ここからは……。
「無理よ。貴女のやり方じゃ」
夜の闇に、ちとせの冷たい声が響く。
「どういう意味ですか? それ」
そんなちとせに、先輩が鋭い声で言葉を返す。
「十夜も貴女も、現実を見てないのよ。十夜は悲観的過ぎだし、貴女は楽観的すぎる」
「なら貴女には、何か現実的な意見があるって言うんですか? ……ないなら、黙っててください」
先輩は、お面を置いて立ち上がる。ちとせもそれに倣うように、ゆっくりと立ち上がる。
「…………」
そんな2人の顔を見れない俺は、今度は視線を空から地面に移す。……うっすらと生えた雑草が、ゆらゆらと風に揺れていた。
「私は、いざとなったら十夜の血を吸うつもりでいた。十夜の想いより自分の想いを優先した私は、そうする責任があった。……でも貴女の姉が、私に言ったのよ。私が代わりに、血を吸うって」
「……姉さんは、私より先に貴女に会いに行ったんですか? いえ、そもそも貴女と姉さんは、知り合いだったんですか?」
「そうよ。でも別に、仲がいいってわけじゃない。お互いにとってお互いが都合がよかったから、利用しあってるだけ。私は十夜の為に、あの人は貴女の為に、ね」
ちとせはそこで何かを確かめるように、一度地面を踏みしめる。砂がじゃりっと、音を立てる。
「私は、十夜が好き。寂しそうな顔も、優しい顔も、悲しそうな顔も、全部全部……大好き。だから十夜の為なら何だってするし、どんな手段を使ってでも十夜に愛して欲しいと思う」
「貴女の気持ちなんて、もうとっくに分かってます。それより貴女は結局、何をするつもりなんですか」
ちとせは足元の雑草を踏みしめて、先輩の方に近づく。先輩はそんなちとせの真意を確かめるように、その場に留まって言葉を待つ。
「私は、十夜と一緒に死ぬつもりよ。どうやっても救えなくて、どうしたって届かないなら、最後の最後まで隣にいて……一緒に死ぬ。それが私の、選択よ」
「……馬鹿じゃ、ないですか」
ぽつりと先輩が、そうこぼす。
「貴女も……それに十夜くんも、どうして簡単に諦めるようなことを言うんですか! 私、この2ヶ月で貴女のこと少しは見直していたのに、ガッカリです!」
「勝手にガッカリしてなさい。私は貴女みたいに、楽観視はしない。貴女みたいに、諦めなかったら奇跡は起こるとか、真っ直ぐに想い続けていればいつかは報われるとか、そんなこと信じない。……私は貴女みたいな能天気馬鹿とは、違うのよ」
「馬鹿は貴女です。十夜くんは、奇跡を起こしてくれました。私の心を、十夜くんは変えてくれたんです! だから──」
「でも、私の想いは十夜に届いてない。私は貴女よりずっと前から十夜を想い続けていたのに、私の想いは……届いてない」
「それ、は……」
ちとせの言葉は、場の空気を完全に凍らせる。俺は元より、先輩も口を閉じてしまう。
「奇跡なんて、起きないのよ。だから私は、十夜を傷つけてでも、自分の想いを優先した。……そりゃ、貴女の姉が蘇ったのは奇跡みたいなものだし、それ以外にもあり得ないと思うようなことが、たくさん起きた。でも結局私たちは、こんな場所で言い合いしてる。それが、現実なのよ」
ちとせは大きく、息を吐く。
「十夜は、私たちの為に死ぬことを選んだ。あんたは、何の確証もなくどうにかするって、都合の良いことを叫んでる。そして私は、十夜の心が完全に凍ってしまうまでそばにいて、最後の時は……十夜の血を吸って死ぬと決めた」
「……そんなことをしても、十夜くんは……」
「そうよ。きっと私が血を吸っても、十夜は助からない。でも、十夜がいない世界で生きるくらいなら、私は死を選ぶ。十夜の隣だけが、私の居場所だから」
「……貴女は、馬鹿です」
「そうよ。恋をすれば、皆んな馬鹿になる。私も、あんたも、そして十夜も、皆んなみんな馬鹿じゃない。……そして私たちは、馬鹿だと分かっていても、その想いを捨てられない。……そうでしょ?」
「…………」
ちとせの問いに、先輩は何も返さない。……俺も何も、言えなかった。
確かに俺たちは、馬鹿だ。自分の都合を相手に押しつけるだけで、相手の話を聞こうとしない。……そう。俺だって、分かってはいるんだ。先輩やちとせは、俺のやり方じゃ幸福にはなれない。2人はそんなこと、望んでいないって。……今の俺でも、それくらい分かるんだ。
先輩も、分かっているはずだ。昔の俺みたいに真っ直ぐに想い続けても、都合の良い奇跡なんて起きないと。
そしてちとせも、一緒に死ぬなんて結末は誰の為にもならないと、そう理解しているはずた。
でも、それでも、俺たちは……。
「……私は」
今度は先輩が、ちとせの方に踏み出す。ゆっくりと確かな足取りで、冷たい地面を踏みしめる。……気づけば風が、止んでいた。
「それでも私は、諦めません。私の想いが十夜くんを救うって、そう信じ続けます」
「……そ。なら私も、同じよ。十夜だけを死なせるなんて、そんな結末は認めない。例え救えないんだとしても、私は十夜の隣にいる。最後の最後に十夜の手を握っているのは、私でいたいから」
そこで2人が、俺を見る。……2人の姿を真っ直ぐには見れないけど、それでも空気でそれが分かる。だから俺も揺らぐことなく、自分の想いを口にする。
「俺は、2人に生きて欲しい。例えそれが幸福じゃなくても、2人には大人になって俺には見れなかった世界を見て欲しい。だから俺は、2人の血を吸って死ぬ。それが1番いいって、信じてる」
三者三様、別のものを見ている。同じことを願っているはずなのに、誰もが別の道を見つめている。
だから、
「私、今日はもう帰るわ。もうあんまり時間はないんだし、色々と準備しなきゃいけないから」
ちとせが俺と先輩に、背を向ける。
「……なら私も、今日は帰ります。今ここで何を言っても、きっと十夜くんには通じない。だから、待っててください、十夜くん。私が絶対に、十夜くんを救ってみせます」
そして先輩も、俺に背を向ける。俺はそんな2人の後ろ姿を、黙って見送る。先輩の言った通り今の俺が何を言っても、きっと2人には届かないから。
……そう思っていたのに、気づけばどうでもいい言葉が、口からこぼれていた。
「2人とも、ありがとな。3人で花火が見れて、幸せだった。本当に、ありがとう」
そんな俺の言葉は聞こえたはずだけど、2人は何も言わない。……ただ寂しげに肩を震わせて、ゆっくりと歩き去っていく。
「…………」
そんな2人の姿が完全に見えなくなったのを確認してから、立ち上がり大きく伸びをする。
「……ごめんな」
最後にそう呟いて、俺も広場を後にする。そんな風にして、楽しい夏祭りと幸せだった関係は終わりを告げた。
そして、1週間後。俺たちの中でいったい誰が正しかったのか、俺はそれを理解することになる。
そうして、最後の1週間が始まった。
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