第43話 予選ラウンド①


「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」」」


 突撃部隊である兄貴やマギーさん達が、声を上げながら駆け出しました。声を出して相手を威嚇しつつ、自分たちの士気を高めることは基礎中の基礎。


 周囲のクラスも一斉に発声しているため、各所からの咆哮で空気が震えています。ビクッと身体が震えた私でしたが、その空気に飲まれないために、負けじと声を上げました。


「お、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 思いっきり声を出してみると、不思議と気分が落ち着いてきました。最初こそ咆哮の凄さに萎縮していた部分もありましたが、今は吹っ切れたというべきか、ビクついた心も平静を取り戻しました。


 改めて戦場を見てみると、既に兄貴やマギーさん達の突撃兵は、衝突寸前までその距離を詰めています。


『援護します!』


 その直後に、背後からオトハさんの魔導手話が響き、魔法陣による光が溢れます。振り返ると、十人のクラスメイト達が展開した魔法陣が輝いており、次の発声で一気に魔法が放たれました。


「「『"炎弾(ファイアーカノン)"ッ!!!』」」


 授業で習った最初の魔法である"炎弾"が十個、突撃してくる相手に向かって放たれました。


 当然。それは相手とて同じこと。敵クラスの魔法部隊から同じように魔法陣が形成されているのが見えます。


「援護しますよ兄貴、マギーさん!」


 それを見た私は、すぐに行動に移りました。突撃している兄貴やマギーさん達が正面から魔法を受ける訳にはいきません。ならば、余裕のある私たちがそれを補佐するまで。


 他の護衛部隊のクラスメイトと頷き合い、私は指を走らせました。空中に指を動かすと、それに合わせて光の軌跡が作られます。空気中のマナを操って魔法陣を形成し、これによって魔法を行使するのです。


 描き終わった魔法陣に発生場所の座標を定めた私は、発動のためのトリガーである魔法の名前を叫びました。


「"守護壁(ディフェンスウォール)"ッ!」


 直後、兄貴達が走る前にマナの壁が現れました。薄緑色の壁は透明さがあり、向こう側も透けて見えています。


 しかしその壁は飛んでくる炎の塊を全て受け止め、通すことを許しませんでした。


「ナイスだぜ兄弟!」


「いい援護ですわマサト!」


 前線の兄貴たちからの言葉を得て、私は援護が上手くいったことにホッとしました。


 しかし、それは相手とて同じこと。オトハさん達が放った魔法も同じように、敵の魔法にて防がれました。受け止めた魔法が砕け散って、その衝撃で砂埃が舞います。


「「ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」」


 その砂埃の中、兄貴やマギーさん達の突撃部隊が突っ込みました。少しして、木刀がぶつかり合う音が聞こえてきたので、おそらく接敵したのでしょう。ここまでは最初に聞かされていた予定通り。ここからが本番です。


「ウウウウウウウウウラァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


「ぐわああああああっ!」


「ぎゃぁぁぁあああっ!」


 兄貴が吠えながら木刀を振るっています。右へ、左へ、巧みに木刀を操って、四クラスの突撃部隊で乱戦となった中を突っ切っていきます。


 向かってくる輩に木刀を叩き込み、側面から強襲してくる敵の攻撃を躱して蹴りを入れ、倒れる相手から容赦なくハチマキを奪い、兄貴はドンドンと進んでいきます。


「"炎弾(ファイアーカノン)"ッ!」


 そんな兄貴の突撃を恐れたのか、少し離れた位置から兄貴に向かって"炎弾"が放たれました。魔法陣を描いていなかったので、おそらくはオドの適正持ちの生徒でしょう。


 飛んでくる炎の塊を見て、兄貴は木刀を真っ直ぐ上に持ち上げて、元の世界の剣道で言う上段の構えを取ります。


「試させてもらうぜジジイ。オメーの剣が……本当に魔法に通じるのかってなぁ!!!」


 炎が直撃する刹那、兄貴は上に構えた木刀を真っ直ぐに振り下ろしながら叫びました。


「"断魔一閃"ッ!!!」


 真下に振り下ろされた剣閃は、そのまま目の前の炎の塊を切り裂きました。真っ二つになった炎は兄貴の横を通り過ぎ、後ろで戦っていたクラスメイトのマークに直撃します。


「ぎゃぁぁぁあああああああああああああっ!!!」


「あっ。ワリィなマーク……だが」


 焦げて気絶しているマークに片手でお祈りを捧げた後、兄貴は手応えを得たようにニヤリと笑いました。


「できたぜジジイ。まだほんの触りだけどよ……」


 そうしている兄貴の所に、三人の生徒が同時に斬りかかります。


 援護を、と私が考えたその時、兄貴はそのまま身体を翻して剣を振るい、振り下ろされていた三人の木刀を一太刀で弾き飛ばしてしまいました。なんという馬鹿力。


「そんなんじゃ俺はやれねえぞオラァ!!!」


 そのまま丸腰となった三人を順番に叩き伏せ、ハチマキを奪います。そうして用済みとなった三人には目もくれず、他の生徒が斬り合いしている中に突っ込み、次々とそれを打倒していきます。


 す、凄い……兄貴が本気で戦っているところを、初めて見ました。前のマギーさんとの戦いはすぐに口喧嘩になってしまいましたし、その後のガントさん達との戦いの時は、兄貴はオトハさんを人質に取られていて全く戦えませんでした。


 今なら。あの時に人質を取って兄貴の動きを封じた彼らの気持ちが解ります。こんなものを見せつけられたら、そりゃまともに相手をしようとは思わないでしょう。


 これが、悪鬼羅刹と呼ばれている兄貴の実力。戦場で敵をなぎ倒していその姿は、まさに鬼と呼ぶに相応しい姿です。


「あの世で見てっかジジイッ!」


 兄貴が吠えました。


「俺が証明してやるぜ。オメーの剣は最強だってなぁ! っしゃぁ! どいつもこいつもかかってこいやぁ!」


「後ろがお留守ですわよこのお馬鹿ッ!」


 咆哮と同時に背後から斬りかかられた兄貴を庇うように、マギーさんが振るわれたその剣を受け止めます。全く気づいていなかった兄貴は、びっくりしたように振り返りました。


「"花は風をいなす(パリィ・フレクション)"ッ!」


「ぐはぁっ!」 


 受け止めた剣を受け流し、体勢を崩した相手に向かってマギーさんは容赦のない突きを見舞います。あまりの痛さに木刀を落とした相手から、彼女は容赦なくハチマキを奪いました。これで、あの人も退場ですね。


 相手の剣を受け止めて、それを受け流し、体勢を崩したところに一撃を見舞って仕留める。兄貴との戦いでも見せたあの戦法は、私も鍛錬の際によくやられました。


「……っぶねー。サンキューパツキン」


「サンキューじゃありませんわこの野蛮人!」


 兄貴の礼にも、マギーさんは振り返ることなく声を上げました。周囲の警戒を解くことはなく、その表情は真剣そのものです。


「仮モノとは言えここは戦場でしてよ! 武闘大会か何かと勘違いしているのではなくて!? 最強を吠える前に、まずは生き残ることを先に考えなさい! 次は死んでますことよッ!」


「……へ。確かにな。ここは戦場だったな」


 それを聞いた兄貴は少し笑うと、持っていた木刀を握り直して再度、周りの生徒に向かって突撃していきました。


「あんがとよパツキン! 終わったら飯でも奢ってやらぁ!」


「言いましたわね! フルコースを所望しますのでお財布のお覚悟をッ!」


 兄貴に続いて、マギーさんも向かっていきます。しかしこの二人、乱戦で多くの生徒がやり合っている中に平気で飛び込んでいくとは、すごい根性です。少し遠くから見ているだけでも、かなり危なそうなのに。


「ハァァァアアアアアアアアアッ!!!」


 振るった剣の軌跡が見える程に美しいマギーさんの剣技が光ります。味方を倒した相手に向かって斬りかかっていき、受け止められたらすぐに身を引く。


 そして相手が踏み込んできたところで剣を合わせてそれをいなし、即座にカウンターを狙う。


 ヒットアンドアウェイで自分の得意な間合いに持ち込んで、確実に一人ずつ倒していくマギーさんは、やはり強いです。あの事件の時も、十人近い上級生相手にほぼ全てを一人でなぎ倒しただけはあります。


「三組の奴らがヤベェ! 囲め囲め!」


「させっかよ……クソっ!」


 やがて兄貴とマギーさんの猛攻に焦りを感じたのか、周囲の生徒たちが集まり始めました。そうはさせまいと兄貴が攻撃を仕掛けましたが、二人がかりで抑えられている間に包囲されてしまいます。


「チィ! 袋叩きにするつもりか!?」


「問題ありませんわ!」


 兄貴の焦りに対しても堂々とそう言い放ったマギーさんが、包囲している生徒の一角を目指して駆け出しました。


 囲んでいた生徒達が、突っ込んできたマギーさんに向かって一斉に木刀を振るおうとしたところで、彼女が叫びます。


「一点突破ッ! "花はここに散る(フォールアウト)"ッ!」


「「「ぎゃぁぁぁあああああああああああああっ!!!」」」


 直後、多数の剣閃がまるで咲き開いた花のように見えたかと思った瞬間、マギーさんを囲んでいた数人の生徒が一斉に倒れ始めました。


 す、凄い。十人近くの包囲網の一角に、一人で穴を開けるなんて。


「……まだ一太刀の威力が足りませんわ。精進あるのみ、ですわね……さあ、まだまだこれからですわ!」


 そうして、マギーさんは囲んできた生徒らに対して再び攻撃を仕掛けました。彼女に続いて、包囲されていた兄貴達も反撃を始めます。


 強い。兄貴もマギーさんも、本当に強い。私は心底、二人の強さに感心していました。私もいつか、あんな風に……。


『マサト! 魔法が来てるッ!』


「っ!?」


 二人の活躍に見とれていたら、オトハさんから魔導手話が伝わってきました。ハッとした私が周囲を見渡すと、他クラスの魔導部隊からこちらへ向かって魔法が飛んで来ています。


 見た所飛んできているのは炎と氷の塊なので、"炎弾"と"氷弾(アイスカノン)"でしょう。少しボーッとしていましたが、これなら間に合う。私は急いで空間に描画を始め、魔法陣を形成します。


「"守護壁(ディフェンスウォール)"ッ!」


 ギリギリで展開した魔法のおかげで、何とか飛んでくる魔法を防ぐことができました。危ない危ない、何をボーッとしていたんだ私は。


 私も今は戦場に立っているんだ。油断したら、死んでしまう。と言うか、本物の戦場ならおそらく既に死んでいたでしょう。


 再度気を引き締め直すと、再度攻撃してきた敵部隊の動きに目をやります。


「……まさか、魔法部隊ごと突っ込んできているとは」


 そこで私が目にしたのは、他クラスの護衛部隊と魔法部隊が一緒になってこちらへ突撃してきている光景でした。魔法部隊はどちらかと言うと大砲みたいなイメージを持っていたので、あまり動かないものだと思っていたのですが。


 そうか。魔法を撃つのは人間ですもんね。動き回れるなら、動き回った方が良いに決まっていますよね。


「……来ます、か。よし、受けて立ちましょう」


『うん。負けないよ』


 そして私は、他のクラスメイトと共に木刀を構え、オトハさん達の魔法部隊も、突撃してくる相手に向かって魔法を放ちました。


「「『"炎弾(ファイアーカノン)"ッ!』」」


 放たれた炎の塊が突撃してきている相手部隊に直撃します。一部よろけた人もいるみたいですが、その歩みが止まることはありませんでした。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 やがて距離は縮まり、他クラスの生徒達が咆哮を上げながら接敵してきます。魔法は、この距離では間に合いませんね。


 オドの適正があれば間に合うのかもしれませんが、生憎私はマナ組。いいでしょう。マギーさんとの鍛錬の成果、今こそ見せる時です。


 そう心を決めた私は、走りながら振り下ろされた相手の木刀を、正面から受け止めました。

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