第66話 旅と人情、男と男⑨

 僕が最初に不思議に思ったのは、ウォルト領の領民が正確にこの領の窮状を理解していたことだ。

 この長閑な、情報に疎そうな田舎の人間が、何故正確にこの領を取り巻く状況を理解できているのだろう、と。


 誰か彼らに情報を伝えた者がいる。

 そこまでであれば、違和感こそあれ、特段不思議なことでもなかっただろう。

 その情報の内容に、偏り、何者かの意図を感じなければ。


 確かに、山脈に住む亜人の存在が鉱脈の開発を妨げており、それが原因でウォルト領は国内で村八分――表現のスケールに違和感はあるが――にされている。

 この現状は、山脈に住む亜人を排除すれば、少なくとも表面的には解決するだろう。

 それはある意味正しい。

 だが、少し発想が飛躍しすぎているように思えた。


 ゲイツ氏の話を聞く限り、大規模な開発に反対しているのはウォルト子爵本人だ。

 現状開発はごく小規模、周囲に影響のない範囲でしか行われていない。

 つまり、山脈に住む亜人が妨害など、強硬な反対活動を行っているような段階ではないはずなのだ。にも関わらず、昼間遭遇した領民たちは、明確に亜人を排除すべき存在として認識していた。


 基本的に山間地の住人にとって、亜人というのは良き隣人であることが多い。

 彼ら亜人が森に住み、整備してくれることで、周辺の住民は獣害などを避け、貴重な水源を保全することができる。

 勿論、猟場等一部では対立も発生するだろうが、大きな問題になることは滅多にない。

 一部で感情的な対立はあったのかもしれないが、ゲイツ氏の話を聞く限り概ね良好な関係だったはずだ。


 それを、領民たちは排斥される亜人たちに同情も見せず、敵と見做していた。

 そこまで彼らは追い詰められているのか?――否。

 この国随一の穀倉地帯であるウォルト領は、少なくとも多少周辺から圧力をかけられても食うに困ることはない。

 塩などの必需品は今後不足してくるだろうが、それはあくまで今後の話だ。

 それなりに備蓄はあるだろうし、逆にもし逼迫していれば、こんなことをしている余裕もあるまい。


 当然、商人などは周辺からの圧力による影響は出ているだろうが、それは全体からすればごく一部。にも関わらず、あれだけの数の人間が明確に亜人を敵として認識していた。

 扇動する者がいる。

 それはほぼ確信だった。


 後はそれが誰で、どんな意図をもって扇動していたのか。

 幸いにも、あからさまに怪しい人間はいた。

 ポンもそれには気づいて注意していたし、さほど広い集落でもない。

 住居を特定するのはさほど難しくなかった。


「ま、案外あっさり尻尾を出してくれて助かりましたけどね」

「まてまてまて。その……確かに、これを見れば彼らがクロだというのは確かだろうが、そもそも何故彼らが怪しいと?」


 夜半に、中央政府の工作員を捕縛したとゲイツ氏を呼び出した僕とポン。

 半信半疑だったゲイツ氏も、捕縛した三人組と中央政府からの命令書を見て、僕らの言葉をようやく信じてくれたようだ。


 ちなみに工作員の三人は、ロープで縛り、猿轡をして転がしている。

 捕縛の際に多少傷を負わせたが、魔法で最低限の治療は済ませていた。


「昼間いた連中の中に、あからさまに素人じゃない連中が混じっていたので」


 僕が威嚇した時のことだ。

 実戦経験のない素人の中にプロが混じっていると、その違いが明確に浮き上がる。


「いや、それだけか!?

 軍に参加した経験のある人間なんて珍しくないだろ!」

「そうですね」


 ゲイツ氏の言葉を僕はあっさりと首肯する。

 元軍人とか、徴兵されて経験を積んだことのある人間は確かに珍しくない。

 それこそ、今の僕より腕の立つ人がいたとしても、驚くことはないだろう。

 だが。


「でも彼らの動き、僕ら――というか、ポンに近かったんですよね」

「それは、つまり……」

「ええ、彼ら、斥候としての訓練を積んでます」


 単純にファイター技能が高いだけの人間なら、軍を離れることも珍しくはない。

 軍とは個の力ではなく、数をもって敵を駆逐する存在だから。

 ただし斥候――スカウト技能を持つ者は別だ。

 情報を司る彼らは専門職であり、そうそう替えの利かない存在。

 よほどのことがない限り、軍が彼らを手放すことはない。


 まぁ、元軍人以外の可能性はあるが、少なくとも村人に三人もスカウト技能持ちが混じっていれば、怪しむなという方が無理がある。


 彼ら工作員の監視には、見つからないよう相当の注意を払う必要があった。

 スカウト技能の低い僕は、魔法で遠隔から盗聴したりしていたので、精神力が尽きる前に早々尻尾を出してくれて助かった。

 後の捕縛自体は精霊魔法で奇襲をかけることができたので簡単だった。


「……なるほどな。大体の経緯はわかった」


 事情を呑み込んだゲイツ氏は、改めて僕らに向き直る。


「それで、こいつらはどうするんだ?」

「ウォルト子爵に引き渡したいんですけど、お任せしていいですか?」

「ああ。問題ない」


 ゲイツ氏は僕の言葉を予想していたように即答する。

 少なくとも、僕らには工作員をどうこうする権限はない。

 常識的に考えて、領主に引き渡して判断を仰ぐ以外の選択肢はないのだ。

 実際、あまり彼らに使い道があるとは思えないし。


「君たちも一緒に来るといい。

 ウォルト子爵も喜ばれるだろう」

「あ~……すいません。遠慮しときます」


 ゲイツ氏の言葉を、僕は一瞬迷ったものの断った。


「僕らが領民と敵対したのは事実ですし、僕らと会うのは領主様のイメージ的に良くないでしょう」

「そんなことは――」

「それに、用事があるので」


 僕は、ね、とポンに目配せする。


「バウ!」


 ゲイツ氏は察した様子で、それ以上言ってはこなかった。




「ふぁ~ぁ……っ」

「君、情緒に欠けるねぇ?」


 大きく欠伸をする僕にホアンさんが、苦言を呈する。

 言われるのはもっともだが、これぐらいは許して欲しい。


「仕方ないじゃないですか。僕ら結局一晩中寝れてないんですよ?

 ねぇ、ポン」

「ワフ……」


 工作員を探して夜中の集落を駆け回り、そのままリカントの集落に戻って、眠る間もなく朝が来て。

 ポンの声にも心なしか元気がない。


「ポン君は君みたいに欠伸しなんてしないもんね~?」

「ワフ……」

「それはどっちの返事だよ」


 サラリーマンのようにどちらともとれる返事をするポンは、真っ直ぐに目の前の光景を見つめていた。


 再会するハーピーの親子。

 お互い、もう二度と会えないかもしれないと覚悟していたのだろう。

 人目もはばからず、互いに抱きしめ合い、号泣していた。


 その光景に、周囲のハーピーも、僕らを案内してくれたリカントのウルも涙ぐんでいる。


 まあ、良かった。

 一先ず無事に送り届けることができて。


(しかしあれだな。こういう時、生理反応のないゴーストは情緒に欠けるな)


 先ほど言われた言葉を皮肉るように胸中で呟き、ホアンさんを見やる。

 彼は喜ばしいような、寂しそうな、そんな顔をしながら、しかしゴースト故に涙は見せていなかった。


 ポンは……ジッと見つめている。

 彼も涙は流れていないけど、寂しさはあるのかもしれない。

 尻尾は、垂れ下がったまま動いていなかった。


(あ~もう……眠気だな、これは。頭がぼんやりする)


 僕は眠気を堪える様にもう一度欠伸をし――目を固く閉じて天を仰いだ。

 眠気を払うために目元をこすって、うん。眠気が酷いな。

 目を開けてられない。

 うん。仕方ない。


「…………グス」


 僕はこみ上げる何かを、歯を食いしばって堪えた。




 これにて今回のミッションは終了。

 色々と問題は残っているけれど、一先ずミンウを送り届けることだけはできた。


 脳内のキャラクターシートを見ると、いつものように経験点が入っている。

 これでシナリオ的には一区切りという扱いなのだろう。


 そして、入った経験点を踏まえての結論。

 今回のミッション――『失敗』です。


 ……ま、是非もないよね。

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