第28話 妹なんだから



 ◇◇月菜side◇◇



 兄さんたちが作ったパスタを食べた後、私は自分の部屋に戻っていつものように漫画か、ラノベを読もうとした。


 でも、どうにも落ち着かなくて結局何もしないまま、ぼーっと過ごす。


 理由はわかってる。このモヤモヤだ。


 あの時間だけじゃ、これの正体には気が付けなかったな。


 下からは兄さんと狼娘の楽しそうな話声が聞こえてくる。


 その度に少しだけうずくようなきがして。


 なんとなく、今は何も聞きたくない気分で、イヤホンをして閉じこもることにした。


 こんな気分で棺桶に入るのは久しぶりだった。



 ■■



「……んみゅ」


 コンコンと衝撃が伝わって、目が覚める。


 どうやら、私はいつの間にか眠ってたみたい。


 棺桶の蓋に手を当てて押して開くと、すぐそこに兄さんの姿があった。


「おはよ、月菜」


「おはよぅ……」


 目をこすって辺りを見渡せば、いつの間にか空は暗くなっていて、結構寝ちゃってたのか既に夜になってずいぶん時間が経ってるみたい。


「いま、なんじ……?」


「もう、八時くらいだよ。今日はいつもより早起きしたから眠かったんだろ、夜ご飯は食べる?」


 あんまりお腹は空いてないため、兄さんの質問に首を振る。


「んじゃ、沸かせといたからお風呂だけ入ってきちゃいな」


「……わかった」


 それから、兄さんが部屋を出て行った後、棺の中で凝り固まった身体を伸ばしてから、着替えを持ってお風呂に向かう。


 私は、あんまりお風呂が好きじゃない。


 湯船は大丈夫だけど、シャワーを浴びると吸血鬼の弱点の一つ、流水のせいか肌がピリピリする。


 後は、身体を洗う時に鏡に映らないからすごく不便。特に髪の泡を流すときは、泡が残ってないか確認ができなくて入念に流さないといけない。


 それがまたピリピリを増長させるから、もう本当に嫌になっちゃう。


 だけど今は、お風呂に入ってもいいかなって言う理由が一つだけできた。


 それはお風呂に上がった後にある。


「兄さん、やって」


「お、上がったか。いいよ、おいで」


 ドライヤーを持ってリビングに行くと、狼娘はもう帰ったのか兄さんが一人だけソファーに座ってスマホをいじってた。


 てっきり、狼娘はまだいると思ってたから意外に思った。


「みぞれなら、今日はおじさんもみぞれママも仕事で家にいないから妹たちの面倒を見るために結構早くに帰ったよ」


「へぇ、妹がいるんだ」


「双子の姉妹だよ。たぶん今度紹介してるくれるんじゃないかな」


 ドライヤーを手渡したら兄さんが座ってる前に、背中を向けて座る。


 狼娘がお姉ちゃんねぇ……確かに、時々兄さんにもお姉ちゃん風を吹かせてたけど。


 そんなことを思い出しながら待ってると、後ろからパサッとタオルをかけられて、優しくマッサージするみたいに拭いてくれる。


 ゴシゴシと力強い感じじゃなくて、大切な宝物を扱うみたいに繊細にしてくれるところに、兄さんの細かい気づかいとかそういうのを感じて、嬉しく思う。


 しばらくそうしてくれた後、今度はブォォォって音がして、温風と一緒に梳いてくる兄さんの指先がくすぐったい。


「ぅ、ん……」


 でも、それは決して不快じゃなくて、むしろ気持ちよくて目を瞑って私の髪をスーッと通っていく兄さんの指先だけを感じたくなる。


 やがて、ドライヤーの音が終わると最後にポンッと頭に手を置かれて優しく撫でてくれる。これだけで、お風呂で感じたピリピリなんてどうでもよく思えるから不思議。


「はい、できたよ」


「ありがと」


「いえいえ」


「……」


 いつもこの後は、私は兄さんの隣に座ってテレビを見たり、ゲームしたり、おしゃべりしたりするけど……今日は……。


「んしょ……」


「わっと! る、月菜? どうした?」


 ドライヤーをしてる兄さんを尻目に私は立ち上がると、そのまま兄さんの膝の上に座ることにした。


 兄さんの身体が一瞬ビクッと固まって、少しだけ鼓動が早くなったのを吸血鬼の鋭利な感覚が伝えてくる。


 そのことに、少しだけ優越感を感じた。


「今日は、ここがいい……だめ?」


「いや、ダメじゃないけど……まぁ、いいか」


 ぽふっと後ろに倒れて、兄さんに背中を預けて見上げながら言うと、少しだけ困った顔をした兄さんはしっかりと受け入れてくれた。


 それがまた嬉しくて、ポカポカした気分になって……。


「あれ……?」


 ふと、今は寝る前まで感じてたモヤモヤが感じないことに気が付いた。


「どうした?」


 私のつぶやきが聞こえたのか、不思議そうな顔で兄さんが見てくる。


 なんでモヤモヤが無くなったのかは分からないけど……それよりも二人きりの今なら昨日のことをちゃんと謝れる。


「あの……兄さん」


「うん?」


「昨日の夜なんだけど……」


「ん? あぁ、朝起きたら月菜がいたからびっくりしたよ。また奴らがいた? くっ……月菜を怖がらせよってからに! 今週末にジェット・星夜が成敗してくれるわ!」


「ち、ちがうの! そうじゃなくて……」


 あぁ……分かった。


 あの感じてたモヤモヤはきっと恐怖心。


 昨日の私は、自分を制御できなくて理性の失った吸血鬼……ただの化物。


 それを兄さんが知ったら、もしかしたら怯えられて、嫌われて、拒絶されるかもしれないって思ったら怖くて……それでも言わなきゃって想いもあったから、それで葛藤して。


「そうじゃなくて……ね。昨日の私……」


 言え! 言うの! 大丈夫、兄さんならきっと大丈夫だから!


「せいy——」


「ん?」


「……が、欲しくて……それで、我慢しようとしたけど、できなくて……兄さんを、勝手に襲っちゃって……うぅ……」


「あぁ、なんだ。そうだったんだ」


「ごめんなさい……」


「大丈夫だよ。俺は何ともないし、それにそういう時は言ってくれればいくらでも吸っていいよ? 月菜は俺の大切ななんだから」


「うん……っ! うぅ……」


「だから、ほら、泣かないで?」


 後ろからギュって抱きしめてくれて、優しく撫でてくれる。


 あぁ……やっぱり、兄さんはちゃんと受け入れてくれた、大丈夫だった。


 ……なのに、なんで? どうして……どうして、またこんなにモヤモヤするの……?


 さっき消えたと思ってたのに……。


「大丈夫、俺は月菜を怖がったりしないから」


「……うん、ありがとう…………大好き」


「ぐはっ……なんて破壊力……」


 ふふっ……本当に、大好き……欲しくなっちゃうくらいに。


 けれど、そう強く思うほど心の内のモヤモヤは大きくなっていくような気がした。


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