名も無き森〜VS.薄い本の王道展開を狙うオーク族〜
勇者、名言集の書籍化オファー絶賛募集中
夜風から、潮の香りが感じられなくなった。
一体ここはどこなんだろう?
どのくらい家から離れたのだろう?
ずっと眠りこけていた俺には、時間の経過がまるでわからない。それに見えているのは夜空だけという状況では、現在地を推し量る術もない。
「もごー! むがもごー! おごんがむもーー!」
必死に身を捩り叫べども、がっちり体を縛める縄も緩まなければがっつり噛まされた猿轡も外れなかった。
すっかり油断していた。まさかこんなことになるとは……だが、後悔してももう遅い。後悔というのは、後で悔やむから後悔なのだ。
「頼むから大人しくしてくれ、エージ。くねくねした動きも踏み潰されたカエルみたいな声もウザすぎて殴りたくなってしまう。こっちも堪えるのに必死なんだ」
木製の手押し車に乗せられた俺に、隣を歩くラクスが拳を震わせながら呻くように言う。
歯軋りの音、すげぇな!? どんだけ俺を殴りたいんだよ!?
「さすがにインテルフィ様の前では、いくらキモくても亡き者にはできませんからね。エージさん、どうか死体のフリをしていてください。でないと私も殺意の波動に目覚めてしまいそう」
反対側では、パンテーヌも可愛い笑顔を強張らせていた。
ふざけんな、俺は誘拐の被害者だぞ!? なのに何でお前ら、そんなにアグレッシブに責めてくるんだ!? ああ、加害者だからか! ですよねー!!
「エージ、空を見て。星がとても綺麗よ。うふふ、真夜中のお出かけって楽しいですわねぇ。秘密のデートをしているみたいで、心が躍りますわ!」
手押し車を押しているのは、インテルフィだ。言うまでもなく、俺を簀巻きみたいに縛り上げた張本人であり、この誘拐の首謀者である。
ああ、最悪だ。今夜は二人を泊めてあげようとインテルフィが言い出した時に、疑うべきだった。こいつにも優しいところがあるんだな、なんてほんわかしつつ、寝ぼけた二人が自分のベッドに入ってくるラッキースケベイベントをほんのり期待した俺がバカだった。
よもやのまさか、寝てる俺を拘束して、無理矢理二人の町に連れて行く計画を立てていたとはな! さすが極悪性悪のインテルフィ様だぜ!!
「インテルフィ様、お疲れになりませんか?」
「私達の町まではまだまだ距離があります。いつでも交代しますよ?」
「大丈夫ですわ。わたくし、疲れ知らずですの。百年くらいなら不眠不休で活動できますから、ご心配なさらず!」
インテルフィ、最高にハイである。
長い黒髪と白いドレスを軽やかに躍らせ、まるでダンスのステップを踏むかのような足取りで手押し車を押している。蒼い瞳は歓喜に輝き、桜色のくちびるも楽しげに綻んでいた。こちらの気も知らず……いいや、俺の気持ちをわかっているからこそ、これほどまでに昂ぶっていらっしゃるのだろう。
インテルフィの説明によると、これから俺達は森を抜ける最短ルートでラクス達の町へ向かうんだそうな。そこで彼女達の師だという魔道士団長が拐われた時の詳しい状況を聞いて、魔物の種類やら目的やら潜伏場所やらを特定するんだって。特定するだけじゃなくて突入するんだって。しかも突入したらその魔物、何と俺がやっつけなきゃいけないんだって。やだー知らなかったー。驚きがビックリだよねー。
…………おかしくない!?
俺、二人の依頼を再度ごめんって断ったよね?
自慢じゃないけど、『もう俺は大切なものを失いたくないんだ……』って哀愁漂う声で言って空を見上げた俺、なかなかカッコ良かったと思うんだよ。悲しい過去を持つ大人の男の渋さをモリモリムリムリメリメリ放ってたはずだ。
ラクスもパンテーヌも俯いて震えてたのは、もらい泣きを我慢していたからに違いない。彼女達は、俺の心の流す見えない涙に呼応して泣けない俺の分も泣いてくれたのさ……っかー! 今のフレーズ、かっけーー! さすが俺だね! せっかくだから名言集作っちゃおっかなー? 出版させてくださいって書籍化のオファーが来まくっちゃうだろうねー!
などと自画自賛している場合ではない。このままでは、本当に魔物退治をさせられてしまう!
インテルフィが俺の了承も得ずに、何故二人の依頼を受けたかなんてわざわざ考えるまでもない。退屈していたから、それだけだ。
その退屈しのぎに俺を追い詰めて俺を泣かせて、俺を絶望のドン底のズンドコに叩き落とそうとするんだからな……何が元女神だ、何が俺のことを愛してるだ! ドSでワガママで相手の迷惑を顧みないなんて、ただの地雷女だろうが!
ラクスとパンテーヌの前では少しカッコつけさせてはいただいたが、大切なものを失いたくない気持ちは言葉以上に重い。魔道士団長を拐ったほど強力な魔物を相手にするとなれば、インテルフィの加護に大きく頼らざるを得ない。すると俺は、また失うことになるのだ。
最初は、全く気付けなかった。大切なものは失って初めてわかるというが、まさにその通りだ。
『わたくしにはあなたが何を失うかまではわかりません。わたくしにも、それだけは選べないのです。わたくしの加護を受ければ、あなたはとても大切なものを失うことになる。力には、相応の代償を支払わねばならないのです』
やけに優しく囁かれたインテルフィの声が、耳奥に蘇る。同時に、彼女と初めて会った時の記憶も呼び覚まされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます