秘密を話します。



「じゃあ少し、ここで待っていてください。私は紅茶でも淹れてきますから」


 先輩はそう言って、早足に部屋から出て行く。だから俺は1人、先輩の部屋に取り残される。


「……先輩はいつも、ここに1人でいるのか……」


 先輩の家はとても綺麗で大きな一軒家で、見た目はとても華やかだ。……なのに何故か、ここには寂しさばかり詰まっている。そう感じさせるほど、この家には人の気配がない。


「……寂しかったんだろうな、先輩」


 だから俺はなんとも言えない気持ちになって、小さく息を吐く。



 遊園地を出たあと、2人でゆっくりと歩いて先輩の家まで戻って来た。そして先輩はそのまま、俺を自分の部屋に案内してくれた。だから俺は内心、ドキドキしていた。


 先輩の部屋は、どんな風なのだろう? と。


 ……でも先輩の部屋は俺の想像と違い、とても寂しい雰囲気だった。最低限のものと小さな本棚があるだけで、他には何もない。だからドキドキはすぐに消えて、冷たい寂しさが心を占める。


「…………」


 だから、だろうか。少し身体が、震える。夜になっていくらか気温が下がったといっても、寒さに震えるような温度じゃない。なのにどうしてか、身体が震える。……いや、或いはこれは、ただ怯えているだけなのかもしれない。



 俺の秘密を知ったら、先輩は俺を嫌ってしまうんじゃないかって。



「大丈夫。だって先輩は、ようやく言ってくれたんだ。……好きだって」


 大きく息を吐いて、思考を切り替える。するとちょうど扉が開いて、お盆に紅茶とお茶菓子を乗せた紫浜先輩が姿を現す。


「お待たせしました」


「いえ、わざわざすみません、先輩」


「いいんです、これくらい。だって今日は、とても長い夜になるはずです。だからこれくらいは、あった方がいいでしょう?」


 先輩は紅茶とお茶菓子のバームクーヘンをテーブルに並べて、俺の正面の座布団に座る。


「……寂しいところでしょ? この家も私の部屋も、何もありませんから……」


 先輩は部屋を見渡しながら、自嘲するようにそう告げる。


「それは俺の家も、同じですよ。……だから分かるんです。先輩がどれだけ、寂しい思いをしてきたのか」


「私は寂しさなんて、感じたことはありませんよ? ……少なくとも、貴方と出会うまでは……」


「なら俺が、先輩を弱くしたんですね」


 軽い笑み浮かべて、そうこぼす。


「そうです。だから最後まで、責任とってくださいね?」


「元から、そのつもりですよ。だから先輩が鬱陶しいと思っても、絶対に1人にしません」


「ふふっ。ありがとうございます。貴方のそういう真っ直ぐなところ、凄くいいなって思います」


 先輩は慣れた手つきで紅茶に口をつけて、熱い吐息をこぼす。そして何かを思い出したように、あっと言って口を開く。


「そういえば、リレー小説。今日のデートで渡すつもりだったのに、貴方に褒められて舞い上がっていたせいで、すっかり忘れていました」


 先輩は鞄から原稿用紙を取り出して、俺に手渡す。


「どうぞ。これは貴方に、渡しておきます」


「分かりました。じゃあ今日……は、たぶん無理なので、明日にでも読んで火曜日には最後まで書き上げておきますね」


「はい。楽しみにしてます。貴方がこの続きをどんな風に書くのか、私、期待してますから」


 先輩はそう言って、本当に楽しそうな笑みを浮かべる。……そんな先輩の笑みを見ていると、俺は思う。先輩を抱きしめて、もっと近くでこの笑顔を見たいと。


「任せてください。俺がビシッとこの物語をまとめてみせますよ」


 でも今ここで先輩を抱きしめたら、きっと決意が鈍ってしまう。だから俺は誤魔化すようにそう言って、先輩から視線をそらす。


「…………」


「…………」


 そこでしばらく、沈黙。カチカチとした秒針の音と、窓を揺らす冷たい風の音だけがただ響く。そんな静寂が、場に広がる。


 俺は、悩んでいた。自分の過去と、秘密。それをどういう風に切り出せばいいのか、それが分からなかった。……そしてそれはきっと、先輩も同じなのだろう。だからこの場に、沈黙が溜まる。


 なら俺が先に、口を開くべきだろう。そうすればきっと先輩も、少しは話しやすくなるはずだ。


 俺はそう思い、先輩の方に視線を向ける、


「……って、先輩?」


 すると先輩は何故だか俺の真正面まで近づいてきていて、俺は驚いてそう声を上げる。


「最後に、抱きしめてくれませんか? 10……いえ、5分だけで構いません。それが終わったら、ちゃんと話します。だから、お願いします……」


 先輩は甘えるような上目遣いで、俺を見る。……でも決して、自分から俺に触れようとはしない。まるで見えない壁でもあるかのように、こちらに伸ばした先輩の手が途中で止まる。



 だから俺が、先輩に手を伸ばした。



 決意が鈍るとかそんなことは、すぐに頭から消えた。……だって先輩はそれくらい、寂しそうな顔をしていたから。


「5分経ったら、俺から先に話します。……でも絶対、最後になんてなりません。俺が、させません」


「そう、ですね。……うん。そうですよね」


 俺は力を込めて、先輩の柔らかで華奢な身体を抱きしめる。先輩もそんな俺に応えるように、強く強く俺の背中を抱きしめる。


「もう何度、こうやって抱き合ったんでしょう? 今日はずっと、貴方にくっついていた気がします。なのに私、その度にドキドキするんです。……そしてその度に、もっと貴方に触れたくなる」


「俺も同じです。……好きですよ、先輩」


 こうやって先輩を抱きしめていると、心がふわふわと軽くなって、ずっとこうしていたいと思ってしまう。……でもだからこそ、1人になるとその軽さに耐えられなくなる。


「……明日の約束、覚えてますよね?」


 先輩は耳元で、そう囁く。


「もちろんですよ。俺は……うん。俺はずっと、それを心待ちにしてるんです」


「じゃあ、私と一緒ですね。……エッチな女だって思うかもしれませんけど、私は気づくとそのことばかり考えてしまうんです。それくらい私は……期待してるんですよ?」


「応えてみせますよ、先輩の期待に。……だからちゃんと、伝えます。俺の秘密を」


 それからはただ黙って、カチカチと響く秒針の音を数える。この音がたった300回響くだけで、この手を離さなければならない。そう思うと、どうしても腕に力が入る。だから2人で強く強く抱きしめ合って、秒針の音を数え続ける。


 そして気づけばあっという間に、5分経ってしまう。だから俺たちは最後にキスをして、どちらともなく距離を取る。


「…………」


 そして俺は、息を吐く。身体から消えていく温かさから、目を背けるように。ふわふわと軽くなった心が、どこかへ飛んでいかないように。


 大きく大きく、息を吐く。


「…………」


 先輩が、俺を見る。真っ直ぐにただ、俺だけを見つめる。だからいつまでも、黙っているわけにはいかない。俺の秘密がどれだけ受け入れ難く、理解し難いものでも、もうそれを伝えると決めた。



 だから俺は覚悟を決めて、1番大切な秘密をゆっくりと……言葉に変える。





「──実は俺、吸血鬼なんですよ」



「……え?」



 俺の突飛な言葉を聞いて、先輩は驚いたように目を見開く。けど俺はもう言葉を止めず、自身の過去を話し出す。


 人を愛することができない呪いをかけられた、冷たい冷たい吸血鬼の少年の話を……。



 俺はゆっくりと、話し出した。


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