第37話 質問はやがて詰問に
「……では次に、今月末のクラス対抗白兵戦についてだ。資料を配るから、各自目を通すように。以上だ。他の生徒は授業に遅れないように移動すること」
次の日。朝のホームルームで配られた資料も頭に入ってこないくらい、私は考え事をしていました。それは、昨日の夜遅くに帰ってきた兄貴から聞いた話です。
昨日。結局兄貴とマギーさんは、昨日の午後の授業を丸々サボってどこかに行ってしまいました。それを聞いて怒髪天を衝くグッドマン先生の怒りっぷりは、自分ではないのに震え上がったものです。
オトハさんも行き先は聞いていなかったらしく、お手洗いから戻ってきたらマギーさんが消えていた、とのことでした。ちなみに彼女の機嫌は、マギーさんが口添えしてくれていたみたいで、何とか戻ってきています。ただ次のお休みの日に買い物に行くからと、荷物持ちを頼まれてしまいましたが。
その日の遅くに戻ってきた兄貴にどうしたのかと尋ねてみると、どうもマギーさんと一緒に北士官学校へ行っていたとのことでした。わざわざ遠くにある別の士官学校に何の用かと思えば、どうもそこがウルさんの母校だと言うのです。
(……しかし、ウルさんの事を知っている生徒は、誰もいなかった……)
二人がわざわざそこまで足を運んだのは、どうもウルさんの噂が気になって、実際に確かめに行ったというのです。その噂というのが、ウルさんのことを前の学校の生徒が誰も覚えていないというものです。
そんなことがあるのか、たかが噂ではと思ってしまいますが、マギーさんの勘が何かを察した為に彼女は行動を起こし、道案内のために兄貴は強制的に連行された、とのことでした。
勝手に連れていかれ授業をサボることになってしまった兄貴も怒っているのかと思いきや、帰ってきた兄貴はこう言っていました。
「噂はマジだった。北士官学校の奴ら、誰もねーちゃんの事知らなかったぜ。そもそも同学年にハーフなんかいなかったって言ってるくらいだった。パツキンの勘って、スゲーんだな……」
兄貴が素直に感心していました。マギーさんの勘は、やはり恐ろしいものみたいです。
「……そして、マグノリアとエドワルは今から生徒指導室に来るように。用件は解ってんな?」
「知るかッ!!!」
「解りませんわッ!!!」
ちなみにその兄貴とマギーさんは、ホームルームが終わったと同時に逃げ出し、いつものグッドマン先生との死の鬼ごっこをしています。まあ、どうせ捕まるのでしょうが。
『……マサト。聞いた?』
「……はい。今日、本人にも聞いてみようと思っています」
それを見届けた後。オトハさんが近寄ってきました。彼女も昨日の話をマギーさんから聞いたのでしょう。兄貴達とも話は済んでおり、今日のお昼にみんなで話を聞くことになっています。
私はオトハさんと一緒に頷くと、そのまま授業へと向かいました。
(……前の学校で誰もウルさんの事を知っていない? そんなことがあるのでしょうか。何せウルさんは魔族とのハーフです。停戦中の今、目立たないことなんてありませんし、第一、どこのクラスだったかすら解らないとなれば……)
午前中はこんな感じの考えが頭の中をグルグルと回っており、授業の内容が全然頭に入ってきませんでした。不味い、後で復習しておかなければ。
そんなこんなでお昼になり、生徒指導室へ連れていかれたお二人もぐったりした様子で戻ってきましたので、私たちは揃ってウルさんがいるはずの隣のクラスにやってきました。
マギーさんが勢いよく扉を開けて中に足を踏み入れると、中にいた生徒が何事かと一斉にこちらを見てきます。
「失礼しますわ! ウルリーカさんはいらっしゃいますこと?」
『……いない、ね』
続いて中に入ったオトハさんが教室の中を見渡しながらそう伝えてきます。続いて私も入ってみましたが、確かにウルさんの姿がありません。あの耳と尻尾ならすぐに解ると思ったのですが、そもそもその影すら見当たらないのです。
「おい、そこのお前」
「ひいっ! な、なんでしょう!?」
兄貴は近くにいた男子生徒に話しかけました。なんかめっちゃ怯えているように見えるのですが、そう言えば兄貴は悪鬼羅刹と呼ばれてる程の不良でした。部屋でニヤニヤしながらエロ本を読んでいる姿を日常的に見ている私からしたらとてもそうは見えないのですが、声をかけられたこの人からしたらそんなこと知らないのでしょう。
「ウルリーカって奴がどこ行ったか知らねーか?」
「あ、あの半人ですか? い、いや、いっつも昼はどっかに出てるみたいで、どこ行ったかまでは……」
男子生徒の答えに、私と兄貴は顔を見合わせました。この様子だと、他の生徒に聞いたところで知っている人はいないでしょう。ウルさんが特定のグループに入っていないがために、みんな彼女の動向が解らないのです。
「……そうか、邪魔したな」
「失礼しましたわッ!」
知らないなら仕方がないと、私たちは教室を後にしました。扉を閉めた時に中がざわついたような気配を感じたのですが、また何か噂されるのでしょうか。もう何でも良いような気がしてきましたが。
その後、食堂にいるかもしれないと思った私たちは、食堂に足を運んでみましたが、そこにもウルさんの姿はありませんでした。てっきり、ご飯を食べに来ていると思っていたのですが、アテが外れます。
「……いませんでしたね」
「どこへ行ってしまわれたのでしょうか。まさか、わたくし達の動向に感づいたのでは?」
『マギーさんくらい勘の良い人は、そうそういないと思うけど……』
「そうですわよね! わたくしは特別ですもの! おーほっほっほっほ!」
「マジで勘が良いから始末に終えねえよな、このパツキンは。しっかし、どこ行ったんだか……ん?」
そう言って食堂を後にし、移動中の廊下の窓から外を見た兄貴は、ふと、何かを見つけたように立ち止まりました。「どうかしましたか?」と、私も立ち止まって兄貴が見ている方に目をやります。
「あれって……」
「……ウルさん?」
兄貴が声を漏らした時に、私も同時に声を漏らしました。ウルさんらしき人の尻尾が、体育館裏に消えていくのが見えたからです。
「……間違いありませんわね」
『ウルちゃん、だね』
お二人も見えたのでしょう。あの特徴的な尻尾は、見間違えようがないみたいですね。
「……行ってみましょう」
私たちは互いに頷いて歩き出しました。外ということで靴を外履きに履き替え、体育館の裏へと足を運びます。やがてもう角を曲がれば体育館裏というところまできた時に、かすかな声が聞こえてきました。
「――――なら、次は――――せよ」
「――――して、――――まで、やれば……」
「……なんだなんだ?」
それは兄貴にも聞こえていたみたいで、首を傾げています。誰か、ウルさんと会話しているようです。私たちは顔を見合わせてから顔を覗かせると、そこにはびっくりした表情のウルさんがいました。他に人の姿はありません。
「っ!? な……なんだ、マサト達じゃないか。びっくりさせないでよ……」
「どうも。驚かせて申し訳ないですが……」
私はキョロキョロと辺りを見渡しました。しかし、居るのはウルさんだけで他に人の姿は見えません。あれ、おかしいですね。ウルさんが誰かと話しているような気がしたのですが。
「……ウルさん。さっきまで、誰かと話していませんでしたか?」
「な、なんのことかな? ボクは一人だったと思うけど……」
ふう、と息をついたウルさんは、あっけらかんとそう言いました。とぼけている、ようにも見えますが、実際のところよく解りません。
「んな訳あるか。さっきまで誰かと話してたろオメー」
すると、兄貴が容赦なく突っ込みました。兄貴はさっきまで誰かがいたことを、確信しているみたいです。
「さっさと話しな。他にも、オメーには聞きてーことは山程あるんだ」
「だ、だから。ボクは一人だったって。何をそんなに疑っているんだい?」
いつもの調子が戻ってきたのか、ウルさんはひょうひょうとした様子で受け答えしています。
「テメー……」
「よしなさいな野蛮人……そう、あくまで答える気はないと。そういうことですわね。なら質問を変えますわ」
すると、喧嘩腰になりかけていた兄貴を抑えて、マギーさんが前へ出ました。制された兄貴は、「チッ」と舌打ちしながら、一歩後ろへと下がります。
「マギーちゃんが、ボクに何の用かな?」
「貴女。前の学校はどこでしたか?」
「前の学校? 転校前ってことかい? 北士官学校にいたんだけど、知らなかったかな?」
「ええ、聞いておりますわ。北士官学校だったと……北士官学校の何組だったのですか?」
マギーさんの問いに、ウルさんは口を止めました。予想外の質問が来た、という感じでしょうか。彼女は一呼吸置きます。
「……それを聞いてどうするのかな、マギーちゃん?」
少しして口を開いたウルさんは、質問への回答をしませんでした。
「……答えては、くださらないので?」
「いいや。確か一組だったと思うよ。もしかしてそれってさ……ボクが転校前の学校にいなかったっていう、噂のことかい?」
そして彼女は、私たちが尋ねている内容が、あの噂のことではないかと問いかけて来ました。まさに、その通りです。耳の良いウルさんなら聞いていてもおかしくなかったとは思っていましたが、やはりそうでしたか。
「そう、ですね……」
「なんだ。マサトも聞いてたのか。そんなのただの噂でしょ? 本気になってどうするのさ。別にそれが……」
「それが、本当だったのですわ」
適当に流すつもりだったのでしょうか。つらつらと話始めていたウルさんに、マギーさんが割って入りました。
「わたくしとそこの野蛮人の二人で、北士官学校に行って参りましたの。そこで直接、貴女の話を聞いてきましたわ」
「っ!?」
ウルさんは目を見開き、心底びっくりした顔をされていました。まさか、ここから遠くにある北士官学校に直接行って聞いてくる輩がいるなんて、思いもしなかったでしょう。私でも思いませんもの。
「へ、へ~……わざわざ遠いところを、ご苦労さまだね……」
「御託はいいですわ」
そう言うと、マギーさんはビシッと人差し指をウルさんに向けて言い放ちました。
「貴女の目的はなんですの? 何故この学校に来たのか。そして、何故わたくし達のあの事件を調べているのか? ……聞かせてくださいまし?」
「な、何をそんなにムキになってるのさ? 別にボクはただ転校してきただけだし、魔族の事件だって興味があったから……」
「それだけたぁー思えねーな」
マギーさんに続いて、兄貴が追撃をはさみます。
「午前中の補修地獄の際に鬼面にも聞いたんだが、オメー、あの事件のことセンコーにも聞いてるんだってな。他の生徒にも聞き回ってるみたいだし、一部じゃオメーが魔族を連れてきたんじゃないかって噂が立つくらいは嗅ぎ回ってるみてーじゃねーの」
「それが、どうかしたのかな? 興味本位くらい……」
「興味本位とは思えねーくらいだっつってんだよ。それと、さっきまで一緒だった奴は誰だよ? 同じ生徒やセンコーなら、わざわざ隠れたりねーちゃんが誤魔化す必要はねーだろ? ああ?」
兄貴の言葉に、ウルさんはたじろいでいるようにも見えます。遂には、彼女は黙り込んでしまっていました。
「…………」
黙ったままのウルさんに厳しい視線を向けるマギーさんと兄貴。どうなるのかと心配そうに見ているオトハさん。そして、私は。
「……そろそろわたくしの質問にも答えていただきたいものですわね……」
「やってることが怪しさ満載なんだよ、ねーちゃん。さっさと……」
「……マギーさん、兄貴。言い過ぎじゃないですか?」
私は、思わず二人に声をかけてしまいました。
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