


 通りすがるエルフの方々が何事かと訝しげにこちらに目線を送ってきているのが解ります。


「い、一体どうしましたの、野蛮人……?」


「え、エド君? この人、知ってるのかい……?」


「な、なんやノッポ……いきなり大声なんか上げて……」


 周りの皆さんも、兄貴の変貌にびっくりして言葉が上手く出てきていないようです。


 かくいう私も、皆さんと同じ気持ちではあるんですが。本当に兄貴、一体どうしたんですか?


「ぷぷぷ……や、やっぱりこうなるんだね。よ、予想はできてたけどさ……」


「なんだよキイロ! お前、こうなることが解ってたのかッ!?」


「そ、そうだよオーメン君。ぼ、僕はエドワル君とは、ちょっとした知り合いなのさ……な、何でか知らないけど、い、一方的に恨まれてるんだけどね……」


「とぼけんてんじゃねぇよッ! クソッ! 離せ、離せよッ!!!」


 兄貴が声を張りながら、オーメンさんの拘束を振り切ろうと必死になってもがいていますが、流石は対人のプロである軍人の方。


 左右に動きこそするものの、あの馬鹿力の兄貴が一向に抜け出せずにいます。


 しかしなんなんでしょうか、兄貴のこの反応は。


 今までに見たこともないような怒りの形相でキイロさんを睨んでいます。キイロさんも兄貴を知っているような口ぶりでしたし、この二人に何かあったのでしょうか。


「と、とりあえずオーメン君。え、エドワル君のこと頼むね。こ、このままじゃお話も何もできないからさ、か、彼のことは任せるよ……」


「ッ! ま、まさかお前、最初からこれが狙いで……ッ!?」


「な、なんのことかな? そ、それじゃあマサト君達、い、行こうか。す、少し先に僕が取った宿があるから、そ、そこで」


「は、はい……」


 こうして私たちは呆気にとられたまま、暴れる兄貴とそれを抑えるオーメンさんを置いて、キイロさんに連れられるままに近くのレストランに入りました。


 連れられている時にも、兄貴の怒号が後ろから響いてきています。自分に向けられたものではないにも関わらず、私はその本物の怒りの感情に恐れを抱きました。


 そうして連れていかれたのは、エルフの里にある宿の一つでした。


 二階建ての木造建築の宿に入り、キイロさんの部屋に着くと、「せ、狭いけど適当にくつろいで」という彼の言葉に従って、私たちは置いてある椅子に腰掛けます。


 当の本人は机に向かって置いてあった椅子をこちらに向けて座っているのですが、部屋にある他の椅子だけでは足りなかったので、女性陣はベッドに腰掛ける形になりました。


「さ、"無音(サイレント)"」


 話を始める前に、キイロさんが魔法を唱えました。これは、以前ゲールノートさんにも使われた、音が一定範囲外に漏れなくなる魔法ですね。秘密話をする際には、必須の魔法かもしれません。


「こ、これで外に話が漏れることはないよ。あ、安心して喋ってね」


「は、はい……」


「じ、じゃあ、ぼ、僕が調べた内容について、は、話そうと思うんだけど……」


「……その前に、よろしいでしょうか?」


 さて話をしようかとキイロさんが口を開いた際に、マギーさんが割り込みました。


「ど、どうしたのかな? や、やっぱりベッドに座るのは、い、居心地悪かったかな?」


「そうではありませんわ……野蛮人の、ことですわ」


「あっ、それボクも気になる」


 キイロさんの心配は違うと言ったマギーさんは、兄貴のことを話題に出しました。


 そうですね。同意したウルさんと同じで、私もオトハさんについての調査結果も気になりはするのですが、先ほどの兄貴の様子も気になります。


「先ほどの野蛮人の様子……尋常なものではありませんでしたわ。貴方と野蛮人との間に何があったのか……オトハの事も気になりますが、こちらについて先に聞かせてくださいまし」


「……せやなぁ。ワイも何でノッポがあんなんになったんか、気になるわ」


「ぷぷぷ……あ、アイツ、や、野蛮人とかノッポなんて呼ばれてるんだ……た、確かにそうだね……ぷぷぷ」


 マギーさんとシマオの問いに対して、面白くて仕方ないといった様子のキイロさん。笑い方に癖がある人だなぁと思いつつも、私も彼らと同様に彼の返答を待ちました。

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