第46話 巨鬼族と不思議な樹の実⑨

「姉さん! 置いて行かないでくれよ!」


 僕らは人間離れした速度で駆け出したロシュさんを見失うまいと森の中を駆けた。


「ポン! 臭いは追えるか!?」

「マカセル!」


 僕は早々について行くことを諦め、ポンを先頭に追跡へと切り替える。

 幸い、彼女からの合図であるコウモリはまだ周囲を飛び交っているから、大まかな方向は分かっている。


 僕とポン、ホアンさんにカティシュ、エンジュ、ファルファラ。そして巨鬼族の監視役二人は可能な限り急いでロシュさんの後を追った。

 そしてロシュさんが姿を消してから二分ほど経って、ようやく僕らは彼女に追い付く。


「……あら? 遅かったわね」


 そこには、いつも通りどこか緩い雰囲気で微笑むロシュさんと、彼女を畏怖の表情で見つめるダークエルフのマフメド。そして、両手両足があらぬ方向に曲がり顔が変形した状態で樹の幹に倒れこむロンドの姿があった。


(……生きてるのか、あれ?)


 僕らはロンドの惨状に息をのむ。

 いや、正しくは僕とかホアンさんは、流石に殺されると状況的に不味いんだけどな、という意味で。


(ああ。でも最悪ロシュさんなら死んでても蘇生ができるのか)


 幸いにも存命だったのか、襤褸屑同然だったロンドは目を見開き、僕らに反応を見せる。

 ……目、だよね、あれ? 何か潰れてそうだけど。


「な……!? なじぇ、きしゃまらまでここに……!」


 お。ちゃんと喋れるのか。流石ロシュさん。手加減もお上手だ。

 驚愕するロンド――してるよね? 顔が潰れててよくわからないけど――に、ロシュさんは呆れたように嘆息する。


「あんた、まだ分からないの?

 そこのエルフのお嬢さんは、とっくにこっちに付いてたってことよ」

「にゃ、にゃにぃ……!? うりゃぎぃったのか、みゃふめど……!」

「裏切ったのは、貴様も同じだろう?」


 マフメドがどこか悲し気に呟く。

 ロンドはわなわなと震え――単にダメージで痙攣しているだけのようにも見える――、罵った。


「きしゃまぁ……! みにょがしてやったおんをわしゅれてぇ……!」


 うん。駄目だ。緊迫したクライマックス場面の筈なのに、舌がもつれてまるで様にならない。


 ――どげし!


「ちゃんと喋りなさいよ、みっともない」


 ブーツをロンドの顔面にめり込ませながら、ロシュさんが優しく指導する。

 うん。ロンドの奴、感極まって言葉もないようだ。


「ね、姉さんそれは流石に……」

「やり過ぎなんじゃ……」


 おずおずと口を挟もうとする双子に、ロシュさんは満面の笑みを浮かべ振り返る。


「――何?」

『い、いえ! 何でもありません!』


 双子は敬礼して口を噤んだ。

 うん。年長者の指導を遮っちゃあいけないぞ。


「……彼女といい、君といい、冒険者ってのは大概、だねぇ」


 僕らを見ながらホアンさんが呆れた様子で呟くが無視だ。


「まさか……怪しいとは思っておったが、本当に……」


 監視役の老人がロシュさんとロンドのやり取りから目を逸らし、信じられないといった様子で呟いた。


 うん。ここでネタ晴らし。まぁ、とっくに分かっているとは思うけど、念のため。

 僕らは捕らえたマフメドに交渉を持ちかけ、あることを条件にロンドを裏切るよう持ちかけた。

 彼女はその取引に応じてくれたが、実際彼女の証言だけでロンドを糾弾できるかというとかなり怪しかった。

 何せマフメドは巨鬼族からすれば、聖域に勝手に住み着き、儀式を妨害してきた犯罪者。

 彼女の証言など出鱈目、自分を陥れる陰謀だとロンドに主張されれば、それを覆すだけの材料はない。

 何より、土壇場で彼女がロンドに有利な証言をしないとも限らなかった。


 だから僕らは、一芝居うってロンドがマフメドを始末したくなるような状況を作り出した。

 実を言うと、ここでロンドが動かなければ手詰まりだったわけだが、思い通り動いてくれて本当に助かった。

 カティシュとエンジュは大根役者でこっちがフォローしないといけないし。

 事前にロシュさんに話を通せなかったから何て言われるかびくびくしていたし、本当に冷や冷やものだったのだ。

 まぁ、実際本当に大変な交渉はここから先なわけだが。


「ここ十年間の儀式は、既に正当性を失っていた、というわけです」

「……うむ。主らの提案、一考せねばならんやもしれんな」


 僕の言葉に監視役の老人は頷きながら、カティシュとエンジュへ視線を移す。


「しかし、良いのか?

 主らの提案を受け入れるとすれば、此度の儀式を成し遂げた意味が失われることになるぞ?

 成功者がここ一〇年現れていなかったのだ。このままいけば主らが将来の族長に――」

「かまいません」


 カティシュは言葉を遮って、きっぱりと言った。その横ではエンジュも頷いている。

 二人の手には傷一つない神樹の実が握られていた。

 帰還した際、二人が見せたのは僕が貰っていた予備の神樹の実。

 二人は儀式を無事に成功させていた。


「儀式の正当性が失われていた以上、この状態でもし我々が族長に選ばれたとしても誰も納得しないでしょう」

「今後の族長は、成人の儀の成否とは無関係に選ぶべきです」

「……うむ」


 これは僕が提案したのではなく、双子が自分から言い出したことだ。

 実際、これは悪くない考えだと思う。

 仮にマフメドの存在を放置して儀式を成功させたとすると、ロンドという敵が部族内に残ったままになってしまう。

 そうすればいずれ何らかの形で彼が双子に牙をむくことは想像に難くない。

 また、マフメドの存在を公表しロンドを糾弾した上で、成人の儀がそのまま族長候補を選ぶものとして残った場合、今まで失敗した者たちには不満がくすぶるだろう。

 それは新たな潜在敵を生み出すことにつながりかねない。

 だから成功者である双子が、自ら成人の儀を否定する。

 確かに族長候補という形式的な資格の優位性は失われるが、それでも儀式を成し遂げたという事実と、この高潔な振る舞いは功績として残る。

 双子の対立候補となる者は、これ以上の功績を成し遂げねばならなくなったのだ。


「しかし……もう一つの提案。

 聖域に今後もあのダークエルフを住まわせるというのは……」

「それこそ必要なことです」


 再び、カティシュが堂々たる態度で言い切る。


「彼女が儀式を妨害したのはロンドに利用されたため。彼女自身に罪はありません。

 何より、我らは一〇年間に渡って聖域に彼女がいることにさえ気づいていませんでした。

 これでは到底、我らが聖域を守護しているとは言えません」

「ですが我々のような森の素人が聖域にむやみに立ち入っては、聖域の平穏を乱すことにつながりかねません。

 ここは、エルフである彼女を森の管理者として認め、正しく聖域を見守るべきかと」

「しかし、ダークエルフに――」

「エルフ族です。バルヌ様」


 カティシュは毅然と言い切った。


「彼女は決して邪悪な存在ではありません。

 それはこの――清浄な森を見れば理解いただけるはずです」

「むぅ……」


 うん。こちらも順調順調。

 実際、ここで双子が交渉に失敗しても問題はないが、きちんと自分の意見を指導層に伝えることには意味がある。

 実はこの件についてはロシュさんの了承を事後で得ているから、彼女がどうとでもフォローして交渉をまとめてくれるだろう。


『こういう面白い話を私抜きでまとめてきたの~?』とふてる彼女を宥めるのが、実際一番の難題だったりした。


 さて、色々と課題は残っているが後は巨鬼族の中での問題。

 従者役としての僕らの仕事はここまでだろう。

 シナリオ的には問題を一通り解決して大成功と判定されたらしく、ボーナス盛り盛りの経験点が入っていた。


(さぁ、町へ戻って成長タイムだ!)


 ストレス解消にロンドを足蹴にするロシュさんと、それをそろそろ止めるべきか困惑しているマフメドから目を逸らし、僕は未来へと逃避した。




 後日談。


「どうだった?」

「違うね。確かに発想は面白いし変わってはいるけど、彼じゃないよ」


 ロシュはパーティメンバーのハーフハイト、ロンからの回答に、不満そうに吐息を漏らした。

 実はカティシュたちには内緒で、ロシュはロンに彼らを監視してもらっていた。

 正確には――ミレウスを。


「そう。この短期間で大した成長速度だし、地頭も悪くない。

 怪しいと思ったんだけどな」

「確かに。ついこの間ゴブリン相手に大泣きしてた子とは思えない成長だったね」


 意地悪くロンは笑って、その表情を真剣なものに改めた。


「でも確かに、彼は違うんだけど……どこか似てるね」

「似てる?」

「うん。発想っていうか、なんていうか雰囲気がシュテルに似てる。

 直接シュテルを知っている様子はないけど……」

「ふうん……」


 二人はしばし黙り込み、再びロンが口を開いた。


「どうする?」

「放っておきましょう」

「いいの?」

「あいつの同類なら、放っておいてもいずれまた関わることになるでしょう」

「……そうだね」


 今はただ、それだけのやり取り。

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