第103話 同期とのやり合い


「お疲れさまです、ベルゲン殿ッ!」


「おや、ノルシュタインさんではありませんか。お疲れさまです」


 人国陸軍の定例会議を終え、ベルゲンが書類をまとめて帰ろうとしたその時。ノルシュタインが威勢のよい声で話しかけてきた。


 声をかけられたベルゲンには、珍しいこともあるものだ、という気持ちと、ああやっぱり来たか、という二つの気持ちがあった。


「本日の会議でベルゲン殿が提示されました今後についての資料、非常に解りやすいものでありました! 流石はベルゲン殿でありますッ!」


「いえいえ。部下の皆さんの奮闘のお陰ですよ。私はそれを報告したに過ぎませんとも」


 これは社交辞令であろうな、とベルゲンは思っていた。彼の本命の用件はこの次の話題だ。そして、その内容もおおよそ検討はついている。


 おそらくは、失踪した士官学校のエルフについて、そしてあの士官学校の男子学生についてであろう。


「いいえ! それはベルゲンさんの指導の賜物であると考えております! 私も今後の部下の指導の参考にさせていただきます!

 ……そう言えばベルゲン殿! 最近、士官学校で発生しましたエルフの失踪事件についてお調べのようで!」


 ほらきた、とベルゲンは内心で思った。このノルシュタインという男は、何に置いても真っ直ぐである。


 下手な誤魔化しや細工をせずに、堂々と向かってくる。扱いやすい部分もある一方で、敵に回れば真っ向からぶつかってくるという厄介さもあった。


 ベルゲンは決して、ノルシュタインという男を過小評価していない。だからこそ、張り合いがあるとも思っていた。


「そうですね。それがどうかなさいましたかな?」


「いいえ! ただ、一件の失踪に対して激務と言われておりますベルゲン殿まで動いていると聞きましたので、びっくりしたのであります! ベルゲン殿のお忙しさは、軍でも有名なのであります!」


 噂では激務とされている彼であるが、実態はもう少し余裕がある。それは凡人では苦労するような仕事でも、彼にかかればあっさりと終わるようなものばかりだからだ。


 だからこそ忙しいのでしょう、と各人が彼を労ってくるが、彼からしたらなんてことないとしか思っていなかった。


 とは言え、暇そうにしているよりも、忙しそうにしている方が見栄えが良いものである。少しは忙しいフリでもしておくかと、彼は考えていた。


「そうですか。私の勤勉も、なかなかに知れ渡っているのですなぁ。お恥ずかしい限りです。何、大したことじゃありませんよ。お昼休みに"偶然"、届け出をしないままにポスターを配って回っていた士官学校の学生を指導したら、話を聞いてみるとどうもその子が、失踪したエルフと懇意にしていたみたいでしてな」


 そう発言した時に、ノルシュタインが小さくビクッと反応したのを、ベルゲンは見逃さなかった。


 聞きたかったのはこの話だろう、と彼が自分から言い出してみれば、案の定だ。彼は言葉を続ける。


「その男子学生はいなくなってしまった友達を見つけようと、朝も昼も食べずに、必死に探し回っていた。そんな彼を見ていて、私も協力したいと思ったんですよ。

 若人が道を間違えたのなら正してあげる。彼らだけでどうしようもない事態になっているのなら、手を貸してあげるのも先人である我々の役目ですからねぇ。これも実は、貴方のお陰なんですよノルシュタインさん」


「…………」


 ノルシュタインは何も言わないまま、ベルゲンの言葉を聞いている。


「以前、貴方は例え半人であろうと、士官学校に通う未来ある子ども達のために、我々のような大人が骨を折る、という見本を見せてくれたではありませんか。

 あの一件について私、年甲斐もなく感銘を受けましてな。幸いにして、有名な私の忙しさも一段落してきたところでしてね。少しばかりの余裕もあったのですよ」


「……流石はベルゲン殿なのでありますッ!」


 やがて話を聞き終わったノルシュタインからは、称賛の声が放たれた。上手くいったかな、とベルゲンは内心でほくそ笑む。


 以前ノルシュタイン自身が使った言い訳も含めたことで、彼に疑問を挟む余地を更に少なくしておいた。


 こう言っておけば、余計なところは突かれないだろうと。何せ、以前彼が自分で煙に巻くために使ったセリフなのだから。


「お仕事に真摯に向き合い、余力があれば後進の育成、そして助力をも惜しまない! ベルゲン殿はまさに、軍人の鏡であります!」


「褒めすぎですよ。私なんてまだまだですとも。さて、そろそろ次の仕事に向かわなければ……」


 そこまで話すと、ベルゲンは席を立った。おそらく、ノルシュタインが聞きたかった内容は話し終えた筈だ。


 これ以上はもう聞きたいこともないだろう、という考えである。


「……そう言えば最近、ベルゲン殿がエルフの里との合同軍事訓練、及び士官学校での生徒の交換留学も後押ししたと聞きました!」


 さっさと行こうとしていたベルゲンは、ノルシュタインの言葉で立ち止まる。そこも聞いてくるのか、と彼は思った。


 ノルシュタインが聞いてきたのは、エルフの里とのやり取りについてであった。


 エルフの里との合同軍事訓練や士官学校の生徒の交換留学については、話自体は以前からあったのが、最近になって急に話がまとまり、実施される運びとなった。


 しかもそれを後押ししたのが、このベルゲンという男である。魔族を毛嫌いしている彼は、エルフやドワーフといった同盟中の他種族の国に対しても冷たい態度を取ることで有名であった。


 人間至上主義、と影で噂されているくらいである彼が、だ。


「……それがどうかしましたかな?」


「いいえ! ベルゲン殿があの話を急にやる気になられたのは、もしやその学生のためなのかと思いまして! 時期としても珍しいものでしたので、つい邪推してしまったのであります! 私の勝手な勘違いでしたら、申し訳ないのでありますッ!」


 そんなベルゲンが、急にエルフの里との交流の一環である二つの行事を承認し、実施にこぎつけるまでの後押しをしたのだ。


 実際に各所から、誰と何の取引があったんだと、裏を噂する声で持ち切りである。


(よくもまあ、ここまで堂々と聞いてきますねぇ……)


 ベルゲンは内心で、ノルシュタインに感心していた。


 他の有象無象のように裏でこそこそ噂するならともかく、本人に向かって直接聞いてくるというノルシュタインの豪胆さに、彼は感心以外の感想が出てこない。


 実際、エルフ等の他種族も取るに足りないものと考えているベルゲンは、今回嫌々ながらもエルフの里との交流の後押しをしたのだ。その理由は……。


「……考えすぎですよ。第一、人国内にいたエルフが失踪したのなら、真っ先に疑うのは魔国の方では? 調べたところによると、失踪したエルフの女の子は以前、魔国で奴隷だったとか。逃げてきた際に何か不味い情報を知られてしまい、口封じをせざるを得なかった。

 ……そう考えても不思議ではないと思いますがね。南士官学校には、二度も魔族が出ていることですし」


 もちろん、自分の本心をわざわざ話してやる必要もないため、ベルゲンは適当にもっともらしい理由を述べてあしらった。本音を言ったところでこちらに何か得になるものでもない。


 それに、おそらくノルシュタインであれば、これくらいはとっくに見抜いているのではないか、とも彼は思っていた。


 彼の知るノルシュタインという男は、抱いた疑問を適当に煙に巻かれたとして、それで良しと済ませるような男ではない。


「……そうでありましたか! これは私が先走ってしまったのでありますね! 申し訳ありませんであります!」


「……いえいえ。それでは、私はこの辺で」


「はい! お疲れ様でありました! ベルゲン殿、"また"、であります!」


「はい。"また"」


 そうして、ベルゲンはノルシュタインと別れた。あの威勢のいい声の持ち主が完全に見えなくなり、自室に戻って扉を閉めた後。彼は愉快そうに笑い出す。


「はっはっはっは」


 ベルゲンは笑っていた。面白くて仕方ない、といった様子で笑っていた。


「いやいや。やはり貴方は侮れませんなぁ、ノルシュタインさん」


 士官学校の同期の中で、良くも悪くも目立っていたノルシュタイン。昔からその豪胆さと愚直さで周囲の信頼を集め、自身の高い能力もあって、メキメキと頭角を表していた彼。


 そんな彼の影でコソコソと積み上げてきたのが、ベルゲンという男だ。まばゆいばかりの光にも見えるノルシュタインだが、光には必ず影が生まれる。


 頭角を表す彼を面白く思わない者も当然おり、ベルゲンはそんな者達をまとめ上げてここまで来たのだ。


 そんな彼とのバチバチの戦い。互いに部下等の手札を持ち、互いの動きを読み合い、自身が望む方向へ向かうために手を打ち合う。


 一種の戦いとも呼べるこの状況が、ベルゲンにとっては楽しくて仕方なかった。


「……鉄火場でしか忘れられないとも思っておりましたが、いやぁ、こういうのもなかなか……平和の内にも戦いはあり、と。やはり戦いというものは、どんな形であれ楽しいものですなぁ……」


 愉快愉快と、ベルゲンは再び笑った。そしてその笑いは、戦いを楽しく思う心だけではない。


「……しかし、これではっきりしましたね。あのマサト君には何かがある」


 先ほどの会話でベルゲンが得たのが、この点である。それはノルシュタインの言葉からであった。


 彼はベルゲンがエルフの里との交流を後押ししたのは、マサトのためなのかと真っ先に聞いてきた。エルフとの癒着やその他諸々の要因が考えられる中で、彼は真っ先にマサト繋がりかと聞いてきたのだ。


 それはつまり、ノルシュタインの中でマサトという男子学生の存在が、それほどまでに重要な位置を占めているからだと推測できる。


 一番気にしているからこそ一番先に聞いてきた、ということだ。これは、重要な手がかりである。


「もしかしたら、拉致されたエルフの方にも、何かあるのかもしれませんな。これはまた、調べる必要がありますねぇ……ああ、ああ、全く……忙しくなりそうですなぁ……はっはっはっは」


 そう言って、ベルゲンは三度笑った。

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