女神転移なんてありえない。

佐渡 寛臣

神域にて

――召喚の日―― Ⅰ


 神域と呼ばれる世界がある。神々の安息地、そしてあらゆる世界の延長線上にある世界。

 人々はその安息地を目指し、神を信仰し、日々を生きるという。

 信仰を失った人間は、神域に至らず己が生まれた世界で死に続ける。


 それを神々は地獄と呼んだ。


――――


 私、女神フィーナシュフェイトは寝坊をした。太陽神の掲げた太陽が真上から地上を照らす頃、重たい瞼をあげて目を擦る。神域の静謐せいひつな朝の目覚め。何ものにも邪魔されることのない朝、私は体をむくりと起こして大きく伸びをした。

 はらりと、柔らかな金の髪がカーテンの隙間から差し込む光を反射してきらきらと光る。私は寝台から足を降ろしてまだ少し寝ぼけ頭で鏡台に目を向けた。


「ふぁふ」


 潤みを帯びたピンク色の唇の隙間から女神の甘い吐息がもれる。ぱちぱちと瞬きをして、鏡に映る自分の顔を確認する。まん丸な輝く翠水晶の瞳。白く柔らかなマシュマロほっぺはほんのりと赤みを帯びている。


 立ち上がり、カーテンを開く。今日も外の天気は良い。お腹がぐぅ、と一声鳴く。

 太陽の光で部屋全体が明るく照らされる。お気に入りの調度品で揃えたパステルカラーのかわいい私のお部屋。


 昨日は夜中まで、女神仲間と遊んでいたせいで今日はいつもよりゆったりとした朝を迎えた。とはいえ、睡眠時間を鑑みればこれはこれで十分に早起きをしたし、珍しく二日酔いもしていない。


「――誰かぁー。朝ごはんー」


 私の声が部屋の中に響く。部屋の小窓が開いて小さな半透明の光の塊がふわりと私の前にやってくる。妖精だ。光の中にはうっすらと頭としっぽのような胴体が見え、淡い光を放っている。

 妖精は私の目の前で手紙を開いて見せる。中には神殿に来るように、と後輩女神のレティ―ナからの言付けだった。


「あらら。レティが呼んでいるのね。――そういえば、今日は召喚の日だったわね」


 私は別段急ぐつもりもなく着替えを済ませて、妖精が用意してくれた朝食の甘いパンを齧りながら家を後にした。


 召喚の日。

 女神には担当する世界を与えられている。その世界の管理運営をすることが女神の仕事である。かくいう私、女神フィーナシュフェイトもそんな世界を管理する女神の一人である。

 私の担当世界アルデールには数十年に一度、アルデールの民が勇者を召喚する日が決められている。


 これは私の世界に限らず、文明レベルの向上とか、魔王の討伐とか、目的は様々だがこうして異世界の人間を移動させると、停滞したり、衰退し始めた世界が再び活性化するので、どの女神もお手軽に世界の管理ができるからとこぞって、この異世界召喚を頻繁に行っている。


 さて、そんなわけで、今日はその大事な召喚の日に当たるのだ。

 神殿に到着すると、レティーナが私を出迎えた。


「フィーナさま!」


 後輩のレティが私を見つけて、満面の笑みを浮かべる。そのままむぎゅりと私の顔をその豊満な胸元に埋めるように抱き着いてくる。

 頭ひとつくらい背が高い、青い髪の女神レティーナ。水の加護を持つ新米の女神である。


「おはようレティ。ふぁふ……」

「もう! フィーナ様! 御髪がまだ乱れておいでですよ」


 レティはそう言いながら、香り付きのアロマミストを私の髪に吹きかけながら、私の寝癖を整えてくれる。

 私はレティに世話をされながら神殿の広間中央に置かれた星の模型を覗き込む。一つは緋色の世界アルデール。もう一つはレティーナの担当する世界ガイアである。


「ありがとうねぇ。――レティーナの世界っていまどんなのだったっけ」

 

 ガイアは、青い世界だった。アルデールと違い、世界の大半が水に覆われている。大きな大陸と、小さな島が連なる変わった世界だった。


「わぁ……。海に阻まれて発展が遅そうな世界ね……ってアレ? 結構、発展してない?」


 大陸の街を見ると、結構背が高い建物が乱立している。そこにはしっかりとした洋服を身にまとった人間が忙しなく動き回っているようだった。

 よく見ると、海の上を船が、空を白い乗り物が飛んでいる。


「え! すごっ! これなに? 魔法?」

「――科学……というものみたいです。どうにもガイアの世界の住人は魔法を使えない代わりに技術を発展させるのが得意らしくって……私、管理が下手で戦争ばっかり起っちゃったんですけど……そのおかげか科学技術が急成長して……」


 私はたらりと頬に汗を垂らす。ちらりと私のアルデールを覗き込む。パッカラパッカラお馬さんが馬車を引いているくらいだ。


「えぇ……」


 発展度合いが違いすぎて私はちらりとレティを見やる。どこか申し訳なさそうな顔でなんとも言えずに視線を逸らす。


「――ずっるーい!! 私もレティのとこみたいな発展させたーい!!」

「そ、そういわれましても……」

「でもこんなに発展してるのに、レティの神格ってあんまり上がってないよね?」

「それは……」



 レティは困り顔をしてしまう。世界の発展度合いは女神の各位に直結する。だけど、レティの成績はあまりよくはない。アルデールに比べて高度に発展した世界にも関わらず、レティの神格は私よりずっと低い。


「――ガイアには魔法力がほとんど存在せず、そのためか神への信仰心が極めて低いんです。信仰していたとしても……その……私の存在を知覚できないようで……」

「え、じゃあ違う神様を信仰してたりするの?」

「――えぇ、たくさんいらっしゃるようでして」


 ガイアの民というのは随分と想像力が豊かなんだなぁ、と私は感心する。実際に存在しているレティーナという女神を差し置いて、数多の神を信仰するとは何とも担当女神として可哀そうに思えるくらいだ……。そんなこんなでレティは神としての各位が世界の発展に対して反比例するように低いのか。


 それが後輩、レティの大きな悩みのひとつであった。今日のアルデールの召喚の日にレティが同席したのは、彼女が異世界召喚について学ぶためでもあった。


 ガイアと違い、アルデールは魔法の世界である。世界に魔法力が満ち、人々はアルデールにとって唯一神である私、フィーナシュフェイトを強く信仰している。そのおかげもあって、私の神格はレティよりもずっと高い。


 人々から受け取る信仰心、祈りの力を魔法力に変えて加護として世界に満たすことが女神の仕事である。


(――アルデールを発展させて、私の神格を上げて、アルデールから魔界因子を取り除いてあげたいのよね)


 魔界因子。

 アルデールには数十年に一度、魔王が生まれる。神々が与える聖なる魔法力とは別のその世界の不浄がたまって生まれる闇の魔法力。そこから生まれる神との敵対する存在。それを中心とする世界の不浄を魔界と呼ぶ。

 女神が受け持つ世界にはもともと強い魔法力を有している。それは同時に魔界を生む因子、魔界因子を孕んでいる。


 女神の神格が高ければ、その因子を浄化し、魔王の発生を防ぎ、完全に清浄な世界が生まれる。そうなれば、その世界は神域へと近づき、その信仰心は新たな女神を生むまでに至るという。


 女神は自分の子どもを作るために、世界を育てている。かくいう私も、そろそろ子どもが欲しいのだ。

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