第22話 その女だれ?
◇◇月菜side◇◇
はぁ……まったく、お母さんが変なこと言ったせいで、少し取り乱した。
昨晩、大きく気持ちが高ぶって、その余韻がまだ残ってるからなおさら。
流石に黙って血を吸ったのは悪いと思ってるから星夜に謝ろうと思ったけど、それも気恥ずかしくてできなかったし。
後は、ワイシャツを着させてもらうとか……いくら寝ぼけてた無意識的な行動とはいえ、今思えばかなり恥ずかしい……。
それにしても、カップルみたい……か。
そう、見えるのかな? もしそうなら、結構嬉しいな。
真新しいローファーを履いて鏡には写らないけど、なんとなく人間がそうするように向き合って、一応変なところがないか身だしなみをチャックする。
うん、制服よし! 荷物よし! 兄さんがやってくれた髪の毛もよし!
……それにしても、お母さんのあの様子は多分、私の気持ちを勘づかれたよね。
お母さんはそういう鋭いところがあるから。それに比べて、兄さんは……。
後からやってきて、靴を履き始めてる兄さんに視線を向けれるけど、特に何か気にした素振りは無い。
やっぱり、私がどんな思いを抱いてるかかけらも分かってない。
いくら兄妹で信頼し合ってて、朝が辛くて寝ぼけてたとしても兄にあんなにべったりしてワイシャツを着せてもらおうとする妹なんていないと思う。
というか、ただの義理の兄妹なら私は絶対しない。
確かに、兄として信頼してるけどそれ以上にもっと特別な想いがあるからあんな大胆な行動もできる。
……それに気づいて欲しいのか、欲しくないのか自分自身も良くわからないから、はっきり伝えることもできず、かといって隠しきれもできなくて、曖昧になっちゃうんだけど。
伝えるのは怖い。受け入れてくれるかわからないし、いやたぶん今のままじゃ受け入れてくれるとは思えないから。
だって、義理とはいえ私たちは兄妹だから世間体的にどうかと思うし、お母さんと先生のこともあるから。
だから今は秘めておかないといけないのは頭の中では分かってる。
けど、それでも知らず知らずのうちに想いが高まってて溢れちゃうのも確かで。
「はぁ……」
昨日思った不安が改めてこみあげてきて、思わずため息がでた。
「月菜? どうかした?」
それが聞こえたのか、ちょうど靴を履き終えた兄さんが、心配そうな視線を向けてくる。
そのただまっすぐな、それでいて深い優しさのある黄昏色の瞳に私は吸い込まれるように惹かれていって。
「んくっ……ううん、なんでもない。先に外で待ってるね」
「うん? 分かった、俺もすぐ行く」
小さな喉の渇きを感じた私は、それを誤魔化すように唾を飲み込んで先に外に出ることにした。
やっぱりちょっとおかしいな……昨日も勝手にだけど吸血したばかりなのに、星夜と一緒にいたり星夜のことを考えてると急に欲しくなっちゃう。
なら、もっと別の星夜じゃないことを考えよう。例えばそう、これから始まる学校のこととか。
……まぁ、こっちはこっちでまた別の不安を感じるけど。
だって私、小中って保健室登校だったから学校生活なんて上手くいってないし。
でも、高校生になったら何かが変わるかも。
だって高校生ってラブコメでもファンタジーでも数ある漫画やラノベの王道な時期だし、ましてや私は世にも珍しい吸血鬼なんだから、十分に主人公属性を持ち合わせてるはず!
例えばそう、この玄関の扉を開ければ、普段はお互い険悪ながらも裏では実力を認め合ってて、時に対立し時に協力し、気が付けばいつも隣にいる。
そんなライバルの様な存在と運命的な出会いを——。
「あ、星夜おそ——なんか星夜ん家から知らん女が出てきたあああぁぁぁぁーーー!?」
◇◇星夜side◇◇
「うっさい!」
「——あうっ!」
月菜が先に玄関を開けたと思ったら、外から近所迷惑な大きさの叫びが聞こえて来たから慌てて駆け付ければ、そこには見知りすぎた女がいて思わずチョップをかましてた。
「うぅ……いきなりひどいよぉ~」
そう言って涙目で頭を押さえながら見上げてくる彼女は、隣の家に住む幼馴染で、加えて同じ病院で同じ日に生まれて、新生児室に並んで寝かされてたことからも分かるように、生まれてから双子のように一緒に育ってきた腐れ縁の
レイヤーの入った茶髪はトップが短めで襟足が長く、いわゆるウルフカットにしていて、月菜と同じ制服は短めのスカート、他に人より一つ多く開けたボタンで胸元が見える格好。
シミ一つない白い首にはチョーカーを付けていて、それが自分のトレードマークらしく、ぱっと見ギャルっぽい見た目をしてる。
実際はギャルではないけれど、活発な性格ではあるな。
くっきりとした目鼻立ちは薄く化粧をしていて、まぁ結構可愛い方なんじゃないだろうか?
俺はもう生まれてから飽きるほど見てるからよくわからないけど、何回も告白されてるようだし男子ウケはいいんだろう。
俺はそんな未だにチョップしたことにやいのやいのと文句を言ってくるみぞれに、はぁっとため息をついた。
「いきなり人ん家の前で叫ぶからだろ」
「だってぇ~、あたしがおじいちゃん家行ってた春休みの間に他の女を連れ込んで……あたしはもう過去の女なのね」
「何言ってんのさ。というか、いつみぞれが俺の女になってんだよ」
「それはもう、生まれた時から死ぬ時まで! なんてったってあたしたちは幼馴染だからね! ず~~っと一緒だよ!」
「あっ、おい! くっつくなよ!」
「いいじゃんいいじゃん、久しぶりなんだしさ~照れんなよ~」
ぎゅうっ! って効果音が出そうなほど、腕に抱き着いてくるみぞれ。
まったく、昔から何にも変わってないな、身体以外! そんなに抱き着いてきたら、自己主張の激しいたわわが開いた胸元が見えそうになるだろ!
まぁ、今更みぞれの胸を見ても特に何も思わないけど……ひぃっ!?
「兄さん……その女だれ?」
背中がクイッと引かれたと思ったら、底冷えするような声が耳に聞こえてきた。
恐る恐る振り返れば、かつてないほど恐怖心を掻き立てる月菜が凄まじいジト目を向けてくる。
「あ、そうだった! 今は修羅場だったんだ! ごほんっ! そうよ星夜、これはどういうことなの! 納得のいく説明があるんでしょうね?」
と、パッと腕から離れたみぞれが俺を離さんで月菜の反対側から腕を組んで言ってくる。
なんか、マジで俺が浮気バレて両方の相手に問い詰められてるみたいな現場になってるんだけど。
……ほら、なんかご近所の奥さん方がチラチラこっち見ながら声を抑えて話してるし、井戸端会議に『宵谷さんちの息子さん、浮気してたらしいわよ』みたいな話題が出かねないから早く収拾を付けよう。
「はぁ、じゃあまず月菜。こいつは大狼みぞれ。そこの家に住むお隣さんで、これから同じ高校に通う同級生で、俺の幼馴染だ。ちなみに、さっきまでみぞれが言ってたことは捏造だから真に受けないように」
「……わかった」
俺がみぞれを紹介すると、月菜は少しみぞれをじっと見つめてそう言った。
それじゃあ、次はみぞれに月菜を紹介する番だな。
「で、この子は宵谷月菜、旧姓は十六夜月菜。父さんの再婚相手の連れ子で、一週間前から俺の妹になった」
「っていうプレイでしょ?」
「はぁ……?」
「まったく、漫画じゃないんだから。健星おじさんが再婚したのは聞いてるけど高一になって同い年の妹ができるなんて偶然あるわけないじゃん。それで、ほんとのとこは? お姉さん怒らないからちゃんと言いなさい」
いや、まぁ確かに最初聞いたときは俺もそう思ったけどさ。父さんの妄想だろって。
「本当のことだぞ? 月菜は俺の妹で、俺は月菜の兄になった」
「……そう、話してくれないのね。まぁでも、あたしは星夜のことちゃんとわかってるから! 確かに、春休みの間放置して寂しい思いをさせちゃったあたしも悪いと思うし、今回は大目に見てあげる。それで、いくら使ったの? こんな可愛い子呼んで、兄妹ごっこのオプションを一週間だからゼロが五個くらい?」
……こ、こいつまったく何もわかっちゃいないな。
しかも、なんか俺がお金払って月菜を呼んだっていうアホみたいな勘違いしやがって! ……ちょっとしばくか。
そう思って、ポキポキと指を鳴らしてると、誰かの携帯の着信音が鳴り響いた。
「ん? あっ、あたしのだ。ちょっとたんま~……もしもし? お父さん?」
どうやらみぞれのお父さんからの電話みたいで、何かを聞かされてるのか仕切りにうんうんと頷いてる。
なんか、割と長く話してるし今のうちにもう少し月菜のフォローしておくか。
「ごめんな、こう早々しいやつで。別に悪い奴じゃないんだけど、見た目通りの性格だからさ」
「うん、それはなんとなくわかったけど……なんだろう、この言い知れないむかむか感」
「むかむか感? それって——「ええぇぇぇぇーっ!?」」
……本当にうるさい奴だな。
なにか衝撃的なことでも言われたのか、大声で俺の言葉を遮ったみぞれに、一応どうしたのかと視線を向けると。
「ふ、二人が兄妹ってこと本当なんだね」
「やっと分かったか……」
「うん、今お父さんに言われたよ。月菜ちゃんのこと気にかけてやってくれって健星に頼まれたからよろしくって」
なるほど、たぶん父さんがみぞれの父さんに頼むよう言ったんだろう。宵谷家と大狼家は俺らが生まれる前から仲がいいらしいから。
「それじゃあ、そういうことだ。月菜は俺の妹、みぞれは俺の幼馴染、ってことで二人とも仲良くな」
俺がここまでのごちゃごちゃをまとめるようにそう言うと、二人は「んー……」と、数秒間お互いに見つめ合って。
「「ムリ!」」
「なんでだよっ!」
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