いざ、クロくんの家へ

 * * *



 僕の家までは、あまり一人では来ないようにな。


 そう、クロくんはいつも言っていた。

 意図していなくてもわたしは吸血鬼を引き寄せやすい。

 だから家がばれてしまうのが危ないから、という理由かと思っていたけれど、そうではないのだと、今、わたしは思い至った。


 死に物狂いで走る、走る、走る。


 記憶にある道を、必死にたどりながら。


 うしろには、複数の吸血鬼。

 おそらく、一人で来るな、というのは、そういうことだったのだ。


 狩人の家、というだけで襲われるには十分すぎる理由になる。

 つまり、その周囲を吸血鬼が徘徊している可能性が高いのだ。

 そして、それを見越して、狩人の家は住宅街から離れたところに建てられる。

 人気なんて、ほぼ皆無に等しい。


 運がいいことと言えば、ただ一つ。

 今は太陽が昇っていること。

 吸血鬼は、本来の力を発揮できない時間だ。


 だから、わたしでもなんとか振りきれる可能性が高い。


 走って、走って――角を曲がった瞬間、腕を強く引かれた。

「きゃっ!」

「安心してくださいませ、わたくしです」

 もがこうとすれば、聞き覚えのある声が頭上から降ってきた。


 顔を上げれば、静かな無表情。

 探していた、コウモリの狩人だ。

 彼はわたしに逃げる様子がないことを察したらしい。

 わたしを背後に置くと、あとを追いかけてきた吸血鬼に素早く近づいた。

 吸血鬼が彼に気づいたときには、もうすでにその胸元には木の杭が刺さっていた。

 サラサラと崩れていく灰は、太陽の光に反射して雪のように綺麗だった。


「どうしてこちらに? わたくしを探すのなら、広場でお待ちしているとお伝えしたはずですが」

 木の杭を仕舞いつつこちらに戻ってきた狩人が、静かにわたしを見下ろす。

 わたしはじっと彼のなにも感情を映さない瞳を見上げる。

「あなたは、クロくんがわたしにあてた、見張りですか?」

 ただの勘だ。

 だけど、彼以上にきっと適任はいないだろう。

 前回の会話からして、彼はクロくんのことをたいぶ気に入っているようだし、なにより彼の血を頼ることは、吸血鬼である茜にはできない。

 それに、あまりにもタイミングよく、わたしを助けてくれた。二回も、だ。

 彼はじっと、わたしを見つめ返す。

「誰かからきいたのですか?」

「いいえ、わたしの推測です」

「さようでございますか。……で、どうしてこちらに?」

 明確な答えは返ってこなかった。

 でも、否定もされなかった。

 ということは、つまりはそういうことなのだろう。


 もう一度繰り返された問いかけに、わたしは彼を見上げる。

「薫を、助けに行くんです」

「ほう、お一人で?」

「はい」

「……では、お供致しましょう」

「え?」

 予想外の言葉に思わず目を丸くする。

 無感動な瞳は、どこかつまらなさそうだった。

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