第23話 それはムリ!



「ん~、なんでって言われても、こればっかりは直感的なものだから星夜にはわかんないと思うよ? なんていうか、これから敵になる気がひしひしと感じる」


 そう言って、ぐるるるっとワンコが威嚇するように月菜に唸るみぞれ。


「私も同じ意見、これは兄さんには感じられないこと」


「はぁ……?」


 なんかよくわからないことで二人が意気投合してる。俺は怪訝な対応するしかないんだけど。


「そんなことより早く学校に行こう? 時間、危ないんじゃない?」


「え? あ、ほんとだ。ちょっと急ぐか」


 月菜に指摘されて時計を見て見ると、結構時間が経ってて普通に歩いたらギリギリになりそうだった。


 ということで、歩くのが遅い月菜を促しつつ学校に向けて歩き始めると、唸ってたみぞれもそれが当たり前であるかのように俺の隣に並んでくる。


 というか、並ぶっていうよりも肩同士が触れてるからくっついてくるって感じだな。


 これはもう幼稚園、小学校、中学校とずっとこんな感じだから俺はもう何も言わん。


 一時期、恥ずかしいから止めてくれって言っても止めてくれなかったし、もう好きにさせてる。


 けど、みぞれと初対面の月菜はさっきも言ってた通り何か思うことがあるのか、不機嫌そうにジト目を向けてきて。


 それはみぞれも気が付いたようで、ふふんと威張るように胸を張った。


「なーに? 嫉妬? でも、あたしらの距離感はこれぐらいがあたりまえだから。あ、なにか気になるならどうぞ、お先に行ってくださいな」


 それで、さらに煽るようなことを言ったせいで、月菜の顔がますます不機嫌になっていく。


「……別に、何とも思ってない。けど、兄さんがちょっと迷惑そうにしてるなって思っただけ」


「へー、妹だからお兄ちゃんのことは何でもわかる的な? でも、残念。星夜は別に迷惑とか思ってないよん! ね、星夜?」


「いや、迷惑だけど? 歩きにくいし、夏は暑苦しいし」


「えっ、あれぇ~~?」


「ふっ……」


 俺が素直に答えると、今度は月菜が胸を張る番だった。みぞれはギリギリと悔しそうにしてる。


 ……なにを張り合ってるんだか。この二人、ほんとに相性が悪いんだな、今日が初対面だっていうのに。


 なんとなく、仲良くしろとまではいかないけど、この険悪ムードをどうにかしたいなって思った俺は別の話題を振ることにした。


 朝の父さんたちの延長戦で制服の話でいいか。


「それにしても、みぞれは初日から派手だな。そんなに着崩してると怖い先輩とか教師に目を付けられるかもしれないぞ?」


 月菜の制服は俺がきちんと監修したし模範的な着方をしてるけど、みぞれはさっきも言った通り結構着崩してる。


 別にそれ自体はみぞれの自由だし、似合ってるから俺は何か言うつもりはないけど、いつも気が付いたら自然と隣にいるみぞれが目立つと俺まで目立つんだよね。


「ん~? 分かってないなぁ、星夜は。女社会は勝負なんだから、初日からガツンといかないといざという時に舐められるんだよ。中途半端が一番ダメ!」


 そういうもんなのだろうか? 女性社会に疎い俺にはよくわかんないけど、それなら月菜の制服も着崩した方が? 


 ……いや、でも月菜をみぞれみたいにするのはなぁ、変な奴が寄ってきそうでいやだ。


「そ~れ~に~、星夜はえっちなんだから、こうやってちょっと際どい方が好きでしょ?」


 タタッと数歩翔けたみぞれが、俺の正面に来て谷間を強調するように前かがみになる。


 まぁ、男子はみんな嫌いじゃないし俺も嫌いじゃないけど、もう何年も一緒にいる幼馴染のを見ても……って思いつつも、ついついそこに視線が寄せられそうになって。


 その途中、視界の端で月菜が気難しい顔をしながら第一ボタンに手をかけているのが見えた。


「(確かに、兄さんがえっちなのは事実だし、それなら私も際どくしたら気が引けるかも)」


 何かボソッと呟いた気がしたけど、あれは止めなきゃまずい気がするぞ!


 ……絶世の美少女である月菜がみぞれみたいに肌をさらすようなことをしたら……そこらへんにいる男どもが盛り狂って、月菜が狙われることに!


 その可能性が濃厚だと思った俺は、みぞれの魅惑の谷から視線を切って月菜の手を止めていた。


「兄さん?」


「月菜、それを外すのはやめておこう」


「でも、そっちの方が兄さんが見てくれると思ったし、それに舐められたくもないし」


 くっ、何て可愛いことを言って……これはあれだろ? お兄ちゃんが取られそうっていう妹的不安の表れみたいな?


 ほら、よくあるじゃん。親の気を引きたいがために髪を金髪にしたりして、目立とうとすること。かくいう俺もそういう時期が無かったわけじゃないからなんとなくわかる。


「大丈夫、そんなことしなくても俺は兄だから、ちゃんと妹のことは見てるし。それに月菜はそのままでも十分可愛いから舐められることなんてないと思うよ」


「兄さん……えへへっ♪」


 安心してくれたのか、柔らかい表情になった月菜が微笑ましくて、ついつい頭を撫でてしまう。


 そうやって、兄妹のスキンシップを取ってると、割り込んでくる人間が一人。


「ストーーップ! なにあたしを無視して兄妹愛を深めてるの! 放置しないで! 星夜はもっとあたしを見て!」


 ペシッと月菜の頭から俺の手を叩いたと思ったら、強引に間に入り込んできて俺に向かって見上げるように抗議に視線を送ってくる。


「んー、みぞれのことは見飽きるくらい見てきたし」


「とほほ……これがあたしの扱いよ……でも、あたしは健気だから諦めない! てことで、はいっ!」


「ん?」


「あたしまだ、星夜から制服の感想もらってない! 褒めろっ!」


 そう言って、得意げな顔をしたみぞれは、全身を見せつけるように仁王立ちになって俺が何か言うのを待ち始めた。


 こうなったらもう、みぞれはテコでも動かないのは身をもって知ってる。


 だから俺は、改めてまじまじとみぞれの制服姿を見てしっかりと答えることにした。


「そうだな、やっぱりちょっと派手めな気がしなくもないけど、でもそれがみぞれっぽさが出てていいと思う。似合ってるぞ」


「んふ~♪ やっと褒めてくれた!」


 と、みぞれはちょっと照れたように頬を染めつつ実に満足そうな表情になった。


 なら、そろそろ歩みを再開しないと本格的にヤバそうだから、歩き出そうとすると。


「あ、星夜! まだ終わってないよ! ——んっ!」


 グイっと腕を引っ張られて、目の前にみぞれが頭を突き出してきた。


「はい?」


「もうっ、あの子にもやってたじゃん! 撫でろっ!」


 あー、もうほんとに、俺の幼馴染はめんどくさいなぁ……。


「くぅ~~ん♪」


 けど、なんだかんだこういう無邪気で明るいところは嫌いじゃないから、言う通りに撫でてあげる自分がいる。


 そうしてしばらく撫でてると、だんだんとみぞれの瞳がトロンとしてきて、グイグイと甘えるように頭を押し付けてきて——。


「んっ……んぅ~……せいや、もっとぉ~……——ぐへぇっ!?」


 そして、女子にあるまじき効果音をあげながらピンボールの様に吹っ飛んだ……ように見えた?


「…………はっ!? 月菜? 何してるの?」


 それがあまりにも唐突で自然すぎたため、いつの間にか俺が撫でてたのが月菜に入れ替わってるのに気が付くのが数秒を要した。


「何って、邪魔者の排除? 特等席の奪還?」


「いや、そうじゃなくて今の明らかに人間の範疇超えてるような……」


「そ、そんなことないよ? お、女の子ならあれくらいできるもん」


 目をあっちこっちさせて、なんとか誤魔化そうとする月菜だけど…‥。


 女の子がみんなあんな力出せてたまるか! 


 あ~、もう、これじゃあ月菜がしっかり学校で吸血鬼を隠せるか心配になってくるな。


 ていうか、吹き飛んだみぞれの方はどうなって——。


「いてて……ちょっと! いきなりなにするの!」


 こっちもこっちで頑丈だな!


 いや、まぁ昔からみぞれが怪我したところなんて見たことないけどさ。


 で、まるで何事も無かったようなみぞれはグイグイと月菜に詰め寄って行って。


「何ってあなたと同じこと。最初に私から兄さんを横取りしたのはあなた」


「だってあんなの高校生の兄妹にしてはやりすぎ! 傍からみたらカップルみたいじゃん、兄妹ならもっと適切な距離を持ってよね」


「カップルみたい……えへへっ♪ ごほんっ……なら逆にあなたも幼馴染のくせにべったりしすぎだと思う」


「むっ、なんでそこで照れてるのさ! ていうか、あたしと星夜は普通の幼馴染じゃないし~、将来を誓い合った最強の幼馴染ですから~」


「ふ~ん、でも兄さんはそう思ってないみたいだし、あなたの妄想乙って感じ?」


「こ、こいつ……ブラコンなんて今時流行らないくせに」


「なに? 言っとくけど、幼馴染は負けキャラって決まりだから」


「「ぐぬぬぬぬっ!」」


「あ~、はいはい! 二人の主張は分かったから、とにかく今は学校行くぞ!」


「確かに、兄さんの言う通り。ここはいったんお互い引くべき」


「分かった。だけど、これで終わりと思わないでね!」


 女の諍いには手を出すな……これは、父さんに教えられた宵谷家・裏の家訓・第一文だけど時間を見たらもう本格的にヤバくなってきてて、俺はこれ以上ヒートアップしないように間に入った。


 というか、この二人はいったいなにを揉めあってるのか……。


「はぁ、頼むから二人とももう少し仲良くしてくれ」


 思わず、ため息と一緒にでた懇願は。


「「それはムリ!!」」


 今度は少しの間も開けず大否定された。



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