第60話 奈良原新汰のぷち無双

 パズルの仕組みはよくあるタイプ。

 上下左右がバラバラになっているパネルを正しく並べ替えて、しかるべき絵を作りましょうというヤツです。


 俺が作ったのだから、何の絵だったのかも覚えています。

 人の名前をすぐに忘れるのに、そんな事は覚えているのか、ですか?


 人は毎日山ほど視界に入りますけど、パズルを山ほど視界に入れる経験ってあります?


 ちなみに、絵は『ふなっしーが梨に囲まれている場面』です。

 もう、一面が梨色ですよ。

 右も左も上も下も、全部梨色。


 一見いちげんさんお断りなパズルとなっております。

 だって、クリアさせる気がなかったんですから、仕方ありません。


「な、奈良原様! 時間の表示があと1分になっています!」

「バカ! 高東原くん! 奈良原様を急かすような事を言うんじゃない!」

「し、しかし、ここであの方を失ったら、我々は!」

「それはそうだが! お、落ち着け! 見ろ、お仲間の方々を! ドンと構えていらっしゃるじゃないか!」


「あ、オレはアレっす。新汰が多分やりたい放題すると思うんで、それに備えてるんですわ」

「あたしはまだチキンのノルマが残っておりますゆえ! 藤堂殿!」


「ぴ、ぴぃ!?」


「そこから出られたら、一緒にチキンを食べましょう! 今日はクリスマスイヴであります! チキンを食べない理由がありません!」

「は、はいぃ! こんなわたしに、優しい言葉を! ごめんなさい、ごめんなさい!!」

「何を謝るでありますか! もうあたしたちは仲間でありますぞ!」

「う、嬉しいですぅ……! ごめんなさい、ありがとうございます!!」


 あ、なんかよく分かりませんが、チロルさんが藤堂さんと親睦を深めていますね。

 これは大変結構。

 藤堂さんの居心地の良い空間を作る事が現時点では第一目標。


 優秀な事務員をお迎えして、俺の担当している帳簿管理を任せたら、どうなりますか。

 考えるまでもなく、俺と野菜との時間が増えますよね。

 ふふふ、興奮しますね。ふふふ。


「ひっひっひ! あんた、パズルは諦めたのかい? 手が止まっているじゃないか」

「ああ、はい。あのー。その、ね。アレですよ。おばあさん」

「ひっひっひ! なんだい? 辞世の句を聞いて欲しいのかい?」



「いえ。バールで頭割られるのと、隠してる本物のパズルのパネル出すの、どっちが良いですか?」



「ひっひっ——。ひ?」


「あ、仕組みをご存じない? このパズル、正しい絵に組み替えると、絶縁体ぜつえんたいが電流を遮断しゃだんするんですよ。で、失敗すると、この椅子を通して電気が流れるので、おばあさんも死にますよ? それで、俺は完成までのルートが見えているんですけど、パネル、すり替えてますよね? 時間がないんで、あと5秒待ちます。あ、言っておきますと、俺、お年寄りでも卑劣な人間相手なら平等に暴力振るうタイプです」


「ペタジーニ様? 何がどうなっているのか、ご説明頂けると助かるのですが」

「高東原さんって新汰の教育係だったんすよね?」

「は、はい。恐れながら」

「もっとちゃんと教育するべきだったんすよ。ちなみに、アレはコミュ障必殺技の1つの、っす。相手の意思を無視した交渉を可能にするっす」


 おばあさん、見た目は70越えていそうなのに、判断力はある様子。

 素早くテーブルの裏に手を回して、隠していたパネルを寄越すではありませんか。

 咄嗟の決断は年の功でしょうか。


「こ、これだよ! あ、あんた、間に合うのかい!? あと20秒しかないよ! あたしゃ、死にたくないんだよ!!」

「間に合わないのにお喋りしてるバカがいますか? はい、完成です」


 手錠が自動的に外れました。

 やれやれ、ちょっとサイズがタイトで困っていたんですよ。

 ほら、俺の右手を見て下さい。

 血色が悪くなっている。


「ああ、おばあさん」

「ひぇ、許しとくれ! 30万やるからって誘われただけなんだよ!」

「許すもなにも、俺、お年寄りに興味ないので」


「言い方ぁ! コンプライアンス意識してー! 多分、今の発言が既にギリギリアウトだから!!」


「鍵下さい。持ってますよね?」

「か、鍵!? 知らないよ!?」


「バールがお好みでしたか」


「コンプライアンス!! コンプライアンスに注意してー!! この世界が終わるよー!!」


「ほ、本当に知らないんだよ! なんだい、鍵って!?」

「俺、嘘つきって大嫌いなんですけど、確認しますね? 本当に?」


「ばあちゃんに優しくしてあげてー!! ばあちゃん、俺があとであれ、あの四角いゼリーみたいなヤツ買ってあげっから!! 気を確かに!!」


 どうも、本当に知らない様子。

 これは困りましたねと思ったところで、モニターが光ります。

 ゲームマスター降臨。


『お、お前! むちゃくちゃな事をするんじゃないよ! こっちにだって、段取りがあるんだ! 奈良原! 聞いているのか、おい!!』


「……あなた。今までのゲームマスターの中で一番酷いですね。酷いと言うか、もう見苦しいです。それで、鍵はどこですか?」


『くくくくっ! どこだろうなぁ!? その部屋の中にあるのは確かだ! しかし、これから1分後に、部屋の四方から槍が突き出してくるのだ! かはは! 串刺しになるが良い!!』


「ですってー。皆さん、どっかその辺にまた鍵があるみたいですから、探してください。あ、おばあさんもですよ。見つけたら帰って良いです」


「え、奈良原様!? や、槍はどうなさるので!?」

「そんなもの、出て来ませんよ」


「新汰。お前、また何かやっちゃいました系の事したんだな?」

「いえ、別に大したことは。さっきの電流トラップに使われてた、絶縁体があるじゃないですか。ゴムでしたけど。これを、主電源の間に挟んでおきました」


「つまりどういう事でありますか?」


「このビル、各階にブレーカーが1つしかないっぽいんですよ。さすがにブレーカー周りには細工できないようになっていましたけど、記憶を辿ってみたら、飛び出す槍のギミックを制御する装置は別にあるんですよね。その根元のコードにゴムのプレートぶっ刺しておきました。バールで叩き切るの、結構大変なので」


「悪魔の発想だ……」

「我々は、こんな人に戦いを挑んでいたとは……。愚かすぎたな……」


「おっ! 鍵めっけたぜ! これ、どっちの鍵かな?」

「どれどれ、まずは藤堂さんの棺桶から試してみましょう」

「おっ! ちゃんとさっきのミスを反省してる! 偉いぞ、新汰!」


「うるさいですね。眉間に槍をぶっ刺しますよ」

「ちょっとちゃかしただけなのに、ペナルティが死に直行じゃん!!」


 さてと、うちの優秀な事務員をお迎えしましょう。


「ぴ、ぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

「どうしましたか? 何か、怖いものでも?」

「多分ね、と言うか確実にね、お前が怖いんだよ?」


 俺は論理的に考えました。


「なるほど。男の人が苦手なんですね」

「違うよ? クレイジーサイコ野郎が苦手なんだよ?」



「奈良原殿! ここはあたしに任せて欲しいであります!!」

「ふむ。分かりました。うちの未来の事務員を逃さないようにして下さい」

「かしこまりであります!」


「そう言うとこだよ……。ばあちゃんの頭割ろうとしたヤツがトップの職場とか、とりあえず恐怖しか抱かねぇよ」


「藤堂殿! お名前を教えて欲しいであります!」

「ぴっ!?」


「ほらぁ、チロルさんでもダメじゃないですか?」

「よく聞いて? お前の時と悲鳴の長さが段違いなんだわ」


「あたしは犬飼いぬかいチロルであります! 歳は24! ハーフなので、銀髪なのであります! 好きな物は食べられるもの全部です!」

「ぴっ……わたしは、藤堂、雪美ゆきみです。22歳です」


「おお、雪美殿ですか! 良いお名前ですな! スノーにビューティフルで雪美、合っているでありますか?」

「は、はい」

「あたしのいたオーストリアも雪が美しい国だったのであります! 良ければ、雪のお話しませんか?」


「……はい。チロルさんとお話、したいです。ごめんなさい」



「俺と同じ対話による交渉方法だったのに、なぜ差が!?」

「それはな、チロルちゃんのは説得で、お前のは恐喝だからだな!!」


 えっ? どういうことですか?

 ちょっとペタジーニさんが何言ってるのか分かりませんね。

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