どうして……?



 俺が告白すると、彼女は決まって同じ言葉を口にした。



『私は貴方が、嫌いです』



 冷血吸血鬼、紫浜 玲奈。彼女はその名に恥じぬ冷血ぶりで、俺が何度告白しても一向になびく気配がなかった。頬を染めるとか、声が震えたりとか、そういうのも一切なく彼女はただただ俺を拒絶し続けた。


 だから流石の俺も、すぐに気がついた。このまま告白を繰り返しても、彼女が俺に心を開くことはないと。



 ……そう。分かっていたんだ。いくら告白しても、意味なんてないと。なのに俺は、彼女に告白し続けた。



 いや、ただ告白を続けただけじゃない。どうすれば彼女に、振り向いてもらえるのか。どんな風に告白をすれば、彼女に少しでも意識してもらえるのか。俺はそれを必死になって考えて、毎日のように告白を繰り返した。



 そうしていると、心臓がドキドキと高鳴った。それこそ本当に、恋をしているみたいに。



 ……自分でも、理解できなかった。彼女は確かに美人で、スタイルも良くて、とても綺麗な外見をしていた。しかしその程度で、俺の心は動いたりしない。綺麗だと思うことはあっても、それが好きだという感情に変わることなんて、あるはずない。


 その、はずなのに……。



 俺は貴女が、好きです。



 その言葉を口にする度に、自分の心が生きているのを感じた。……いや事実、俺が今みたいに笑ったり、怒ったり、ドキドキしたりできるようになったのは、先輩に告白し続けたお陰だと俺は思っている。


 彼女に近づくことで、俺は確かに変わった。真っ白だった世界に色が戻ってきたように、人を人だと思えるようになった。


 そのお陰でちとせとの仲も深まって、ずっと疎遠だった幼馴染の黒音とも、また仲良くできるようになった。……でもだからこそ同時に、人を殴って傷つけた過去を後悔するようにもなった。振り返ってみると、あれもこれも全部……俺が悪かったと。



 けど、そういう痛みも含めて、俺は着実に人間に近づいていった。



 結局その理由は、自分でも分からない。俺が紫浜先輩に、惹かれた理由。彼女に告白を繰り返すことで、人に近づけた理由。その理由は、今もはっきりとしない。


 ……でもきっかけは多分、彼女の手に触れた時だろう。


 一度だけ、彼女の手に触れたことがある。俺を振っていつものように立ち去ろうとした彼女が、段差につまづいて転びそうになった。その時俺は咄嗟に、彼女の手を掴んでしまった。



 その手はとても、冷たかった。まるで血が通っていないみたいに、とてもとても冷たかった。



 何故だか酷く、胸が痛んだ。



 どれだけ告白しても全くなびかない、強情な女。そんな風に思っていた彼女が、必死になって自分を大きく見せようとする子犬のように思えた。


 だから俺は、知りたいと思った。彼女がこんな風に人を拒絶して、独りになりたがる理由を。俺のように、人を人とも思えないのか。それともちとせのように、他人に興味がないのか。或いはもっと、別の理由か……。



 なんであれ、彼女の心を知ってその心に寄り添いたい。俺はそんな風に、思うようになった。



 そうすれば俺の心は、完全に人間に戻れるかもしれない。……いや、いつしかそんな打算もどこかに消えて、俺はただ純粋に彼女に愛されたいと思うようになった。


 そうすれば、彼女の冷たい孤独を取り払える。人を好きになることで変われた俺と同じように、彼女もまた変われるんじゃないか。



 そんな風に、思った。



 そして彼女が誰かを好きになるなら、それは俺じゃなきゃ嫌だって、そんなことまで思えるようになった。



 だから俺は、もう一度その言葉を口にする。



 何度も何度も繰り返し、俺の心に温かさをくれ宝物のような想い。俺はその想いを、もう一度ここで彼女に伝える。




「紫浜先輩。俺は貴女が、好きです」



 真っ直ぐに、先輩の瞳を見る。ずっとずっと想い続けた大好きな先輩を、俺はただ見つめ続ける。


「今言った通り、俺は人を人とも思えない吸血鬼で、初めは嘘で貴女に近づきました。でも今は、胸を張って言えます。俺は貴女が、好きだと」


 窓の外から這い寄る夜の闇が、身体に纏わりついて離れない。そんな錯覚を覚えるほど、俺は怖かった。


「…………」


 だって先輩は、何も言ってくれない。俺が吸血鬼だと言ってから、先輩はただ黙って俺の話を聞き続けた。



 でもその表情は、とても虚だ。



 だからもしかしたら先輩は、俺を軽蔑したのかもしれない。それとも或いは、単純に怖いと思ったのかもしれない。俺は今でこそ、こうやって人の心を取り戻すことができた。けどそれがずっと続く保証なんて、どこにもない。


 だからまた人の血を見れば、あの冷たい感情に飲み込まれるかもしれない。


 ……そして何より、人の血を実際に飲んでしまうと、俺は本当の意味で……人ではなくなってしまうのかもしれない。そんなことあり得ないって思うけど、でもそれを否定できる材料なんてどこにもない。



 だから先輩は、そんな俺を……いや、違う。分かってはいるんだ。先輩はそんなことで、人を軽蔑したりしない。そして先輩はこんな俺でも、受け入れてくれるはずだと。そう分かっているのに、俺はどうしても不安だった。



 だって先輩は、何も言ってくれない。ただ焦点の合わない虚な瞳でこちらを見つめるだけで、何故か一向に口を開こうとしない。


「…………」


 でも俺は、黙って先輩の答えを待つ。だってもう、言えることは言った。だからあとはただ黙って、先輩の答えを待つだけだ。もし嫌いとか怖いとか言われたとしても、その時はまた好きにもらえるよう努力すればいい。



 俺は自分にそう言い聞かせて、ただ待ち続ける。夜の闇が、どれだけ身体に染み込んでも。白い人工の光が、痛いくらい身体に突き刺さっても。俺はただ、先輩の答えを待ち続ける。




 すると先輩はゆっくりと、その言葉を口にした。



「ごめん、なさい……」



 先輩はそう言って、涙を流した。


「先輩……? どうして先輩が、泣くんですか?」


 だから俺は驚きに目を見開きながら、先輩に向かって手を伸ばす。……けど先輩は首を横に振って、それを拒絶する。


「ああ……。そういうことだったんですね、姉さん。だから、貴女は……」


 先輩は涙を拭うこともせず、重い後悔を吐き出すように大きく息を吐く。そしてそのまま先輩は、とてもとても悲し気な表情で自分の過去を語り始める。


「きっと私も、吸血鬼だったんです。貴方の話を聞いて、それに気がつきました……」


 だから冷たい夜は、まだまだ明けない。


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