四章 デートと吸血鬼
デートの始まりよ!
そして、日曜日の朝。春も中頃を過ぎた時期ではあるけど、まだ少し肌寒いそんな時間帯。俺は駅に向かいながら、昨日のちとせとのやり取りを思い返していた。
『明日、デートに行きましょう?』ちとせは電話越しに、そう言った。そして俺はそんなちとせに、『分かった』とだけ返した。そしてそのあとちとせは、『じゃあ朝の9時に、駅前に集合ね。デートプランは私が考えてるし、ご飯も私が奢ってあげる。だからあんたは、何も考えず手ぶらで来なさい』とだけ言って、電話を切ってしまった。
だから俺は、手ぶらで……というわけにはいかないので、財布とスマホだけを持ってあとは完全にノープランで駅に向かって歩いていた。
「……ダメだな」
そしてそんな風にただ歩いているだけでも、ふと思い出してしまう。あの夜の、先輩との激しいキスを……。俺は、ずっと先輩のことが好きだった。けど多分、今が一番その想いが強い。だからどうしても、先輩のことばかり考えてしまう。
……けど今日は、ちとせとのデートの日だ。そして俺はこのデートで、ちとせに自分の想いを伝えるつもりだ。それは彼女の求める答えではないけど、それでも俺はもう決めた。きっとそうしなければ、いつまで経っても前には進めないから。
でもだからって、言いたいことだけ言って早々に家に帰るなんて真似はしないし、ちとせの前で先輩の話をするつもりもない。だって俺は先輩のことが好きだけど、ちとせのことだって好きだから。
……無論それは、友人に向ける感情でしかない。けどだからって、ちとせのことを蔑ろにはしたくない。それは自分勝手な理屈かも知れないけど、俺はそう思う。
例えどんな結末になったとしても、ちとせの想いを踏みにじるような真似だけは、絶対にしたくはないと。
「あ、十夜。こっちこっち!」
そんな風に考え事をしながら歩いていると、いつの間にか駅に着いていて、聞き慣れたちとせの声が響く。だから俺は大きく息を吐いて余計な思考を振り払い、ちとせの方へと駆け寄る。
「悪い、ちとせ。待たせたか?」
「なにその定番みたいな台詞。私も今来たとこよって、答えればいいの? ……ねえ、十夜。別にデートだからって、変な気を遣わなくていいのよ? だって私は、いつものあんたが好きなんだから」
「……そうか。いやまあ、確かにそうだな。あんまり気を遣っても、気持ち悪いだけか」
俺はそう答えて、何となしにちとせの姿を眺める。……今日のちとせは軽く化粧をしているようで、少し大人びて見える。それに白くて綺麗な髪も軽くウェーブがかかっていて、いつもと雰囲気が違う。
けどやっぱり、目を引くのは……。
「……なあ、ちとせ。お前、スカート短すぎじゃないか?」
紺色のミニスカート。ちとせは真冬でもミニスカートを履いたりする奴だから、それ自体はいつものことだ。けど今日のスカートはいつにも増して短くて、歩けばパンツが見えてしまいそうだ。
……それに脚が惜しげもなく晒されているから、どうしても視線がそちらにいってしまう。
「いいのよ、これで。だって今日は、好きな人と……あんたとデートできる日なのよ? ……そりゃいろいろ小狡いことをしたから、あんたは嫌々なのかもしれない……。けど私は、ずっとこの日を楽しみにしてたの。だからこれは、気合を入れてる証なのよ。少しでも私のこと、意識して欲しいから」
「別に俺だって、嫌々来たわけじゃねーよ。それにお前の理屈も、何となく分かった。……でもパンツ、見えちゃわないか?」
「大丈夫よ。見られても大丈夫なやつ、履いてるから。……それに、パンツくらい別にいいのよ。それであんたがちょっとでも私を見てくれるのなら、それくらい安いもんよ」
ちとせは自信満々に、胸を張る。その姿は眩しいくらい真っ直ぐで、何故かズキリと胸が痛む。
「…………」
俺は今日、お前の気持ちには応えられないと、そう伝えるつもりでここに来た。……でもだからこそ、ちとせの真っ直ぐな瞳を見ていると、少しだけ胸が痛む。
「……十夜? なに、ぼーっとしてるのよ。……って、もしかして私の綺麗な生脚を見て、変なこと考えちゃったとか? ……別に、いいわよ? あんたがそういうことをしたいって言うなら、今からあんたの家に戻っても」
「ちげーよ。んなわけないだろ? じゃなくて、ただちょっと……思ったんだよ。お前と出かけるのも、久しぶりだなって」
「……それは確かに、そうね。私たちは基本的にインドア派だから、遊ぶにしてもあんたの家でゲームすることがほとんどだったしね。……でも、安心しなさい。そんなインドア派なあんたでも楽しめるデートプランを、考えてきてあげたから」
真っ直ぐな瞳でそう告げるちとせは、いつもよりずっと輝いて見える。ここ最近……というか俺に想いを伝えてからのちとせは、どこか陰りのようなものがあった。
無論、俺たちの事情を考えれば、ちとせが暗くなるのも理解できる。でも今日のちとせにはそういうのが一切なくて、何だか少し……安心する。
「じゃあ、行くか。まずはどこに連れて行ってくれるんだ?」
「ふふっ。それは着いてからのお楽しみよ。だからほら、早く行きましょ?」
ちとせは俺の手をとって、楽しそうに歩き出す。だから俺もそんなちとせに引っ張られながら、ゆっくりと歩き出す。
そんな風にして、ちとせとのデートが幕を開けた。
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