第100話 何を返せばいい?

「キセイチュウ?」


「きちんと処理すれば大丈夫だ。」


 そう言いながら、切り身を一つつまみ口に入れる。くー!ウマい!


「処理とはなんだ?」


「内蔵を取るのもそうだが、冷凍・・・氷魔法で冷やしてもいい。」


「この前の酒のようにか?」


「最初にルギアがやらかしたみたいにカチカチ・・・うーん、シャリシャリぐらいか?」


 氷魔法で冷やして火魔法で解凍してみる。刺し身は少し冷やした方が美味しいな。

 俺がもう一切れつまもうとしたら、指が空を切った。あ?下を見ると魔魚の半身が無くなっていた。


 顔を上げると、ゼルトの口からオレンジピンクの切り身がはみ出ていた。ソルの口もモゴモゴ動いていた。

 お前ら文句言いながら結局食ってるじゃないか。


「おい、まだ大分残っていたはずだが?」


「ウマいな。」


「いつの間にか無くなっていた。」


 いつの間にか無くなることはないぞ。ソル。

 まぁいい。魔魚は確保した。好きな時にいつでも食べることができる。


「でさぁ。ゼルト。聞きたいのだが、今回の行商に意味があったのか?ほとんどルギアのおかげで売れたみたいだよな。」


 最初の2回は商売に繋がらなかった。3回目の今回はルギアの名声で売れたと言っていい。

 ここで疑問に思った。本来の目的はなんだと。

 ことの始まりはジェームズが他国で売れる商品を知りたいから、国内で何の需要があるか調べ、行商人としての基準書を作れと言うことだった。

 そもそも矛盾している。国内の需要を調べたければ各支店の統計を算出すればいいことだった。他国の需要を知りたければ、他国に行かなければわからない事だ。


「はっきり言って意味がないよな。」


 俺の質問にゼルトは目をそむけながら、『あー』とか『うー』とか言っている。


「ほら、エンはそういうところ気づくと言っただろ?」


 ソルがゼルトに言っているがソルは何かを知っているのか?


「ソルは何を知っているんだ?」


「行商人になるんだろ?」


「ああ。」


「ぽっと出の行商人なんて相手にしてもらうことなんて絶対にない。特に小さな町や村ではよそ者には厳しい目を向けるのは当たり前だ。」


 それはそうだろうな。そのよそ者が自分たちの害になり得るかも知れない、防衛反応みたいなものだろう。


「商人なんて自分の販路があって当たり前だ。そこに新人の入る余地なんてありやしない。」


 それも一理ある。商人なんて信用されていなければそこから買おうって思いはしない。


「ジェームズはな。お前が一人で行商人をしていても困らないように顔つなぎをさせておこうと思ったらしい。

 ゼルトはフィーディス商会が作られた当初からあっちこっちに行って顔と名前が知られている。俺のことは言わなくてもわかっているだろう?

 そんな二人を連れたお前が物を売っている。あと2年だ。その間に回れるところを回らせたいと思ったそうだ。」


 ジェームズがそんな事を?それならそうと始めっから言ってくれたら良かったのに、あんな回りくどい言い方をしてさ。


「普通にそんな事を言っても、エンは素直に受け取らないだろ?」


 う。それも的を得ている。


「はぁ。ジェームズはすごいな。こんな俺に、行商人になりたいって言っているだけの俺にそこまでの事をしてくれるなんて。」


「違うぞ。エンだからだ。」


「天津の子だと言う意味か?」


「だから違うって、エンという生意気なガキだからこそ、ジェームズが動いたんだ。」


「じゃ、他国への販路を広げたいって嘘までつかなくても良かったんじゃないのか?」


「エン。大旦那様はその件は以前から考えておられた。だから嘘じゃない。今回の大旦那様からの指示は素直にありがとうって受け取っておけ。」


 そう、ゼルトが言ってきた。

 はぁ。まいったなぁ。俺はただジェームズに出会って拾われただけの子供だ。住むところも、食べるものも、仕事もジェームズから与えられたものに過ぎない。


 行商人になるって言っているのは、それが俺にとって都合がいいということだけだ。一所ひとところにおらず、町から町へ移動していけば問題も最低限で済むと思っていたからだ。


 なのに、俺が行商人として成り立つようにしてくれていたなんて、俺はジェームズに何を返せばいいのだ?


「エン。ガキのうちは大人に甘えておけ。お前は自分で何とかしようとする癖があるよな。ガキはガキらしく甘えておけ。」


 そう言ってソルが頭を撫でてきた。大人達は誰も触ろうとしなかった俺の黒い髪を、優しく撫でてきた。


 乾いたはずの服にポツポツと水滴の跡がついていた。



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