衣・食・銃 全16話+おまけ

旧8話：車

　レタの計画通り、到着は夜になった。増えた荷物は重くて大きい。普段通りの速さで歩くなど不可能だったのだ。

　境を越えて街に入ったのは日が沈むのと同時だったので、道を把握するために、間引かれた街灯の頼りない光に縋る。

　まずは一階で灯りを使う建物、つまり飲食店や宿屋の前を渡り歩く。街灯よりましな光源で、しかも中から外が見えない。不意打ちのリスクを下げた、安全な道だ。目的の建物の目印として伝えられた、二階の高さで揺れるランタンが見えた。扉を叩き、頼みの品を引き渡した。

「思ったより早かったね。お疲れさん」

「どういたしまして」

　レタのスマホを読み込む様子を見ながら、スクシとケイジは久しぶりに重さから解放された両手を労った。

　荷物は腰ほどの高さがあり、印象の通り中身は重く、しかも重心が偏っている。なおかつダンボール箱を結ぶ細いテープに全ての重さが集中していた。つけていた手袋越しでも手に跡が残っていそうだ。

「すぐに歩くよ。ホテルは少し戻った所」

　レタの言葉を受けて、スクシはひと安心した。ここまで既に見た道は人影が少なかった。

「さすが姐御、場所も計算づくですね」

「おべっかはやめて。せめて着いてからね」

　レタの視線はケイジとその背後への警戒に徹している。

　幸いにも何事もなくホテルにつき、すぐに部屋に通された。

　言われた通り、スクシがおべっかを使おうとしたが、それよりも早くレタが明日の計画を話した。

「明日は三件あるよ。ここの近くから二件と、着いた後でもう一件」

　これを聞いたスクシは「確かに手伝うとは言ったが」と人使いへの文句を出した。

　一通りの意見を聞き、レタは落ち着いたままで答える。

「手伝わなくてもいいよ。一人でもできるから」

「こう言い出すことも見越してたのかい」

「少しはね。いつ投げ出しても平気にしてある」

　スクシはつい昨日の、レタからの信用についての疑念もぶつけた。

「ケイジくんと二人で留守番したから、信用されてると思っていたんだが」

「私はいま、君の生活を握っている。そんな状況で自分から捨てられようなんて、まさかしないでしょう。だから目を離しても平気。対して運び仕事は、意思とは関係なく、体力の問題や事故のリスクがある。だから投げ出しても構わないの」

　言葉のひとつひとつは冷淡だが、総合すると優しさからの筋が通っているように思えた。匂いの影響もあるかもしれない。レタは普段から上機嫌の匂いを出している。主目的は動物の警戒を見て居場所が割れるのを嫌ってのことだ。副産物として、人間との会話における印象づくりにも使えるようになった。交渉などにおいて、必要とあれば敵意の匂いに切り替える。

　話に関してケイジは蚊帳の外だが、おかげで内容の咀嚼に集中できた。レタの考えを、レタの言葉で知る機会だ。自分で読み取るだけでは思い至らない組み合わせで言葉を使っている。

　もしスクシがいなかったら聞けなかった話だ。ケイジだけで聞こうとしたら、次に何を喋るかでいっぱいいいっぱいになり、結局なにもわからないままで話が流れてしまう。

「今までもそんな感じでやってきた、か」

「そうね」

　これ以上に言えることがなくなったので、話を切り上げて、朝に備えて眠った。疲れもあって、入眠は横になってすぐだった。

　翌朝の食事を済ませて、予定通りに出発した。今回の荷物は小さく、重さも昨日に比べればずっと軽い。一方で壊れやすいと書かれているので、扱いは昨日以上に丁寧になった。

「待った、いいものを見つけたぞ」

　道の途中でスクシが声を上げた。

　岩場に車が放置されている。向きはばらばらで、汚れや歪みがある状態で、しかも複数台が転がっている。不法投棄の聖地らしく広がっているが、昨日は夕方の暗さと歩く向きが重なって見えなかったのだ。

　スクシは車を修理できる。駆け寄っていくつかを眺めたのちに、工具や資財もすぐに用意できると主張した。

「木に突っ込んで壊れたとかだろうが、一番ましなこいつなら、タイヤをちょっと直したらきっとまた動く。どうだい、頼ってみないか」