第33話 ダンジョンとライバル⑥

(っ! 少し……気を失ってたか?)


 背中の痛みで目を覚ます。

 手をついて身体を起こすと、掌を擦ったのか、べちゃりと血が滲む感触があった。


(とりあえず……骨折とかは大丈夫そうだな。

 それに血が全く固まった気配がないってことは、それほど時間は経ってない)


 暗闇で何も見えない。

 落下した際に光源を無くしてしまったようだ。


「【光精・召喚】」


 握り拳ほどの大きさの光の玉が僕の呼びかけによって現れ、周囲を照らし出す。

 どうやらスケルトンが作動させたトラップに巻き込まれ、下層の通路に床ごと落下したらしい。

 先ほどと同じような通路だが、天井がこの暗がりでは見えないほどに高く、砕けた床の残骸が足元に散乱している。


(ポンとホアンさんはどこだ……?)


 ホアンさんはゴーストだから問題ないだろうが、万一ポンが瓦礫の下敷きになっていたら。


「ポン! ホアンさん!」


 僕は大声で叫んで、返答を待った。


「……バウ!」

「……お~い」


 数秒遅れて返事があった。声のした方を見ると、この階層の床が崩れて抜けてしまっている。

 まさかさらに下に落ちてしまったのか?


「二人とも無事か!?」

「ダイジョブ!」

「こっちは大丈夫~! そっちは~?」


 下に向けて叫ぶと、元気そうな声が聞こえた。

 良かった。仮に少々ケガをしていたとしても、ホアンさんがいれば治療してもらえる。

 しかし、まずいな。分断された。

 ここは飛び降りるには高いし、暗くて足場もフラットじゃない。

 何とか合流しないと。


「こっちも問題ありません!

 下への階段を探してそっちに向かいますから、ホアンさんはポンについててください!」


 少し間が空いて返事がある。


「了解! ちなみに、こっちにはスカウトの子と、女の子がいるから!」

「……わかりました!」


 付け加えられた情報に、顔を顰めながら答える。

 そうか、あの連中も一緒に落ちたのだから、その可能性はあるのか。


(まあ、向こうにいるのがその二人だけなら、ホアンさんがいればどうにかなるだろ)


「……おい」


 あの四人に対する基本方針は関わらないこと、だ。

 直接的な危害を加えられそうになれば排除も検討するが、現時点でそこまでする気はない。

 ああ、つい先ほど一線を越えそうにはなったけれど。


「おい、聞こえてるんだろ!?」


 関われば揉めるのは分かっているし、お互いにとって不干渉がベストだろう。

 僕は精霊魔法で傷を癒して、下への道を探して歩き出す。


「足が瓦礫に埋まって動けないんだ!

 それに、ギドが俺を庇って……助けてくれ!」

「…………はぁ」


 瓦礫に埋もれ死角になった一角から、声が聞こえる。

 僕が剣を抜いてそちらに近づくと、腰から下が瓦礫に埋もれたライルの姿があった。

 灯りと僕の姿を見て、ぱっと表情が明るくなる。


「助かった……! 早く出してくれ、そこにギドが――」


 僕は剣の切っ先をライルの目の前に突き出し、冷たく見下ろす。

 彼は息を呑み、目を白黒させた。


「な、なんのつもり――」

「言わなきゃ分からないかい?

 人の後を付けて手柄を横取りしようとした挙句、騒いで敵を集めて周りに被害をまき散らす。

 そういう敵対パーティとダンジョン内で出くわした。

 この状況で、君ならどうする?」

「な……あ……!?」


 ようやく状況を理解したのか、ライルは顔色を青くして、陸に上がった魚のように口をパクパク動かす。

 僕はその様子に少しだけ留飲を下げ、剣を鞘に戻した。


「安心しなよ。直接手を出すような真似はしない」

「…………っ」

「ただし、関わる気もない。

 助けたところで、こっちに危害を加えられる恐れもあるしね。

 仲間が助けに来てくれるのを期待してなよ」


 言い捨てて踵をかえす。

 無駄な時間を使ってしまった。早く下への階段を見つけないと。


「悪かった! 謝るから!」


 ポンの戦闘力は低いし、ホアンさんもそう何度も魔法を使えるわけじゃない。

 早く合流しないと。


「すまなかった! 頼むから助けてくれよぉ……!

 馬鹿にしたことは謝るから!」


 でも焦っちゃダメだ。僕も索敵には不安があるから、慎重に行かないと。


「ギドがヤバいんだ! 助けてください! お願いします……!」


「…………はぁ」


 僕は足を止めた。


 別にこいつらに同情する気はない。

 ただ、こんな大声で騒がれたら下に聞こえているかもしれない。

 二人に悪く思われるのは、少し困る。それだけだ。


 僕は再び踵をかえすと、ライルのいる場所まで戻ってしゃがみ込み、彼の髪を掴み上げた。


「ぐ……っ!」


 そしてライルと目を合わせ、告げた。


「今後、俺と、俺の仲間に直接間接を問わず害を与えるようなら、容赦しない」

「…………ぁ」

「どんな手段を使ってでも、お前らと、その知人縁者全てに必ず報復する」

「…………」


「――分かったな?」


 ライルは勢いよく頭を縦に振った。


 僕はふん、と鼻をならすと、再び剣を抜いてそれを勢いよく彼の足元の瓦礫の隙間に突き立てた。


「ひっ……!」

「……とっとと出ろ」


 僕はてこの原理を使ってライルが瓦礫から抜け出せるよう隙間を作っていた。


「は、はい……!」


 慌ててすたこら瓦礫から抜け出すライルを見て、僕は大したケガは無さそうだなと確認する。


「はぁ……」

「何休んでるんだ? 仲間はどこだ?」

「は、はい! こっちです!」


 急に従順になったライルに少し脅し過ぎたか、と思いつつ、僕は彼が示す瓦礫の下を見た。


「ああ、完全に挟まれてるな。

 ……うん、まだ息はある。よし、頭の方から順番に瓦礫をどかすぞ」

「わ、わかりました!」


 二人がかりで黙々と瓦礫を動かす。

 一分もかからず瓦礫は撤去され、ギドは無事に救出された。

 うん、意識はないけど、鎧に守られて目立った外傷はなさそうだな。


「【光精・治癒】」


 ヒーリングを使って傷を癒し、頬を軽くたたいて気付けをする。


「う、うぅ……」

「ギド!」

「ぁ……ここは? 何があったんじゃ?」

「よかったギド、実は――」


 ライルから事情の説明を受けたギドは、居住まいを正して深々と僕に頭を下げた。


「申し訳ない。

 無様に魔物に追われご迷惑をおかけしたばかりか、傷の治療までしていただいたとは。

 本当になんと礼を言ってよいか」

「いえ。こちらもパーティが分断されて戦力が不足してますから。

 お互い、これまでの禍根は一旦おいて、仲間との合流を優先しましょう」

「……かたじけない」


 恥じ入る様に、再度ギドは頭を下げた。

 そんな空気を読まず、ライルが口を開く。


「そうだ! 聞こえたけど、テッドがファルと一緒にいるんだろ?

 早く合流しないと……!」


 焦った様子のライルに、意味が分からず僕はギドに視線をやった。


「ああ……こやつとテッドはファルファラに懸想しておりましてな。

 テッドが抜け駆けするのではないかと焦っておるのでしょう」

「な、何言ってるんだよ、ギド!? お、俺は別に、そんなファルのことなんて……」


 裏返った声で否定するライルだが、全くもってどうでもいいことだった。


「それよりギドさん。引き続きアンデッドの出現が予想されますが、精神力に余裕はありますか?」

「……厳しいですな。これまでに何度も使ってしまい、あと一度が限界かと」


 まあ、追われていたぐらいだしそんなものだろうと僕は頷く。


「わかりました。ゴースト系の出現に備えて、今後魔法は温存してください。

 スケルトンなら、囲まれないよう慎重に進めば対処できるでしょうから」

「承知しました」

「え? えっと……俺、傷だらけだから治療して欲しいんだけど……」


 空気を読まず発言したライルに、僕とギドの冷たい視線が刺さる。


「唾でもつけてろ」

「状況を考えんか」


 ライルは項垂れて黙り込む。

 僕に治療を強請ってこないだけの理性はあるようだ。単に怖がっているだけかもしれないが。


「さっそく行きましょう。留まっていたら敵が寄ってくるかもしれませんし」

「そうですな」

「僕が少し先行しますから、二人は後をついてきてください。

 会敵すれば呼びますし、一体なら僕がそのまま処理します。

 くれぐれも騒いで敵を呼び寄せることのないように」

「わかりました……いや、お恥ずかしい」


 自分たちの行動を振り返ったのか、ギドが顔を赤らめる。

 そうして素直に反省できる姿勢は好ましい。

 僕はクスリと笑って彼に声をかけ、歩き出した。


「それじゃ、行きましょう」

「はっ」


 そんな僕らを、少し遅れて慌ててライルが追いかけてくる。


「え、あ、ちょ、ちょっと待って! 置いてかないでくれよ!」

「馬鹿もん! 静かにせいと言われたばかりじゃろうが……!」


 背後から、ゴツンとギドがライルを折檻した音が聞こえ、僕は少しだけ胸がすっとした。

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