妖精のイタズラ





 かつて神も恐れた力を持つ邪神が、さらに強くなるなんて笑い話にもならない。





「行くぞ」


 黒剣を縦に振り、空気を斬り裂くと。


 クレスは黒剣が生み出した衝撃波と共に瞬時にフィリアとの距離を詰める。


 そしてクレスはフィリアの目には到底見えない横からの斬撃を繰り出す。


 しかしフィリアの身体が勝手に動き、衝撃波を切り裂き黒剣を受け止める。


「チッ!」


 クレスは軽く舌打ちをする。


 自己防衛は魔力が意思を持ち勝手に術者の身体を動かす。その場合は術者自身の数倍の力で無理矢理身体を動かし防衛する。


 つまり早く決着をつけてやらないとフィリアの身体が崩壊する。


「やっかいだな」


 クレスは言葉にする。


 やっかいなのは当然だ。


 死にはしない力加減をしながら自分とあまり力の差がない相手と真剣に戦わないといけないのだから気を抜けばクレスが殺られる。


 

『シャイニーリア』


 急に周りが光の膜に覆われる。


 シロが神級付与魔法を出してくれたらしい。


 光属性の魔力を持つ者が動くやすくなり、他の属性の魔力を持つ者は動きが鈍くなる。


『ホーリーバースト』


 またシロは神級魔法を出す。


 フィリアの周りに光の玉が次々に現れて、静止からフィリアに向けてレーザーのような光線を出す。


 それをフィリアは普通の身体では出来ないような動きをして全て弾き返す。


「シロやめろ!」


 クレスの声と共に神級魔法が途切れる。



『何故ですか? 主様』


「あまりフィリアの負担になるような動きをさせるのは避けたい」


『はい、主様』


 クレスは必死にどうやって助けるかを考えていた。どうしても圧倒的な力で押し潰しながら殺さないように力加減をするという矛盾のような壁に突き当たる。


「どうするか」





「剣の勇者よ、別に我は死んでもよいのじゃ」


 クレスにフィリアは声をかける。


「ん? 助かりたいんじゃないのか?」


「もちろん助かりたいが、それ以上に暴走した時の味方への被害は出したくないのじゃ」


「いや、助かる方法はあるはずだ!」


「我の身体の事はわかっている。なぜそんなに剣の勇者が必死になるのかをな。この状態で消滅してしまえば復活とわ、いかぬのじゃな」


「なぜそれを!」


 クレスがここまで慎重に戦っているのは消滅した後のこと、邪神は精神体になり、魔力で闇を身体として使う事ができる。


 それの応用が復活だ。身体は消えても切り離した精神体が闇を纏えば再生する。


 邪神は闇を纏えば纏うほど強くなっていくのだが、今は精霊と似ている精神状態にある。


 そしてその状態で死んでしまえば精霊のように精霊界に帰るという手段を持たないフィリアは死ぬ可能性がある。


 精霊というのは死ぬ手前で精霊界に帰り、精霊界に溢れている魔力を吸収して正常な状態へと戻すのだ。


 精霊とは魔力に精神が宿った者だ。


「復活できないかも知れないんだぞ!」


 クレスは歯を食い縛り、両手の剣を最大の力で握る。


 左手に持っていた透明な剣がその握力によって砕け魔力の粒子になる。




 キラキラと輝く粒子がフィリアの方へと飛んでいく。




 


 するとフィリアはクレスに笑顔を向けて。






『殺してくれ』




「……」


 何でそんなことが笑顔で言えるんだ!


 俺にもっと力があれば。


 俺にもっと技術があれば。


 俺にもっと、俺にもっと、俺にもっと。


 異世界に来て、何度もした後悔。






 クレスは両手で黒剣を握る。


「一か八か掛けようと思う」


 クレスは独り言のように呟く。


『はい、主様』


 シロはクレスのやろうとしている事を理解すると協力の有無を伝える。


『妖精のイタズラ』


 光の精霊神、固有スキル。


 金のオーラを纏った黒剣にキラキラと光る緑のオーラが宿る。




 黒剣をフィリアに向けながらクレスは。


「助かりたいなら耐えろよ」


「な、なにを言っておるのじ……」


 フィリアの言葉を遮りクレスは続ける。




『気絶するまで殺してやるから』


 声と共にクレスがその場から消える。


 そしてクレスが現れる前にフィリアの身体は勝手に動き。


 クレスの見えない速度の剣を受け止める。


 


 不意にフィリアの身体に何かが当たる感触がするが全然痛くはなかった。


『妖精のイタズラ』の効果が発動する。


 

 クレスはフィリアとの戦闘を後ろに飛び中断する。


「それはな、妖精のイタズラだ」


 その場でクレスは説明する。


「妖精のイタズラ?」


「あぁ、身体を見てみろ」


 クレスの言う通りにフィリアは身体を見ると。


 全身が薄い緑色のオーラを纏っていることに気づく。


「こ、これは?」


「それはな、俺が攻撃する度にその状態に戻る能力だ」


「どういうことだ?」


「わからないか? お前が死にそうな状態になってもお前は今の状態に戻る」


「それになんの意味がある?」


 


 クレスは邪悪の笑みを浮かべる。


「もちろん、その状態に戻っても記憶や痛みは残る。つまりお前が死ぬ恐怖、死ぬ痛みに、何度気絶しないで耐えられるかってことだな」


 その言葉にフィリアは震える。


「お前は殺してくれと俺に言ったんだ、文句はないよな」


「まってくれ、気絶しないで耐えられる? 少し可笑しくないか?」


「聞き間違えだろ? 俺は気絶するまでお前に攻撃するのをやめないと言ったんだ」


「な、なるほど、我はてっきりゲームのような感覚なのかと、いたぶりながら何回で気絶するかをカウントしながら楽しむんじゃなかろうかと心配した」


「行くぞ!」


「おい! 剣の勇者は昔からそうゆう所があったからな!」


 フィリアの図星っぷりにクレスは即戦闘を開始する。







『俺は約束したことは絶対守る』


 戦闘中に呟いたクレスの言葉は誰も……。


『主様はそう言う人ですよ』


 一人の精霊以外、聞いてる者はいなかった。



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