勇者、海の歌に酔い痴れる


 俺がこの人気のない寂れた海岸に移り住んだのは、あの戦いが終わった後だ。


 オメデ大陸に属する島国であるこのカミタイ王国は、戦とは無縁の穏やかな地だった。ところが数年前、突如として現れた魔王なる存在が配下の魔物達を使い、この国を手中に収めんと国王陛下に向けて権利の譲渡を宣告したのだ。


 この国には俺のような人間だけでなく、半人族に半獣族、そして妖精族も多く暮らしている。同種族もいたというのに、魔王の手下となった魔物達は抵抗した国民達には容赦しなかった。ほとんどは魔王が最初に占拠した北部の山周辺にいたというが、付近では見せしめついでに焼き払われた村もあったという。


 そこで国王陛下は、魔王を討伐した者には多額の報奨金を出すと大々的に宣言した。すると、各地で魔王を倒そうとパーティーを組んで繰り出す者が現れた。


 ああ、俺も募集をかけていたパーティーに『魔法剣士』として参加したのさ。やはりオシャレ第一人者としては流行に乗らねばならないし、パーティーの女の子と共闘してる内に吊り橋効果でいい雰囲気になれるかもしないし、カッコ良く活躍すれば評判になって今度こそモテモテ人生が始まると思ってね。そんな素敵な未来予想図ばかりが頭を占め、不安なんて全くなかった。


 剣技も魔法もまるでダメなのに? と思うだろう? しかし俺には、この伝説の剣がある。これさえあれば、魔王だって怖くなかった。


 長さは俺の腕くらいで、刃の幅は広くもなく狭くもなくといったところ。他の剣と大きく異なるのは、全く手入れを必要としない点だ。戦いで酷使した時も刃こぼれ一つせず、ほとんど使う機会のない今も刀身は鏡面のように輝いている。


 鍔の部分は複雑な飾り彫りの施された護拳が重厚な雰囲気を醸し出しているが、代わりにグリップ部分はシンプルで握るとすんなりと馴染む。


 伝説の剣と聞くと、それ自体が宝物みたいに黄金と宝石でできていて、キラッキラなものを想像するかもしれない。しかし本物はこの通り、実用性重視だ。


 偽物なんじゃないかって? いいや、この剣は紛れもない本物の伝説の剣だ。その証拠に、封じられていた女神インテルフィが具現化して俺の側にいる。


 そう、俺こそが魔王を倒して勇者と呼ばれた男だ。そして剣技も魔法もまるでダメだった俺がそんな名誉を賜ることができたのは、インテルフィの加護による力のおかげなのである。


 そのことについては、心から感謝している。けれども俺は戦いで大きな傷を負い、勇者として凱旋することもモテモテライフを味わうこともままならず、こんな辺鄙な海辺の掘っ立て小屋に引っ込む羽目となった。これもまた、インテルフィのせいで。



 いつかこの傷が完全に治ったら、あのエルフの二人に謝りに行こう。あの時は力になれなくてすまなかった、と。


 遅すぎる謝罪を、彼女達は受け入れてくれるだろうか?


 その時は、罵ってくれて構わない。恨んでくれてもいい。彼女達の気が楽になるのなら、憎まれ役だって買ってやるさ……フッ、俺の本当の心を知るのは、この広い海だけ。寄せては返す波達は、悲しみを連れ去ってくれはしない。だが刹那のひとときでいい、どうか俺のこの孤独に寄り添っておくれ。


 窓から光を浴びて煌めく青い海原と白い砂浜を眺め、穏やかな波の音を聴いていると、久々に自作の歌を作りたくなってきた。どうせ今日も暇だし、ちょいと海に出て海藻を捕るついでにインスピレーションも拾いに行ってくるか。


 インテルフィがやけに静かだったから何をしているのかと見てみたら、俺が出したお茶の片付けに手間取っているらしい。エルフ姉妹達が一口も飲まなかったので、並々お茶が注がれたままのカップをそれぞれ左右の手に持って、動いてるのか動いていないのかわからないくらいの超低速でじわじわキッチンに向かっていた。


 不器用なんだから、せめて一個ずつ持っていけばいいのに……あいつ、やっぱりバカだな。


 女性には優しい俺だが、インテルフィだけは別だ。あいつは俺にとって、災厄でしかないので。



 そんなわけで俺は見なかったことにして日除けの傘を持ち、外に出た。


 俺のような繊細なる顔立ちには、日焼けが似合わない。それに強い日差しは、お肌を老化させると聞いたからな。カッコ良さを維持するには、こういう毎日の細やかな気遣いが大事なのだぜ!

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