第87話 お祭りデート①
「……いつまで寝てるのさバカマサトッ!!!」
「うぉぉぉおッ!?」
まるで泥沼のように沈みゆく睡魔に身を委ねていたら、突然の怒鳴り声で現実に引き戻されました。
何があったと周りを見渡してみれば、そこにはお祭りを行き交う人々の前で両手を腰に当て、浴衣姿のまま不満げな顔でこちらを見ているウルさんの姿があります。
「……あっ、ウルさん。おはようございます」
「おはようございます……じゃないよッ! 全然戻ってこないと思ったら、こんなとこでグースカ寝てさッ!」
寝ぼけ眼の私とは裏腹に、目をガン開きにして怒っているウルさんです。
えーっと、なんで彼女はこんなに怒っているんでしょうか。何か、彼女との約束でも破ったりしたのでしょうかって。
「ああああああああああああああッ! ウルさん、い、今何時、ですか?」
そうウルさんに問いかけると、彼女は呆れた様子で近くの時計を指差しました。そこには、お祭りがもうすぐ終わってしまいそうな時間が。
「こ、こ、こんなに寝てたなんて……す、すみませんでしたァ! ……あ、あれ? そう言えば、オトハさんは……?」
頭を凄い勢いで下げ、ふと、先ほどまで一緒だったオトハさんの姿がないことに気が付きました。
いつの間に彼女がいなくなってしまったのか、その疑問に答えてくれたのはウルさんでした。
「……オトちゃんならお店に戻ったよ。せっかくイベントで優勝したっていうのに、お店に肝心の優勝者がいないんじゃ、お客さん達もガッカリしてたからね。
戻ってこないからって心配したボクが探しに来てみたら……こんなところでイチャついててさッ! オトちゃんの膝枕はさぞかし寝心地が良かったみたいだねッ! フンッ!」
「本当にごめんさいッ!!!」
どうもオトハさんはさっさとお店に戻ったみたいです。まあ、そうですよね。
せっかくイベントで優勝してお店の宣伝をしたのに、お店に行ってみれば当の本人達は不在。
それではお客さんもげんなりしてしまうでしょう。そこまで考えてなかった。
しかも私はウルさんとの約束をすっぽかして、グースカ寝ていた始末。やっべ、これどうしたら許してくれるでしょうか。
割りと許されないフラグがそこら中に見えるのですが。
「重ねてすみませんでした。私にできることは何でもしますので……」
「……んんん? 今、何でもするって言った?」
腕を組んでそっぽを向き、フンっと鼻を鳴らしていたウルさんが、私の言葉を聞いてこちらに向き直ります。
しまった。事情が変わったと言わんばかりにニヤーっと笑った彼女を見て、私は早まったかと焦りが生まれます。
「え、えーっとですね。その、何でもする、とはですね、あの……」
「言ったよね? 悪いけど言い間違いとかは無しだよ? この四つの耳でしっかり聞いたからね」
クソッ、魔狼族の血が入っているウルさんの耳は人よりも遥かに良いんだった。
これでは一体何を言われるか解ったものじゃありません。ここは口プロレスになろうが、何とかして誤魔化しを……。
「……と言うかそれくらいしてくれないと、ボクも腹の虫がおさまらないんだけど?」
「何なりとお申し付けくださいウルリーカ様」
そう思ってこじつけがましい言葉を探していた私ですが、ウルさんのその一言を聞いて即土下座の体勢を取りました。
ええ、悪いのは純度百パーセントでこちらです。少しでも謝罪の誠意を値切ろうとか考えた私が悪うございました。
最早謝罪の気持ち以外、一切ございません。
「うんうん。その態度で当然だよね。さて、と……そ~だね。ここであれをお願いしてもいいんだけど……」
それじゃあ不平等だよね、とウルさんが何か呟いています。一体、私に何をさせる気だったんでしょうか。
「……よし、こうしようか。マサト。しっかり聞いててね」
「はい、ウルリーカ様」
遂に決まりましたか。私はどうなってしまうのか。裸で逆立ちしたままお祭り会場一周とか、そういう無理難題を言い渡されるのでしょうか。
逆立ちはともかく、フルチンは勘弁してもらえないですかねぇ。まあ、仕方ありませんか。
「今からボクと一緒にいる間は、ボクらは夫婦ってことで。ボクのことはハニーって呼んでね。ボクもマサトのこと、ダーリンって呼ぶからさ。夫婦ごっこだよごっこ」
「はい……はいぃぃぃッ!?」
「……なんでズボンに手をかけているのさ?」
ズボンのベルトを外す用意をしていたら、ウルさんからびっくりするような提案が飛んできました。
え、何ですか? 夫婦? 誰が誰と? 私とウルさんが?
「と言うか、そんなに驚かなくてもいいじゃん。別に難しいことじゃないんだしさ。あと早くズボン直しなよ」
「い、いえ。そうなんですが……」
促されてズボンを直しながら、私ははたと考えます。
この流れをオーケーしてしまうと、私は一日で二回、しかも別の人と夫婦になったことになりますよね。
何がどうなったらそんなことが起きます? どういう男に成り果ててしまったんだ私は。
「……それとも何? オトちゃんと恋人になるのは良くて、ボクと夫婦になるのは嫌だとでも言いたいのかい?」
「そ、そんなことはありませんが……」
「ならい~じゃん」
有無を言わさないまま、ウルさんは私の腕に絡んできました。えっ、本当にこのまま夫婦で行くんですか?
ダーリンとハニーとか、さっきのイベントでそう呼び合っていたバカップルはいましたが、私もあんな感じになってしまうのですか?
は、恥ずかしい……人前でウルさんのことを、は、ハニー、なんて呼ばないといけないなんて。
「早く行こうよ。お祭り、もうすぐ終わっちゃうんだしさ。ね? ……だ、ダーリン……」
そう言って引っ張っていくウルさんですが、言い方もぎこちないですし何より顔が真っ赤になっています。
何ですか、貴女もダーリン呼び恥ずかしいんじゃないですか。そんなんなら無理してそう呼ばなくてもいいんじゃないですか?
うんうん。私も恥ずかしいと思っていましたし、解りますよその気持ち。
「……恥ずかしいなら、無理にそう呼ばなくても良いのでは……?」
「う、うるさいな……こういうラブラブな感じ、ちょっと憧れてたんだよ……」
う、うるさいな、以降がめっちゃ小声になってて何を言ってるのか全然聞こえないのですが、一体何を言っていたんでしょうか。
しかしまあ、恥ずかしいならやっぱり、無理してまでやるべきではないと思うのですよ、絶対。
「……あ~もう! 何でも言うことを聞くって言ったのはマサトじゃないかッ! うだうだ言ってないでちゃんと呼んでよッ!」
やがて顔を真っ赤にしたウルさんが、そう叫びました。そう言われると、何でもしますと言ったこちらとしては、何も言い返せません。
そうですよね、言ったのは私ですよね、はい。やりますよ、やればいいんでしょう。
「わ、わかりました。行きましょうか……は、は、ハニー……」
「う、うん……行こう、だ、ダーリン……」
こうして私たちはぎこちないまま、終わり始めているお祭りの人混みに混ざりました。
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