第44話 予選ラウンド②
「ォォォオオオオオオオオッ!!!」
兄貴みたく、マギーさんみたく、自分を奮い立たせようと私は声を上げました。襲ってくる他クラスの生徒に負けないように。戦場の空気に呑まれないように。私が、勝てるように。
相手の木刀を正面から受け止め、木刀と腕が震えました。相手も男子生徒で走ってきた勢いもあります。なかなかの威力ですが……いつも打ち合っていたマギーさん程ではありません。
「ハァァァアアアアアッ!!!」
「なっ!?」
私は再度声を上げ、受け止めた木刀を力づくで弾き返しました。驚いた相手は、弾かれた体勢のままよろけています。兄貴との筋トレの成果は、ちゃんと出てるみたいですね。
そしてここからは、マギーさんとの鍛錬の成果を見せる時。よろけて隙を見せた相手に、彼女がどう攻めていたか。ここで剣を振るうのは少し時間がかかる。最小の行動で、敵に致命打を与えられる一撃は……。
「ハッ!」
「ガ……ッ!」
突きです。マギーさんが得意としている、相手を射殺す勢いで放つ突き。彼女程綺麗にとはいきませんが、私が思いっきり相手のお腹に向かって突きを入れたら、相手が息と同時に悲鳴を吐き出しました。
行ける。完全に体勢を崩した相手を見てそう思った私は、くの字に前かがみになった相手の背中に、木刀を振り下ろします。
「グハァ!」
叩き込んだ木刀が背中にめり込み、苦しそうな悲鳴を上げて倒れ込みました。
よし、倒せた。特訓の効果は、出ているみたいですね。魔王の力を使わずとも、私でも倒すことができました。心の中に小さな達成感のようなものが芽生えます。
おっと、忘れていました。相手を倒したのなら、ハチマキを奪わないといけないのでしたね。倒れ込んでいる隙に、頭に巻いてあるハチマキを奪います。青色のハチマキなので、四組の生徒ですか。
四組……ということはつまり。
「っ!?」
私は急いで周りを見渡しました。四組、つまりはウルさんのクラスです。今突撃してきたのが四組ということは、ウルさんももしかしてこちらに……?
「ヤァァァアアアアアッ!」
「くっ!」
いるのかと思いましたが、他の生徒に斬りかかられました。何とか受け止めましたが、新たな相手はまた男子生徒で、木刀の連撃を叩き込んできます。
「ヤァ! ヤァ! ヤァ!」
「くっ、この……ッ!」
とはいえ、目の前で乱撃を打ち込んでくる人を捌きつつウルさんを探すなんていう器用な真似は、私ではまだできません。とにかく、まずはこの人を何とかしないと。
「ハァァァアアアアアッ!!!」
声を上げて自分を奮い立たせ、相手の一撃に合わせて思いっきり打ち込みました。木刀同士が鈍い音を立ててぶつかり、相手も乱撃を止めて負けじと力を込めます。
当然でしょう。ここで押し切られてしまえば、そのままやられかねません。
「~~~~~~ッ!」
何とか、乱打を放ってくる相手の攻撃を止め、鍔迫り合いの状態に持ち込むことができましたが、相手の力も相当のものです。歯を食いしばって力を込めますが、ぶつかりあっている木刀はビクともしません。
『援護するよマサト!』
そう聞こえてきた瞬間。私はそれがオトハさんのものであることを確信し、すかさず身を引きました。
力を込め合って均衡していた状態を自ら崩したことで、相手が前のめりになります。
「な……ッ!」
『"炎弾(ファイアーカノン)"ッ!』
その直後、私の横を通り抜けて炎の塊が飛んでいき、前のめりになった相手生徒に直撃しました。
「ぎゃぁぁあああああっ!」
悲鳴を上げ、炎に包まれた生徒はそのまま倒れ、動かなくなります。死なないように魔力調整されているとはいえ、これ、大丈夫なんでしょうか。まあ、あとは先生方が何とかしてくれるでしょう。
「ありがとうございます、オトハさん!」
『ううん! マサトも気をつけて!』
私は振り返らないまま、援護をくれたオトハさんに感謝を述べます。そのまま周りを見渡し、状況を再度確認します。
突っ込んできた他クラスの部隊は、魔法部隊も護衛部隊もないままにこちらに攻め入ってきており、各所で生徒同士がぶつかっています。
と言うか、魔法部隊のハズの生徒も木刀で斬りかかってきているので、もはや魔法部隊とは呼べないかもしれません。
こちらはその猛攻に対して、護衛部隊の生徒で壁を作って攻撃を食い止め、魔法部隊が魔法で相手を牽制しています。ボヤボヤしてはいられない。相手の方が白兵戦の人数が多い分、私も急いで守勢に回らなければ。
そして。
(もしかしたらこの混乱に乗じて、ウルさんが攻め入ってきているかもしれない……ッ!)
私の頭の中には、あの飄々としたウルさんがこの機に来ているかもしれないという不安がありました。
突撃部隊とは言っていましたが、彼女は結構平気で嘘をつくことがあるので、それも信用していません。あんなことを言っておいて、実は護衛や魔法部隊だったとしても全く不思議ではないのです。
「ォォォオオオオオオオオッ!!!」
押しかけてくる相手を声を上げて受け止めていると、視界の端にチラリと、白い尻尾のようなものが映った気がしました。
気のせいかもしれませんが、気のせいじゃないかもしれません。なら、一種の賭けです。
私は目の前の生徒を力任せに無理やり押し出すと、背後を見ないまま、その身を翻しながら木刀を振り抜きました。
「くっ!?」
私が振り抜こうとした木刀は、誰かに受け止められました。そのままを後ろへ向くと、案の定、そこにはウルさんがいました。
「……よく気がついたねマサト。せっかく突撃部隊なんて嘘までついたってのにさ」
「……何となくでしたよ。正直空振りになると思ってましたが。貴女のやり方は、何となく想像できたので」
「……嬉しいなあ。ボクのこと、そこまで解ってくれてるんだね」
そう微笑んだウルさんは、そのまま一度距離を取りました。見ると、彼女は木刀を構えておらず、手から肘くらいのところまである白い手甲のようなもので、私の木刀を受け止めていたみたいです。
何の装飾もされていない磨かれた真っ白な手甲が、陽の光を受けてキラキラと光っています。
「ヤァァァアアアアアッ!!!」
しかし、先ほど私が押し返した生徒が再び襲いかかってきました。それに合わせて、ウルさんも距離を詰めてきます。
不味い、このままじゃ挟み撃ちです。先ほどの兄貴みたく強引に斬り払えればいいのですが、私にできるのか……?
『危ないマサトッ! "光弾(シャインカノン)"、"操作(マニュアル)"!』
そう思っていたら、襲いかかってきた生徒を白く光る弾がその横っ腹にぶつかりました。魔法を受けた相手生徒が、よろめきながら足を止めます。
あれは、魔国や体育館でも見せたオトハさんの魔法ですね。光る弾はぶつかった後も消えることなく、Uターンして彼女の元へと戻っていきます。
それを確認した私は急いで向かってくるウルさんの拳撃に備えました。
「後ろは任せましたオトハさん!」
『わかった! マサトも無理しないで!』
「……あーあ。挟み撃ちは失敗かぁ」
すると、襲って来ようとしていたウルさんがその足を止めます。
「あっさり決まれば良かったんだけど、オトちゃんも来ちゃったし……やっぱり決勝かな? せっかくやるなら、もっとゆっくりやり合いたいしねぇ……じゃ、ボクは一度、ここでバイバイするよ」
そして彼女は、あっさりと身を引いていってしまいます。
「決勝で待ってるよマサト。君とボクの勝負なんだから、ボク以外にやられないでおくれよ?」
「ま、待ってウルさん……くうぅ!」
逃げるウルさんを追いかけようとしたら、他の生徒に絡まれました。それを木刀で受け止めている間に、彼女は姿を消してしまいます。逃げられ、ましたか。
「くっ……このぉ!」
受け止めた木刀を、今度は斜めにズラしていなしました。マギーさんがよくやっている技の見様見真似ですが、この際なんでもいいですね。体勢を崩す相手の横を抜け、その背中に木刀を叩き込みます。
「ぐはぁ!」
一撃を入れた相手がよろめいたところで頭のハチマキを奪い、脱落させました。そのまま顔を上げた私が周りを見渡しましたが、ウルさんの姿はどこにもありません。
「逃げられました、か……そうだ、オトハさんは?」
見えなくなった彼女のことは一度さておき、先ほど背後から襲いかかられた生徒の相手を引き受けてくれたオトハさんの姿を探します。
彼女は魔法部隊であり、接近戦が苦手なはず。急いで援護に行かなければと見渡すと、その小さい姿はすぐに見つけることができました。
「くっ……このぉ!」
『近づけ、させない!』
見ると、彼女の周りを一つの"光弾"が周回しており、先ほどの生徒が近づけないようにしていました。木刀を振り上げて突撃しようものなら、先ほどのようにその横っ腹に"光弾"が入るでしょうし、かと言って。
「"炎弾(ファイアーカノン)"ッ!」
『やらせません!』
遠巻きから魔法を放とうにも、飛び回っている"光弾"がそれを全て受け止めてしまい、彼女まで届かないのです。
凄い、なぁ。魔法の継続的な使用は断続的なオドの供給配分と、魔法を操る為の魔導式の計算を瞬時にできる技量さえあれば可能と授業でやりましたが、オトハさんはそれをあっさりとやってのけています。
『このっ!』
「ぎゃぁぁぁあああっ!!!」
そのまま彼女は"光弾"を巧みに操り、相手にしていた生徒を上から押しつぶしてしまいました。下敷きになった生徒の上に鎮座していた"光弾"は再び浮き上がり、オトハさんの側に控えます。
『大丈夫だったマサトッ!?』
「は、はい。大丈夫です……」
『良かったぁ』
オトハさんはふうと一息つくと、再び表情を厳しくし、周りを警戒します。
『怖かったら遠慮なく言ってね。無理したら駄目だよ。わたしがしっかり、守ってあげるから』
「は、はあ……」
そう言って、彼女はまた控えさせていた"光弾"を動かし、戦っているクラスメイト達の援護を始めました。話している間も魔法を起動しっ放しとは、本当に凄いですね。
しかし、かなりの過保護っぷりを見せているオトハさんです。彼女からしたら、ひと月くらい真剣に努力した程度では、まだまだ守るべき対象ということなのでしょうか……あんなに頑張ってきたというのに。
「…………」
そしてそれは事実なのでしょう。私は兄貴やマギーさんみたいに剣の腕が凄い訳でも、オトハさんみたいに魔法の技術が高い訳でもありません。
黒炎を使えばまた違うのでしょうが、それだと魔王の力にすがっているだけということになります。
つまり、黒炎のない私は、ちょっと訓練しただけの平凡な一市民と何ら変わりのない存在。彼らみたいな強い人間ではないのです。そうなのでしょう、そうであって当たり前なのでしょう……だけど。そうだとしても。
「……ォォォオオオオオオオオッ!!!」
再度気持ちを入れた私は、木刀を握りしめ直して声を上げ、他クラスの生徒に向かって駆け出しました。鍔迫り合いをしているクラスメイトのところに割って入り、他クラスの生徒を打倒します。
いくら私が弱いとはいえ、私にも必死に頑張ってきた事実があります。色んな理不尽に文句を言わず、耐えてきた実績があります。
なら、少しだけ、ちょっとだけでも……私だって、誰かに頼られてもいいじゃないですか。
守られるだけじゃありません。守る側にだって、なれるはずです。さっきだって、黒炎抜きに、私はしっかり戦えたじゃないですか。
私は頑張ってきたんだ。心配されるだけじゃない、むしろ感心されるくらい戦えるはず。私だって、私だって。
『あ、危ないよマサトッ! 周りも見ないと……』
「負け、ませんっ!?」
しかし、前にばかり意識が集中していたためか、背中に衝撃が走りました。オトハさんからの警告が来た時にはもう遅く、痛みに耐えながら振り返ると、そこには木刀を振り下ろした他クラスの生徒がいます。
しまった、と思った時には手が伸びてきて、私は痛みでロクに抵抗もできないまま、額に巻いてあったハチマキは奪われてしまいました。
『マサトッ!』
やがて終了の笛が鳴り響き、予選ラウンドが終了します。その笛の音を聞きながら私の脳裏に浮かぶのは、後悔と羞恥、そして期待を裏切ってしまった自分への落胆。
奪われてしまった、やられてしまった、もっと周りを見ていれば、あんなこと考えておいてこのザマか、なんて情けないんだ。
私は内から溢れ出る悔しさを噛み締めながら、膝から崩れ落ちました。
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