第38話 回答は無回答


「いくらなんでも、そこまで言わなくてもいいんじゃないですか?」


「マサト!」


「兄弟……」


 私の言葉に、二人は一斉にこちらを振り向きました。


「話したくないことくらい、誰にでもあると思いますし……」


「それでも、この方は怪しすぎますわッ!」


 マギーさんがウルさんを指差しながら声を上げます。


「いくら在籍期間が短かったからとはいえ、転校前の学校で知られていないなんてありえますこと? それに、合宿でわざわざ別のクラスのマサトに話しかけてきたというのも、今にしてみればあの事件の関係者であるからかもしれませんわ」


「…………」


 その言葉に、ウルさんは何も反応しません。マギーさんに続いて、兄貴も口を開きました。


「それによぉ、兄弟。ねーちゃんがさっきまで誰かと話してたっぽいのは知ってんだろ? 同じ学生とかセンコーなら隠れる必要もないし、ねーちゃんが誤魔化す必要もない。なら、誰かバレたら不味い奴らと一緒だったってことだ。違うか?」


「……確かに、お二人の言うことも解ります」


 私は彼らの言い分を聞いて、確かにそうだと思いました。いくら目立つからとはいえ、わざわざ別のクラスの人間に関わりに来ようとするのは、その必要があったから。


 ウルさんが何故かは知りませんが、あの私が暴れた事件を調べていて、その為に当事者である私に近づいたかもしれない。


 そして兄貴の言う、誰かと会話していたということもあります。実際に、話しているっぽい音を私も聞いたのですから。それがただの生徒や先生であれば、わざわざ隠す必要もないでしょう。


 そうなると兄貴の言葉の通り、バレたら不味い人達とか関わっている。あり得ないとは思いますが、自分的な最悪を考えるなら、私を探している魔族の追手の一人という線もあるかもしれません。


 しかし、しかしです。


「……でも。ウルさんは合宿の時に私に向かって根堀葉掘り、あの事件の事を聞いてくることもしませんでした。それにおそらく、私かに声をかけなければ、ウルさんはあれ以降、私に関わってはこなかったと思います」


 合宿の時を思い出しても、ウルさんは最初の崖登りの時に声をかけてきたくらいで、それ以降、私に話しかけてくることはありませんでした。


 それに一緒にやりましょうと言った際、ウルさんは最初、私の誘いを同情ならいいよと断っています。本当に必要があって私に声をかけたのなら、そこは喜んで乗ってくる筈です。


「そ、そうなのですか……?」


「はい、そうでした」


 私の説明に、マギーさんは前掛かりだった勢いを少し抑えてくれました。


「で、では、転校前の学校で彼女のことを知らない人ばかりと言うのは、どう説明しますこと?」


「転校前のことはよく解りませんが……単純にウルさんが学校に行っていなかったんじゃないですか?」


「え……っ?」


 この言葉に声を上げたのはウルさんでした。どうしてそのことを、という感じで目を丸くされています。


「いや、私と最初に話した時に、『学校なんて来るの久しぶりだった』とか言ってませんでしたっけ? 私、あれを聞いたので、ウルさんは何か事情があって学校には行っていなかったのかなあ、と勝手に思ってたんですけど」


「……よく、覚えてたね」


 感心しているのか引いているのか解らないウルさんの言葉ですが、まあいいでしょう。詳細までは覚えていませんが、ウルさんが久しぶりに学校に来たようなことを言っていたのは覚えています。


「事情は解りませんが、学校に行ってなくてそのままこちらに転校することになった、と考えたら、前の学校でウルさんの事を知っている人がいなくてもおかしくありません」


「……マサトの言う通り、ボクは北士官学校には行ってなかったよ。信じてくれるかは解らないし、理由まで話せって言われると、ちょっと困るけど……」


 あくまで推測でしたが、ウルさんは私の推測を肯定してくれました。良かった、的外れじゃなくて。私は胸を撫で下ろします。


「ほら、ウルさんもこう言ってますし。マギーさんも向こうの入学者一覧みたいなものまで見てきた訳ではないんですよね?」


「ま、まあ、確かに。わたくし達はその辺にいた学生に、お話を聞いただけですが……」


「……兄弟の言うことも解るがよ」


 たじろぐマギーさんを押しのけて、今度は兄貴が前に出てきました。


「そうなると、このねーちゃんがあの事件を嗅ぎ回ってんのはどう説明するんだ? さっきまで、隠さなきゃならない奴らとも会ってた訳だしよ」


「それは、おそらく……」


 兄貴の言葉に、私は答えました。これも完全に私の推測になるのですが、ウルさんがあの事件を調べて回っている理由。そして誰かと会っていたとしても、私たちに必死に隠す理由。


 そんなもの、私は一つしか思い浮かびません。


「……魔族の誰かと、会っていたんだと思います」


「っ!?」


「や、やっぱりそうなんじゃねえかッ!」


 驚愕の表情のウルさんに、それみたことかと声を荒げる兄貴。そうだとは思いますが、そうだとしても落ち着いてください。


「落ち着いてください、兄貴。仮にウルさんが先ほどまで誰かと会っていたのだとしたら、私はおそらく魔族の方だとは思います。でもそれは……親御さんとか、そうじゃなくてもそれに値するような、親しい人なんじゃないですか?」


「な……ッ!」


 仰天のあまり、ウルさんが声を上げています。一体どうしたのでしょうか。もしかして私の推測はドンピシャだったのでしょうか。だとしたらやりました。気分が高揚しますね。


「ど、どういうことだよ兄弟?」


「兄貴。私は、要はこういうことじゃないかと思ってます」


 困惑する兄貴に向かって私は自分の推測を述べます。何でしょうか。何故かだんだんと楽しくなってきました。


「ウルさんは魔族とのハーフの方です。それはつまり、片親は人間で、もう片方は魔族ということになります。そして、ハーフの方への扱いというのは、人国の社会では厳しいものです。半人、なんて呼ばれて遠ざけられていますもの。それを知っている親しい魔族の人が、ウルさんを心配してこっそり会いに来てる、と考えたら辻褄が合いませんか? それにもし魔族の方が来ていたのなら、私たちが出会った魔族について調べるのも解ります。自分たちと同じで魔族なのに人国にいるなら会ってみたいと、可能なら合流したいと、考えると思いますから」


「……なるほど、な……」


「…………」


 私の推測に、兄貴はすんなりとは行きませんでしたが、納得してくれたみたいです。ウルさんは、ただ、私の言葉を聞いていました。


 その目は、困惑しているかのようにも見えましたが。私は、自分の言い分が綺麗にハマったことに、一種の達成感を覚えていました。


『……マサト』


 少しの沈黙が訪れた後、最初に口火を切ったのは、今まで特に会話に入ってくることのなかったオトハさんでした。


『マサトの言うことも解るよ。確かにマギーさんやエドくんの言い分は、マサトの言う通りで解決できる。でも、ウルちゃんはまだ、マサトの言ったことが本当だったとは言ってない』


 オトハさんのその言葉にハッとした私は、高ぶっていた気分が少し冷めてきたのを感じました。そうだ。何を得意げになっていたんだ。自分の言い分でマギーさんや兄貴の言い分を言い負かしたのは事実ですが、かと言ってそれが真実であることもまだ不明です。


 何せ、肝心のウルさんが、何も言わないのですから。


『実際どうかはわたしも知らないよ? でもマサト。二人に言い返すのもいいけど、マギーさんもエドくんも、マサトのことを心配して言ってくれてたことは、ちゃんと解ってて欲しい』


 昨日遅くに寮へ帰ってきたマギーさんが、怪しい女にマサトが惑わされているかもしれないと、すごく心配してくれていたことも、合わせて教えてくれました。


 そう、だったんですか。わざわざ私の為に、授業を丸々すっぽかしてまで北士官学校まで行ってくれていた、と。そう思った私は、二人へ向けて頭を下げました。


「……すみません、マギーさんに兄貴。私の事を心配して、わざわざ言ってくださっていたのに……」


「……別に、お礼を言われるようなことじゃありませんわ。こちらが勝手にやったことですし」


「……そーだぜ兄弟。俺とオメーの仲じゃねーか」


 ふん、っと少しそっぽを向いているマギーさんと、気にすんなと親指を立ててくれている兄貴です。


 お二人の気遣いがあったというところまでは、私も考えが及びませんでした。ここはオトハさんにも感謝するべきでしょう。


「……オトハさんも、ありがとうございました」


『……ううん。わたしも、マサトが心配だったし』


 どれだけ心配されているのでしょうか、私は。ありがたい反面、何だか男として情けなくなってくる部分があります。そんなに危ういというか、頼りない感じのでしょうか、私は。


 しかし、です。皆さんが私を心配してくれているように、私もウルさんのことを心配しています。私はもう一度、私を心配してくれる皆さんに、自分が思っていることを素直に言ってみることにしました。


「皆さん、ありがとうございます。私は、皆さんのことを、大切な友達だと思っています……そして、それはウルさんも一緒なんです」


「……えっ?」


 まさかここで話を振られるとは思っていなかったのか、ウルさんが思わず声を漏らします。


「私は、ウルさんのことも、大切な友達だと思っています。だから私は、そんなウルさんとマギーさんや兄貴が言い合っているのは、見たくなかったんです。皆さんからしたら、まだ友達の友達みたいな感じかもしれませんが……私は皆さんが、私の友達同士が、仲良くなってくれたらなと、思いまして……」


 何だか話していて恥ずかしくなってきた私は、次第に声が小さくなっていきました。


 面と向かって大切な友達だの仲良くして欲しいだのと言うのが、こんなに恥ずかしいことだったとは……もっと他の言い方があっただろうと、自分の対人関係の未熟さを恥じます。


「…………」


「…………」


「…………」


 それを聞いていた皆さんは、少しの間黙っていましたが、そこで口火を切ったのはマギーさんでした。


「……優しいのですね、マサトは。恥ずかしいくらいに」


 褒められているのかけなされているのか解らない言葉が、私の心にストライク。まるで胸のど真ん中を槍か何かで貫かれたようなこの衝撃。


「……いーんじゃねーの? 兄弟はバカ正直だしな」


『……そうだね。これはマサトの良いところだと思う。見てて危なっかしいくらいの』


 トドメと言わんばかりに、兄貴とオトハさんからも言葉の刃が飛んできます。こちらも褒められているのかけなされているのかが解りませんが、少なくとも私の心にダメージが入っているのは確かです。ぐはっ。


 丁度その時、お昼休みの終了を告げる鐘が鳴りました。


「……授業、始まりますわね」


「……そーだな。一旦戻るか。おいねーちゃん」


 教室へ戻ろうと皆さんが動き出した時、兄貴が言葉を発せずにいるウルさんに声をかけました。声をかけられた彼女がビクッと反応します。


「兄弟に免じて、これ以上の追求はしねーでおくよ。また昼を一緒にしたいってんなら来な。突っぱねたりはしねーよ」


「……そうですわね。わたくしも野蛮人と同じです。お待ちしておりますわ」


 兄貴に続いて、マギーさんも声をかけます。


「ただし。もし何かやましいことがあって、それでわたくしの友人に迷惑をかけるようでしたら……その時は容赦しませんので、お覚悟を」


『またね、ウルちゃん……行こう、マサト』


「はい……ウルさん」


 オトハさんに引っ張られて、私も歩き始めました。マギーさんの言葉を聞いてからか、ウルさんが少しうつむいているようにも見えます。


「お昼、待ってますから。また、ご一緒しましょうね」


 私はそう言って、その場を後にしました。


「…………」


 ウルさんは結局、何も言ってくれませんでした。

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