第102話 捜索のための留学を


「……兄弟、起きろ。もうすぐ着くぞ」


「……はい」


「……やっと、着きましたのね」


「……そ~だね。もしかしたら、ここに……」


「せやな。オトハちゃんが、おるかもしれへん……」


 兄貴に揺さぶられて起きた私が竜車から顔を出して前を見ると、そこにはエルフの門番の方とやり取りをしているグッドマン先生が見えました。


 その向こうには、木々の合間合間に木造建築の建物がズラリと並んでいる、まるで自然の中にそのまま溶け込んでいるかのような街並みが見えます。


 そうです。私、兄貴、マギーさん、ウルさん、シマオの五人は短期の交換留学生として、ここ、エルフの里へやってきました。


 今から私たちは、このエルフの里にある士官学校にお世話になります。引率は、鬼面ことグッドマン先生です。期間は約二週間。


 どうしてこんなことになったかと言いますと、私の元にベルゲンさんから連絡が来たことが始まりでした。


 あの日は、どんなやり取りだったか。到着までもう少しあるので、その間に私は再度、ベルゲンさんとのやり取りを思い出しました。



『……マサト君。お久しぶりです。元気にしていますか?』


「お久しぶりです、ベルゲンさん。言われました通り、身体を大事にしてますので、元気ですよ」


『おお、それは何よりですなぁ』


 挨拶とそんなやり取りをした後に、ベルゲンさんは早速ですが、と調べてきてくれた内容をお話してくれました。


『部下の何人かに捜索させたんですが……どうもオトハさんは、エルフ達に連れ去られたらしいことが解りました』


「え、エルフに、ですか?」


『ええ。現場に残された手がかりから察するには、どうもエルフで間違いないかと』


 それを聞いた私は、すぐに一つの推測が浮かびました。オトハさんを連れて行ったのはエルフであるのならば、原因は明らかです。


 エルフの里で彼女を監禁し、第二神の封印を解くための教育を施していたエルフ達が、魔国に連れて行かれたはずの彼女の生存を知って取り戻しに来たと。そうに違いありません。


「……そうなると、オトハさんは今……」


『そうですねぇ。何処かまでは解りませんが、エルフの里にいると見て間違いないでしょう』


 私の推測を、ベルゲンさんが代弁してくれました。そうです。そうなると、もうオトハさんの居場所はエルフの里以外に考えられません。


 ベルゲンさんは事情を知らないので、おそらくですが、と付け足してはいましたが、それでも私には、確信を得るに十分な情報でした。


「……ありがとうございます、ベルゲンさん。お忙しい中、探していただきまして」


『いえいえ。本来こちらの仕事なんですから、気にしなくてもいいですよ』


「いいえ、本当にありがとうございました」


 遠話石越しにも関わらず、私は頭を下げました。本当に今の状況下では、ベルゲンさんからの情報は値千金です。


 兄貴達やノルシュタインさん達にも伝えて、早速……。


『……しかしマサト君。意気込んでいるように見えますが、まさかエルフの里に行くつもりですかな?』


「あっ。えっ……と……」


 そのまま行動に移ろうとしていた私は、ベルゲンさんの一言で立ち止まりました。まさか遠話石越しにも見抜かれていたとは。


 私って遂には顔すら見なくても行動な筒抜けなくらい、解りやすい人間なのでしょうか。


『駄目ですよ。まだ士官学校があるのでしょう? 将来、私のいる軍に来ていただくのであれば、勉学はしっかりしていただかないと』


「それは、その……」


 ここでのベルゲンさんのお話は、いつかのグッドマン先生と同じ内容でした。士官学校の学生である私にはやることがある、と。


 それは解っています。耳にタコが出来るくらい聞きました。


 彼の話を聞きながら、それでも私はエルフの里へ行くことを心に決めていました。


『……とまあ、お説教みたいな感じになってしまいましたが。マサト君。もしかして私のお話なんか無視して、エルフの里へ行こうと考えていませんか?』


「ッ!?」


 ようやく終わりましたか、と私が安堵しかけていたその時。ベルゲンさんのその一言に、私は飛び上がりそうなくらいの驚きを感じました。


「ど、どうして……?」


『なあに。実は私も若い頃に、上司の命令を聞くだけ聞いて無視したことがありましてな。君の必死な様子も見ていますし、もしや、とは思ったのですが……どうやら当たりでしたかな?』


「そ、その……」


 最早この人には隠し事はできないのではないかという疑念が生まれ、焦る私。


 どうしましょう。ここまで見抜かれていると、私が何をしようとしたところで、先手を打って対策されてしまいそうなのですが。


 やはり私は大人しくしていて、他の誰かが見つけてくれるのを待っているしかないのでしょうか。


『……とは言っても、大人しくしていろと言われて、納得はできないでしょうね』


「えっ……?」


 そんな私の心の動きすら解っているのか、ベルゲンさんはそう言葉を続けました。


『全くの偶然なんですが、エルフの士官学校と人国の士官学校で、短期の交換留学をしないかという打診が前々からありましてな。それぞれの士官学校の生徒を一時的に交換して、他国の知識の交流を図る、と。この制度を使えば、士官学校の学生でもだいたい二週間くらい、エルフの里に滞在できるでしょう』


「ッ!」


 そうして提案されたのは、エルフの里へ合法的に行ける道筋でした。学校の行事の一環として、私もエルフの里へ行くことができるかもしれない。


 つまりは、誰にも文句を言われることなく、オトハさんを探すチャンスが得られるということです。


『例年なら、成績優秀者が多い北士官学校の生徒が行くことが多いのですが……』


「お願いします!」


 私は再度、頭を下げました。目の前には遠話石しかなく、ベルゲンさんはいないのにもかからわず、です。それでも、私は頭を下げずにはいられませんでした。


「見つけられないかもしれません。結局は無駄になるかもしれません。それでも、それでも私はできることをやりたいんです! お願いします! どうか私に、チャンスをくださいッ!」


『……そう言うと思っていましたよ』


 私の嘆願を聞いたベルゲンさんの声色は、優しいものでした。


『この話を聞いてた貴方が、そうおっしゃるとは思っていました。ですから既に、このお話は貴方の通う南士官学校で進めさせていただきました。おそらくその内には、学校でお話があるのではないでしょうか』


「ほ、本当ですかッ!?」


『ええ、本当ですとも』


 どうしましょう。この人に対して借りばかりが増えていっているような気がします。たまたま注意のために声をかけた私に対して、ここまでしてくださるなんて。


 私は三度、頭を下げました。もちろん、ベルゲンさんには見えていません。


「ありがとうございますッ! 本当に、なんとお礼をしたら良いものか……」


『いいんですよ、お礼なんて。軍人として、民間人の方々をお助けするのは当たり前ですとも』


「……それでも、ベルゲンさんには助けていただいてばかりです。せめて何か……」


『……そうですねぇ』


 食い下がる私に対して、少し考えるような素振りを見せたベルゲンさんは、やがてこんな提案をされました。


『……では。オトハさんが無事に戻ってきましたら、またあのお店で、三人でランチなんかいかがですか? 私はあのお店の料理が大好きでしてね。少し値は張りますが、ご馳走していただけると嬉しいのですが』


「ッ! まかせてくださいッ!」


 その提案を受けた私は、一にも二にもなく了承しました。あのお店は確かに美味しかったですし、何より、解りやすくお返しができることになったのです。


 お世話になっているこの方にお礼ができるとなって、素直に嬉しいです。


『……まあ、それはオトハさんを見つけてからにしましょう。私は直接行けないかもしれませんが、部下をエルフの里に送りますので、力を入れて捜索するように言っておきます。お互い、頑張りましょうね』


「はい! よろしくお願いしますッ!」


『またマサト君とは、ゆっくりお話したいですからね。全てが終わったらオトハさんも含めて、"色々と"お話しましょう。それでは』


「はい!」


 その時の私は、すぐに兄貴達にこの話を伝えなければと興奮していたので気づきませんでしたが、今になって思い返してみると、ベルゲンさんの最後の言葉には、何か含みがあったような気がします。気のせいでしょうか。


 まあ、おそらくは気のせいでしょう。こんなに良くしてくれる方です。それこそ、調査してお話しますと言っておきながら、何にも教えてくれないノルシュタインさんらとは違うのです。


 ベルゲンさんに限って、何もないでしょう。



 そうして回想から戻ってくると、丁度エルフの里にある士官学校に到着したところでした。


 竜車から降りた私たちを、エルフの方々が出迎えてくれます。その中の一人、背の低い方が前で出てきました。


「ようこそお越しくださいました。私、このエルフの里の士官学校で指導しております、教員のラークと申します」


「初めまして。南士官学校で教鞭を取っている、グットマン=リンドウです。この度はお忙しい中、ウチの学生にご指導いただけるとのことで、誠にありがとうございます」


「いえいえ。こちらこそ遠路はるばるお越しいただきまして、ありがとうございます! 我が校の生徒がそちらでお世話になりますし……」


 教員らが挨拶を交わしていますが、私たちは辺りをキョロキョロと見ていました。もしかしたら、オトハさんがいるかもしれない。


 そんな淡い期待もありましたが、流石に降りてすぐに彼女の姿を見ることはありませんでした。


 代わりに見えるのは、士官学校の生徒と思われるエルフの姿ばかりです。皆さん、オトハさんと同じで尖った耳をしていますが、その目が何故か、厳しそうなものとなっています。


 何でしょうか。私たち、まだ何もしていないのですが。


「……なにはともあれ、本日は長旅でお疲れでしょう。明日にはエルフ軍と人国軍での合同軍事訓練もあります。今日のところは、宿の方にご案内いたしましょう。夕飯時になりましたら、またお呼びさせていただきますので」


「ありがとうございます。ほら、お前達行くぞ」


「足元にはお気をつけください」


 やがてグッドマン先生に促されて、何故かやたらと丁寧なラークさん先導のもと、私たちは歩いて近くにある宿へと向かうことになりました。


 エルフの生徒達の視線も気になりますが、今はそれよりもオトハさんについてです。早速宿に着いたら、みんなで予定表を確認して探す段取りを決めましょう。


 せっかくここまで来れたんです。必ず、貴女の手がかりを掴んでみせます。だからオトハさん、もう少しだけお待ちください。

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