第65話 旅と人情、男と男⑧

「謝るというのは、つまり同じ過ちを繰り返さないという誓約です。

 自らの振る舞いを省みて、もう二度とこんなことはしないと宣言する――それが謝罪だと思うんです」


 僕は地面に正座し、厳かな面持ちで宣言した。


「ですが僕は同じ状況に遭遇すれば、間違いなく同じことを繰り返す自信があります。

 よって、謝罪することはできません」

「開き直るな!」

「バウ!」


 ホアンさんとポンに責められ、僕は唇を尖らせて不貞腐れた。

 ちなみに、ポンは状況は分かっていないが面白がってホアンさん側についている。


「え~。そんなこと言ったって、手が出ちゃったもんは仕方ないっていうか~」

「不貞腐れて気持ち悪い顔をしない!

 運よく相手が引いてくれたから良かったけど、あのまま衝突してたら確実に死人が出ていた。

 そうなったら、君だけじゃなく周りの人間も巻き込むことになってたよ?」

「…………むぅ」

「ヤルなら後で人目に付かないように!

 ヤリようはいくらでもあったでしょう!」

「……そう言われると、返す言葉もございません。

 申し訳ございませんでした」

「よし」

「いいのかよ」


 僕らのやり取りに、追い付いてきたゲイツ氏が呆れた様子でツッコミを入れる。

 ホアンさんは彼の方に向き直り頭を下げる。


「すいませんでした、ゲイツさん。

 我々の軽率な行動でトラブルを起こしてしまい……」

「いいさいいさ。事情は大体聞いた」


 ゲイツ氏はリカントの二人組をちらりと見やる。

 彼らはまだどこか警戒した様子で、少し離れた場所で僕らを伺っていた。

 ちなみに、彼らのケガは僕とホアンさんとで治療済みだ。


「できれば自重して欲しかったが、ここまでくれば護衛の必要もない。

 流石に、領民と敵対した君らを護衛として連れていくことはできないから、ここで一旦別行動にはなるがね」

「すいません」


 今度は僕が改めて頭を下げる。

 依頼人に迷惑をかけたことについては、申し開きのしようもない。


 僕らにゲイツさんはそんな気にするなと苦笑した。


「実際、領民が彼らを殺していれば、種族間で致命的な衝突が発生する可能性もあった。

 そう考えれば、最悪の状況は回避できたとも言える。

 まぁ、できれば君らにもウォルト子爵に一緒に会って欲しかったんだかね」


 どういう意味だろう?

 一介の冒険者が、わざわざ子爵との面会に同席する必要があるとは思えないが。


 首を傾げる僕にゲイツ氏は一層苦笑を深くして話題を変えた。


「まぁいいさ。俺はこれから商売に向かうが、君らはその間どうする?」

「ミンウを送っていく――と言いたいところですが、ここまで状況が悪化してるとなると、僕らが森に入るのは危険かもしれませんね」


 単純に、森に住む亜人から攻撃される可能性もあるし、この状況でミンウから離れるのも……

 少なくとも、この領内の緊張を緩和させる必要があるだろう。

 ……せめて僕が悪化させた分くらいは。


 僕はリカントの二人組を改めて見る。

 彼らは未だに僕らから離れようとせず、チラチラとミンウの方を伺っていた。


「一先ず、彼らがミンウに何か心当たりがあるようですから、話をして。

 後はそうですね――」

「ん? まだ何かあるのか?」

「ええ。対処療法にはなりますが、差し当たってこの領で起こっている種族間対立の原因を排除しておこうかと」


 あっさりと言った僕の言葉を、ゲイツ氏は数秒かけてじっくりと咀嚼し――


「…………は?」




「さて。お二人は僕らに何か用がお有りのようですが、僕らの言葉はわかりますか?」


 狐につままれたような顔をするゲイツ氏を送り出して、僕はリカントに話しかけた。

 二人のうち、一人が僕の言葉に反応する。


「……オレ、シャベル」

「それは良かった」


 本当に。ここにはリカント語用の辞書なんてない。


「それで、僕らにまだ何か?」

「オレイ、イウ。オレ、ウル。コイツ、ゼム。

 タスケル、アリガトウ」


 わざわざ律儀なことだ。僕はポン、ホアンさんと顔を見合わせ苦笑する。

 ポンよりも拙い共通語で丁寧に。

 人間に襲われて、人間に礼を言うなど、理屈ではともかく感情的には中々できることではない。

 代表して僕が礼を受ける。


「ご丁寧にありがとうございます。

 ですが、僕はどちらかというと、貴方たちより仲間を庇っただけです。

 お礼は、この子に言っていただければ十分ですよ」


 彼らが話を進めやすいように、ミンウの背中をぽんと叩く。

 ウルは改めてミンウに頭を下げる。


「§Φνεσ」

「ΣΠ」


 ウルの言葉に、ミンウは嬉しそうに微笑んだ。

 今のは、とホアンさんに視線をやる。


(どうやら彼、ハーピー語もいけるみたいだね)


 ホアンさんが小声で耳打ちしてくれる。

 共通語だけでなくハーピー語も喋れるとか、ウルって実は結構学がある?


 ウルとミンウはそのまま何事かハーピー語で話し出す。

 ミンウが驚いたり、喜んだり、ウルが納得したような顔をしたり。

 雰囲気から話が一区切りしたであろうタイミングを見計って、僕は口を挟んだ。


「ミンウについて、何かご存じなんですか?」

「……ハイ。オレタチ、ハーピー、シッテル」


 ウルたちの警戒が心なし和らいだ気がする。


「コドモ、サラワレタ、サワギ、キイタ。

 オマエ、ラ、タスケタ、キイタ。

 ヨカッタ」

「あ~……」


 文章になっていないので分かりにくいが、つまり彼らはミンウが攫われた事件のことを聞いたことがある。

 で、僕らがミンウを助けたことをミンウから聞いた。

 良かったね、的なことだろうか。


「ひょっとして、ミンウが住んでいた場所が分かりますか?」

「バショ、ワカル」


 僕らはその言葉に顔を見合わせ、表情を綻ばせる。

 良かった、道案内してくれそうな人が見つかった。

 何より、この状況で僕らだけでハーピーの集落に向かえば、要らぬトラブルを招く恐れがあるから、これは非常にありがたい。


「バショ、トオイ。キョウ、クル、ウチ」


 えっと、これはハーピーの集落は遠いので、今日はリカントの集落においでよ、ってとこかな。


 僕は空を見上げる。

 まだ日は高いが、この季節は日が落ちるのが早い。

 夜の森は歩きたくないし、情報収集もしたいし、やることもあるから招いていただけるならありがたい。


「是非お願いします。

 僕らは少しやらなきゃいけないことがあるので、今晩ミンウを泊まらせてもらえるなら助かります」

「やらなきゃいけないことって、さっき言ってたことかい?」


 ホアンさんが僕の言葉に反応して口を挟む。


「ええ。あ、ホアンさんはミンウについていてください。

 こっちは僕とポンだけで大丈夫ですから」

「バウ?」


 このリカントが本当に味方かどうかはまだわからないし、流石にミンウを一人にはできない。

 ホアンさんがいれば、何かあってもミンウを連れて逃げ出すことはできるだろう。

 この二人なら空を飛べるし。


「それは構わないけど……あれって本当なの?」

「確証はないです。だからそれを確かめに行くんですよ」


 目星は既についている。

 土地勘はないが、ポンがいれば何とかなるだろう。




「ちっ、昼間は余計な邪魔が入ったな」

「……ああ。あれであの獣人を始末して、森の前に首でも晒してやれば決定的だったのに」


 粗末なあばら家の中、三人の男たちが火を囲んで顔を突き合わせていた。

 到底家族のようには見えず、しかしただ仲間同士で語り合っているにしては酒の一つも口にしていない。

 しかもその声は小さく、聞かれることを恐れている風でさえあった。


「そう腐るな。悪いことばかりじゃない」

「どこがだよ」

「あのガキ、生意気なことぬかしやがって……いっそあの場で始末してやりゃよかったんじゃないか?」


 一番年長の男が取りなすように言った言葉に、残る二人が噛みついた。

 年長の男は怒ることもなく苦笑する。


「そう興奮するな。

 流石に武装した冒険者相手に、ただの農民のはずの俺たちが挑むのは違和感があるだろう」

「……ちっ」

「それに万が一怪我でもしたら詰まらんしな。

 なに、今後を考えればかえって都合が良かったとも言える」

「どういう意味だよ?」


 年長の男は、口元を皮肉気に歪めて答えた。


「亜人どもは厄介な連中を味方につけた。

 なら俺たちウォルト領の人間は、より多くの戦力をもってそれにあたるべきじゃないか?」

「……なるほど。領民どもの不安を煽る、いい材料になるってことか」

「そういうことだ。

 上手くすれば、ただ亜人ども排除するだけじゃなく、領内で大規模な紛争を起こせるかもしれん」

「中央軍が大手を振って介入する口実ができるってわけか」


 男たちはその未来図に、嗜虐的な笑みを浮かべあった。


「早速、明日から名主連中に声をかけようぜ。

 何、あの連中のことだ。ちょっとありもしない利権をちらつかせてやれば、簡単に亜人排除に動き出すさ」

「はっ。ホント、扱いやすい連中だぜ」


 ――と。男の一人が、視界の端に奇妙なものを見つけ、呟く。


「……蛍?」

「あ? 何言ってんだ、こんな季節に?」

「いや、でも……」


 淡い光を放つ、小さな何かが、ふわふわと男たちの方に向かって飛んできている。

 男たちの視線が、何だこれは、と不思議そうにその光に集まった。


「【光精・閃光】」


 屋内を、突き刺すような閃光が迸った。

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