第54話 ボクはもう……


「ふぁ~あ……はぁ、お腹空きましたね……あれ? ここはどこですか? と言うか、皆さんお揃いで。なんでいるんです……?」


「なんでいるんです、じゃありませんわッ!」


 目が醒めた私があくび混じりに声を上げると、マギーさんに怒鳴られました。なかなかの声量だったので、寝起きでぼんやりしていた頭が一気に覚醒してきます。


「貴方、三日も寝ていたのですよ! 三日です、三日! わたくし達が、どれだけ心配したと……」


『良かった……起きてくれて……マサトが……無事で……本当に……』


「まあ……ちゃんと起きたならいいさ、兄弟。起きたんなら、なんも言わねーよ」


「マサトのばーか! ばーか! ボクなんかのために……あんな無理して……ばーかばーかッ!」


「三日……三日ぁッ!?」


 皆さんの声を聞いてびっくりした私は、反射的に身体を起こしました。そ、そんなに寝ていたのですか、私は。と思ったその途端、身体の至る所から痛みが発生し、思わず顔を歪めてしまいます。


「いつつ……」


『む、無理しちゃ駄目だよ! やっと回復してきたばかりなんだから!』


 起こした身体をオトハさんに優しく寝かせられます。寝すぎていたせいか身体が固まっているように感じ、上手く動かせません。


「……とりあえず、先生を呼んできますわ。貴方は安静にしてなさいな」


「そーだな。俺も行くぜパツキン。また迷子になられちゃ面倒だしな」


「そそそそれは運が悪かっただけなのですわ! 子ども扱いしないでくださいましッ!」


「へーへー」


 そう言って、マギーさんと兄貴が部屋を後にします。よく見たら、ここは病室。患者は、ベッドの上で白い病院服を着ている私。ああ、ああ、思い出しました。


 あの時、イーリョウさんの爆発を受けて、限界突破した私は意識を手放しました。あれからもう三日も経っているということなのですね。そして、たまたま見舞いにきてくださった皆さんがいた時に、目を覚ましたと。


 そうなると、あれから一体どうなったのかが気になるのですが。寝ながら聞いてみると、学校はイーリョウさんの自爆の関係で軍の調査対象になっており、しばらく休校になったそうです。中庭は半壊し、校舎の窓ガラスも粉々になっているそうな。


 そして。


『マサト、ウルちゃんから聞いたよ……使ったんだね?』


 オトハさんからそう問いかけられました。その言葉に、私はウッ、と詰まってしまいます。無闇矢鱈と使わないでと言われていてなお使い、更にはウルさんにバレてしまったのです。弁解の余地、ナシ。


『どうなの、マサト?』


「……はい、使いました」


 黙ってやり過ごそうかとも思いましたがオトハさんから更に問い詰められましたので、観念して認めました。


 はい、私がやりました。まるで万引きしたのがバレて、そのお店の店長に詰め寄られているような感覚です。万引きしたことはありませんが、多分こんな感じなのでは。


『そう……使わないでってあれほど言ったのにッ!!!』


「すみません……」


『すみませんじゃないよ! マサト、自分の身体がどうなってるか解ってるッ!?』


「い、いえ……でも、まだ元気ですし……」


『元気ですし、じゃないよッ!!!』


 凄い剣幕のオトハさんを見て、私は思わず身を引いてしまいます。魔導手話でここまでの迫力が出せるとは、そちらについても驚きです。


 しかし、一体どうしたと言うのでしょうか。今のところ特に身体に変な感じは見られませんが、やはり三日も昏睡状態だったとしたら、かなり危ない状況だったと……。


『マサトの身体の中、もう魔族のものに置き換わり始めてるんだよ!?』


「え……えええっ!?」


 オトハさんのその言葉は、私の想像を超えるものでした。身体の中、つまり臓器とかその辺が、魔族のものになってしまっていると。そ、それって……。


『黒炎のオドは"内封魔(オドキャンセル)"で一時的に封印したから、呪いも収まりはしたけど……でも、進行した分は止められなかった。マサトの体内の一部は、もう魔族のものになっちゃってる。こうなっちゃったら、もう戻しようがないの……お医者さんもびっくりしてた。わたしが何とか誤魔化しはしたけど、もうこれ以上は……』


「……ごめん、なさい……」


 すると、オトハさんの言葉の途中で、ウルさんが口を開きました。


「マサトの事も知らず……ボクの都合で振り回した挙げ句……そんな状態になっちゃうなんて……ボクの、せいだよね……」


「…………」


 それを聞いたオトハさんは、静かにウルさんの方を見ています。私は何か言わなきゃと思い、頑張って口を開きました。


「そ、そんなことありませんよ! 私が勝手にやって、こうなっただけなんですから。ウルさんが罪に思う必要なんてどこにも……」


『ウルちゃんと何があったか。話してくれるんだよね、マサト?』


 気のせいだと思いたかった、ウルさんとの戦いの時の声援に混じっていた言葉を再度、投げられました。真っ直ぐこちらを見てくるオトハさんから目を反らして、どうしようかとウルさんの方を見ます。


「……いいよ、ボクから話すから。ボク個人の事情も、あるしね」


 すると、彼女がそう口にしました。そう言えば、私もウルさんの秘密とやらを何も聞いていません。それに関係することなのでしょう。おそらくは、あのイーリョウさんという魔狼のことだとは思いますが。


 長くなるかもしれないから、とウルさんに促されたオトハさんが、見舞い客用の椅子に腰掛けます。ウルさんも座ったらと私は自分のベッドを提案しましたが、ボクはこのままでいいよ、と彼女に断られてしまいました。


「ボクは見ての通り人間と魔狼のハーフだ」


 やがて意を決したのか、ウルさんはゆっくりと語り始めました。


「小さい時はまだ戦争も始まっていなかったから、人間と魔族との交流は普通にあった。その時にボクの両親は出会い、結婚して、そしてボクが生まれた。でも、戦争は始まってしまった。たまたまボクのお父さんが用事で魔国に帰ってた時だったから、お父さんはそのまま人国に戻って来られなくなった。人国に残ったのはお母さんと、魔狼の血を半分持った幼いボクの二人だけだった」


 戦争が始まったことで、魔国に戻っていたウルさんのお父さんは人国に入れなくなってしまったと。なんという間の悪さ。こんな酷い偶然も、あるんですね。


「戦争が始まってから魔族は敵だという風潮がどんどん広まっていって、当然ハーフのボクにも風当たりが強くなった。ありもしない疑いや身に覚えのない嫌味を言われることなんて、日常茶飯事だった。

 そして、それはお母さんも一緒だった。魔族に股を開いた売女とか、平気で言われるようになった。最初は耐えてたお母さんだったけど……ある日、限界がきた。突然ボクに向かってあらん限りに怒鳴り散らしたお母さんは……そのまま家を出ていった。色々言われたよ。アンタなんかが生まれてこなければ私はこんな目に遭わなくて済んだのに、とかね」


『……ウルちゃんも、辛かったんだね……』


「……別に。これくらいは普通さ」


 オトハさんの言葉にそう返すウルさんの目には、諦めが混じっているように見えました。


「そうしてお母さんが出ていって、一人残されたボクはどう生きていけばいいのかも解らなかった。残された家を漁って、しばらくは何とか生きてたけど、それもとうとう限界が来た。誰に頼ることもできないまま、本格的に生きていけないんじゃないかって思ってたその時……あいつに出会った」


「それって……」


 あいつ、とウルさんは言いました。おそらくは彼女を騙し、あの事件のことを調べさせていた、あの魔狼。


「マサトのお察しの通り、イーリョウだ。あいつは魔族の癖に何故か人国にいて、ボクに声をかけてきた。そうしてボクの事情を知ったあいつは、ボクに取引を持ちかけてきた。お膳立てはしてやるから、人国の首都で起きた魔族の出現事件について調べてこい。そうしたら、ボクを魔国に連れて行って、お父さんに会わせてやる、ってね。そうしてボクは実家を売って資金を用意し、南士官学校に転校生という形で入学して、事件を調べることになった」


「じゃあ、以前私達が体育館裏でウルさんを見つけた時も……」


「あの時もイーリョウに報告してたのさ。君たちに感づいたイーリョウは、さっさと姿を隠しちゃったけどね。あの時は本気で焦ったよ。だってボク、北士官学校なんて行ったこともなかったんだから。転校生の身分にするために、イーリョウがそういう経歴をでっち上げただけ。小学校とかは行ってたから、学校自体が久しぶりだったのは本当だったけどね」


 やはりあの時は、誰かと話していたんですね。兄貴やマギーさんの追求、そして私の推理も的外れではなかったみたいです。


 良かった。あれだけドヤ顔で推理しておいて、実は全くの見当違いだったとかいう恥ずかしいことにはならなくて済んだみたいです。完全に合っていた訳でもありませんでしたが。


『……じゃあ、ウルちゃんは今まで』


「そうさ。お母さんに会えなくなったボクは……幼い頃に会えなくなってしまったお父さんに会いたくて、ボクはあの事件を調べてた。もう顔も思い出せなくなりつつある、ボクのお父さんに。

 君たちに近づいたのも、あの事件の関係者だったからだ……まあ、合宿でマサトに声をかけた時からその下心はあったんだけど、ぶっちゃけマサトが思ってたよりも何も知らなさそうだったし。何より初対面のボクに自分の性癖を話し始めるような人だって解ったからもういいかな~、とか思ってたんだけどね」


 ねえ今私について言及する必要ありましたか? 必死に顔を背けてはいますが、オトハさんから信じられないといった視線が向けられているような気がしてるのですが。


『マサト、後で二人だけでお話があるから』


 ほらなんかこういう感じになっちゃうからァ。


『だいたいのことは解ったけど……それじゃああのクラス対抗戦の時に、マサトがウルちゃんものなるとか言ってたあの話は?』


「ああ、あれかい? あれはマサトと、ちょっと賭けをしてただけさ」


 あっけらかんと、ウルさんは答えます。みんなには内緒だよ、なんてウルさんが言っていたのでここは適当に誤魔化すのかとも思っていましたが、素直に話し始めたので意外でした。


「勝負に勝った方が負けた方を好きにできるっていう、ちょっとしたお巫山戯だよ。まあ結局ボクが負けちゃったんだけど、その前の予選で既に負けてたマサトがあーだこーだうるさかったからさ、結局は全部なしになっちゃったけどね」


『……そうだったんだ。間違いない、マサト?』


「はい、間違いないです」


 確認を取られた私ですが、ウルさんが正直に喋っていたので特に何かすることもなく頷きます。


『じゃあマサトがウルちゃんのものになっちゃったとか、逆にウルちゃんがマサトのものになったとか、そういうことも何もないんだねッ!?』


「は、はい……何もない、です……」


 何故か真剣な顔をし、ずいっと私の方に顔を近づけて聞いてくるオトハさんに多少たじろぎながらも、私は再び頷きました。な、なんでしょうか。そこ、そんなに確認するところなのでしょうか。


「……これが、ボクの持ってた秘密さ。大したことないだろ? それこそ、魔王の力を持ってるマサトに比べたらさ」


 ウルさんからその話が出たということは、彼女は私の事も知っているということです。


『わたしがウルちゃんにもう話してあるの。見られちゃったんなら、変に誤魔化したりするよりも、事情をちゃんと話して黙っててもらいたかった方がいいと思って』


「もちろん。言いふらすつもりはないよ。言ったところで、簡単に信じてもらえるような話じゃないしね。それに……どうせそのうち、ボクはもうみんなには会えなくなるし……」


「……えっ?」


 そうぼやいたウルさんの言葉を、私は聞き逃しませんでした。

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